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56 石楠花茲乃(中編)

「そろそろ、勝負アリと見做してよいのではありませんか?」

「まだま、だァ……!」

「……本当に、幼気(いたいけ)な少女を甚振るのは心が痛むのですがね」

「あはっ、まだそんなこと言ってんの? こんなにキュートなアタシの顔を平然とボコボコにしといてさ」


 唇に付いた血を舐め取り石楠花(しゃくなげ)茲乃(しの)は笑う。

 彼女の要望通り、尾津(おづ)山人(やまひと)は一切の手加減なく戦闘を行っていた。


 鞘での度重なる打擲によって石楠花(しゃくなげ)の防具は所々破け、血が滲んでいる。

 それでも赤と青の瞳に灯った闘志には些かの衰えも無い。戦闘に支障の出る傷は<自己再生>で癒えている。


「おじさんがちょー強いのは分かったよ。でもだからこそ勝ちたいって思うんじゃん。まだまだ付き合ってもらうかんね!」

「素晴らしき闘争心ですが、これ以上は不毛でしょう。そろそろ終わらせますよ」

「やれるものならやってみなよッ。【マグネットスニペット】、同極!」


 足元に転がっていた掌サイズの石を拾い上げるや射出。

 野性的な動きの多い石楠花とは対照的にピンと一本筋の通った姿勢を崩さない尾津は、石を最小限の振りで弾く。即座に追撃が来ると分かっているからだ。


「異極!」


 尾津の遥か後方の樹木から石楠花へと誘引力が作用する。


 【マグネットスニペット】は多くの階梯能力の例に漏れず他者の体内への干渉を不得手としており、誘引力も反発力も体表にしか働かない。

 それ故に、一瞬だけ【マグネットスニペット】を使われた者は打撃を受けたと錯覚する。


 だが発動者本人に使うなら話は別だ。

 全身、全細胞に等しく力が加わるため最大出力で加速しようとそこに負荷は発生せず、免疫値による効力減衰もない。


 それこそが石楠花の高速移動の原理。

 文字通り弾かれるようにして彼女は動き出せる。


「同極!」


 高速移動していた石楠花が急停止するのと尾津を衝撃が襲うのは同時だった。

 【マグネットスニペット】の同時発動によりお互いに反発力を作用させたのだ。


「同極! 同極! 異極! 同極!」

「そうですね、シィッ、その戦法が最も安全でしょう」


 石楠花は二メートル強の間合いを維持しつつ先天スキルを連発する。

 瞬間的に反発力を発生させることで衝撃波を浴びせつつ、時折【魔力】を込めた石を尾津の死角から引き寄せていた。

 戦闘中、隙を見ては【魔力】を込めた物体をばら撒いていたため残弾は潤沢だ。


 尾津も摺り足で近付こうとはしているが、飛来した石を律儀に叩き落としているのもあって距離を詰め切れない。

 強引に近づこうにも石楠花は、尾津から自身へと反発力を作用させることで逃れてしまうだろう。


「付かず離れず、素晴らしい間合いの管理です。<測量>を持っておられるのですか?」

「あはははっ、ホンット気味が悪いくらい勘が良いねっ」

「いえいえ、貴方の先天スキルの性質を考慮すれば自然と行き付く結論ですよ」


 一方的に攻撃を受けながらも尾津に焦りはない。

 何故なら、同様の戦法は既に試されていたからだ。


「しかし石楠花さん、これでは私を削り切れないの実証済みでしょう?」

「……わざわざ言われなくたって分かってますよーだ」


 尾津は<自動治癒>をランク四まで上げている。

 加えて防力値の高さもあり、この間合いでの【マグネットスニペット】同極ではダメージを蓄積させられない。


 そのことを改めて指摘された動揺か、石楠花は後退の途中で木の根に躓く。


「好機で──」

「誘ったんだよぉだッ、<魔盾>!」


 半透明な盾が尾津の振り下ろしを勢いを削ぎ、鞘と交錯するようにして石楠花が飛び込んで来る。

 彼女が突き出した右手で【魔力】が弾け先天スキルが発動──、


「──まだです」

「知ってるッ、けどおじさんの剣速にはもう慣れた! 同極!」


 ──反発力が生じたのは尾津の握る鞘。

 極めてコンパクトな振りで石楠花へと差し向けられた鞘を逆方向に弾く。


 たとえ至近距離であろうと【マグネットスニペット】が痛打とならないのは最初の一当てで確認していた。

 ならば武器を奪えばいい。そこまでは行かずとも迎撃を妨害できれば石楠花の拳が先に届く。


「くっ──」

「こっからはアタシの──」

「──これをするといよいよ凄惨になるので嫌だったのですがね」

「お゛っ、ごぉ、がっ!?」


 尾津の膝蹴りが石楠花の水月を撃ち抜き、立て続けに顔面と腎臓にも追撃。

 反発力が作用した瞬間、尾津はあっさり鞘を手放していた。その判断があまりにも迅速だったため体勢には一片の乱れもなく、徒手空拳での迎撃にもスムーズに移れた。


 痛々しい悲鳴を漏らした石楠花は地面に倒れて悶える。


「づ、ぁ、<自己再、生>……」

「これで終わりですね」

「まだ……っ」

「いえ終わりです。もう【魔力】がないでしょう?」

「あ……」


 傷を治し素早く距離を取った石楠花が目を見開く。


「バトルロイヤルの後でこれだけ戦える【魔力】量には目を瞠りますが、少々視野が狭まりがちですね。自己の統制を忘れては思わぬところで足を掬われますし、力は使い方次第です。如何なる時も俯瞰的に、ですよ」

「うぬぅぅぅ……悔しい! 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいぃ〜〜っ!」


 地面が揺れる。

 ランク四の膂力で踏まれる地団駄は工事現場さながらの震動を生んだ、怪我も完治していないというのに。


 しばらく暴れて気が済んだのか、石楠花は横倒しになった木の幹にドカッと腰を下ろす。


「はああムカつくぅ。赤紫の毒沼使いに続いて二連敗とかさぁ! そもそもおじさんに先天スキルも使わせらんなかったしぃ」

「年季が違いますからね。それに私の能力の一つは常時発動(パッシブ)ですので『使わせられなかった』と言うと語弊があります」

「それ任意発動(アクティブ)の方は使ってないって言ってるの同じでしょ。ま、それ抜きで敗けてるんだし手を抜きやがってなんて言えないけどぉ……と、そうだ」


 何かを思い出した様子の石楠花がバチンとウインクする。


「【マグネットスニペット】、誘惑(アトラクト)! どう? アタシの(とりこ)になった?」

「残念ながら免疫値で対抗できております」

「だよねぇ。ランク四になって増えたのがこんなゴミ能力なんてホント付いてなぁい」

「それはどうでしょうか? 魅了して意のままに操るのは抵抗されやすそうですが、配下のコボルト達には通じたのではありませんか? 彼らを魅了して嗾ければ消耗を誘えたかもしれませんよ」

「冗談でしょ? あんな雑兵じゃいくら居ても一緒だよ」


 フンと鼻で笑った石楠花は、どこか不満げに唇を尖らせて続ける。


「それに群れるのなんて雑魚のすることじゃん。アタシはアタシ一人で最強だから取り巻きなんていらないのー」

「ランクの天井が見えない現状、私達(ランク四)が強者に分類されるかは疑問ですがね」


 弾き飛ばされた鞘を回収して来た尾津は、そう言いながらスマホを差し出した。


「さて、勝負も終わったことですしフレンド登録と情報交換をしましょう。他のプレイヤーと照合したいことがいくつもあるのです」

「……そーゆう約束だったね」


 先程までの激戦が嘘だったかのように、二人の話し合いは穏便に進んだ。

 やがて話が一段落ついた頃合い、尾津がくるりと踵を返す。


「では、また何かあれば連絡をください。私の方ももしもの時は頼らせていただきます」

「うんうん、また強くなったら勝負してもらうからアタシ以外に負けないでよね!」

「……まだやるのですか?」

「もっちろんっ。覚悟としといてよね、おじさんもあの毒沼使いもいつか絶対アタシの前に跪かせてやるんだから!」

「……参考までに伺いたいのですが、何がそこまで貴方を駆り立てるのですか? 血みどろになってまでプレイヤーと戦う理由は何なのです?」

「えーそんなの決まってんじゃん──勝つのが楽しいからだよ!」


 自信満々の笑みを浮かべた石楠花は力強く言う。


「テストも体育も好きだけど、ダンジョンでのバトルほど相手を『負かしてやった』って感じられるものはないからね。どんなプレイヤーよりもモンスターよりも強くなっていつか全員蹴散らしてやるんだ」

「それは壮大な目標ですね」

「あー、馬鹿にしてるでしょ」

「まさか、称賛しているのですよ。なんであれ没頭できる夢があるのは尊いことです」


 胡乱気な視線を向けながらも、石楠花は首を振り答えた。


「まっ、とにかくそういう訳だから! アタシが最強になるためにこれからも付き合ってよね!」

「まぁ、予定が合えばお手伝いしますよ。ですので今日は早くお帰りください。このダンジョンは私が攻略しておきますので」


 一度敗北したからか、素直に頷いた石楠花はあっさりとダンジョンを後に下。


 それからも石楠花(しゃくなげ)茲乃(しの)尾津(おづ)山人(やまひと)の交流は続いた。

 共にダンジョン攻略をすることはなかったが何度も矛を交えた。

 その度に石楠花は拙い部分を指摘され、そこを改善して次の模擬戦に挑む。


 師弟と呼ぶには希薄で荒削りな二人の関係は数週間続き、そしてゴールデンウィークを目前に控えた頃。

 運営から新たなるイベントの──ランク五ダンジョン合同攻略イベントの通知が届くのだった。



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