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54 〔忌世怪〕

「そうだ、今更にはなるが根本的なことを訊いていなかったな」


 某日。

 いつもの神社にて、大学の課題を進めていた加賀美さんが問いかけて来た。


「何かな?」

「異世界はどうして滅んだんだ?」

「本当に今更な疑問だね」


 僕はスピーチ原稿から目を離して答える。


三葛(みかずら)君のことだから〔録〕で調べているのだろう?」

「まあね。結論から言うと滅亡の原因は〔忌世怪(カルキノス)〕って怪物だよ」


 長話になりそうなので菓子袋を空け、皿にざらざらと出す。


「〔忌世怪(カルキノス)〕っていうのは、まあ、世界のバグみたいなものだね。〔星界(ガイア)〕が存続する限り、不可抗力で確率的に発生し得る厄災さ」

「……その説明だと地球にも居ないとおかしくはないか? そんな化け物が現れた、などという記録は聞いたことがないが。いや、もしや神話や怪談に登場するモノがそうなのか?」

「大半は違うと思うよ。中にはそういう例もあったかもしれないけど、〔忌世怪(カルキノス)〕の見た目は大抵同種と変わらないから」

「? どういうことだ??」


 僕と彼女の認識には行き違いがある。最初に『怪物』って表現したのが良くなかったんだろうね。

 理解の溝を埋めるため適切な喩えを探す。


「んー、そうだね……〔忌世怪(カルキノス)〕って種族名じゃなく分類名なんだよ。ほら、双子って居るでしょ? 人間にも動物にも」

「そうだな」

「〔忌世怪(カルキノス)〕もそんな感じで、いろんな種族から時偶(ときたま)生まれて来るんだ。まあ双子は希少なだけで生物学的には何もおかしくないんだけど、」


 〔忌世怪(カルキノス)〕はそうじゃない。


「〔忌世怪(カルキノス)〕を〔忌世怪(カルキノス)〕足らしめているのは()()()()()()、この一点だよ」


 反則と呼ぶべきか、背理と呼ぶべきか。

 法則に反し、(ことわり)に背く何かしらの性質。それこそが〔忌世怪(カルキノス)〕の必要条件にして能力。


「『反則』……それは例えば、階梯能力を二重に持っているとかか?」

「そうだね。理論上はそういう〔忌世怪(カルキノス)〕も存在し得るよ」


 いやまあ、理論上では〔忌世怪(カルキノス)〕は存在しないんだけど。

 存在しないから〔摂理(プロノイア)〕で抑制することも出来ない。


 理論だとか法則だとかを無視して現れるから〔忌世怪(カルキノス)〕は厄介なんだ。


「だがそんな存在が居るのならもっと騒がれているんじゃないか? 既存の科学が当てはまらない存在などそれこそ世紀の大発見だろう」

「まー絶対数が少ないからね。各時代に一体居るかどうかって頻度。それにさっき例に挙げた階梯能力二重持ちの〔忌世怪(カルキノス)〕なんかは、地球には存在できなかったわけだし」

「階梯能力がそもそも目覚めないようになっていたんだったな」

「そういうこと」


 この場合、階梯能力が勝手に目覚めるって『反則』を持った〔忌世怪(カルキノス)〕が生まれる可能性が出て来るんだけど、あくまで可能性だ。

 ただでさえ希少な〔忌世怪(カルキノス)〕がそんな都合のいい『反則』を宿すなんてことはまず有り得ない。


「あとは『反則』があっても誰にも気付かれないってこともあるよ。『火傷しない』って『反則』を持ってたとしても大抵の生物はわざわざ火に触れようとはしないからね」


 あくまで能力である階梯能力と違って、『反則』はバグだ。

 オンオフの切り替えは出来ないし、当人にもどんな『反則』を持っているか自覚できない。


「ただし、バグだからこそ『反則』が上手く噛み合えば理外の力を発揮する。それこそ、成長すれば〔(アステロン)〕にすら一矢報いられる程にね」

「それが異世界滅亡の原因か。……成長すれば、と言ったな。その前に叩くことはしなかったのか?」

「〔(アステロン)〕の基本姿勢は不干渉だから……それこそ、たかが一生物を倒すのに力を使ったりはしないんだ。ランク六くらいになれば別だけど、探すのだって簡単じゃないし。第一、大抵の〔忌世怪(カルキノス)〕は放っといても寿命やら生存競争やらで死ぬからね」


 世界には幾千幾万幾億幾兆という生命が犇めき合っている。

 〔星界(ガイア)〕を滅ぼそうとするのなら、その全てが潜在的な敵対者だ。


 いくら『反則』があったところでその状況で生き抜くのは容易じゃない。


「なるほど、おおよそ理解できたと思う。もしもその〔忌世怪(カルキノス)〕とやらを見つけたら……まあ、見た目では判別できないんだが、率先して倒すとしよう。それとももう地球の〔忌世怪(カルキノス)〕は全て倒したか?」

「ん? いやいや、そんなことしてないよ。僕も〔(アステロン)〕の端くれだからね。よっぽど目に余らない限りは見逃すさ。──そもそもプレイヤーだからね、この時代の〔忌世怪(カルキノス)〕は」

「はい?」


 加賀美さんは過去一で間の抜けた声を上げたのだった。




 ◆  ◆  ◆




 世界有数の治安水準を誇る日本にも日の当たらない場所はある。

 歓楽街から入ったこの路地裏などがそうだ。街灯の少なさもあって夜毎にトラブルの温床となっている。


「…………」


 ガコン。

 ひっそりと設置された自販機の前にだぶついたパーカー姿の少女が立っていた。

 酔客や客引きの声に背を向け歩き出そうとしたところで、背後から声を掛けられる。


「おぉ! 可愛いコいんじゃん!」

「俺らと飲まねー? ちょーどツレに帰っちゃってさぁ」


 歓楽街の方からやって来たのは二人の男性。ジャラジャラと付けたアクセサリーや派手な髪色といった風体のせいで、好意的な印象はまず抱かれない。

 どちらの足取りも覚束ず、自販機の明かりに赤ら顔が照らされる。


「…………」


 振り向いたフードの中から左右で色の異なる瞳が不満げに彼らを見上げる。

 酒精のせいか、元からそういう性格なのか、少女の年齢にすら考えの至らない男達へと、苛立ちを向けていた。


「なァなァどーなんだ──」


 ──パン!


 少女の方へ無遠慮に伸ばされた手がすげなく払われる。


「痛っ」

「きっしょいんだけど。汚い手でアタシに触らないでくんない?」

「な、なんだとクソアマがッ」

「舐めた口利きやがって、どうなるか分かってんだろうな!」

「何が出来るって言うのぉ? 頭の悪そーなザ・落伍者って感じのおにーさん達がさぁ」

「こんのっ──」

「おやおやおやおや、暴力はいけませんね」


 少女の背後。暗がりに続く路地の奥から壮年の男性が現れた。

 この場には不似合いなピッチリとしたビジネススーツを身に纏い、ピンと背筋が伸びている。


 壮年の男性はは薄っすらとした笑みを浮かべ、平常そのものな声音で一触即発の青年達へと語り掛けた。


「まずは何があったのか話してくださいませんか? 何か事情が──」

「うるせぇんだよ!」


 スタスタと間に割って入った男性へ躊躇なく拳が振るわれる。

 アルコールが暴力へのハードルを大幅に引き下げていた。


 ゴキリ。骨の折れる音がする。


「痛っっってぇぇぇぇええ!?」

「ですから言ったではありませんか、暴力はいけない、と。年長の忠言は聞くものですよ」


 頬を殴られたはずの男性はケロリとした顔でそう嘯く。

 負傷したのは拳打を繰り出した青年の方だ。

 コンクリートを全力で殴ったかのような痛みで酔いが醒めたのか、青年は一歩二歩と退くと、仲間を見捨てて逃げ出した。


 その異様な様子を見て取ったもう一人の青年も、戸惑いながら後に続く。

 二人だけとなった路地裏で壮年の男性は少女へ向き直った。


「全く、『近頃の若者はキレやすい』とは私の若い頃からある言葉ですが、彼らは格別でしたね。しかし貴方も感心しませんよ。彼らを虐げるつもりだったのでしょう?」

「そりゃあ手を出されたら身は守らないとねー。せいとーぼーえーだよ」

「法的な定義は置いておいても、反感を買うような言動を敢えて行うのは如何なものでしょうか。特に()()()()()()()()()()()()()()武闘家以上に武力行使には慎重になるべきです」


 少女の唇が弧を描き犬歯が顔を覗かせる。

 フードの下にある赤と青のオッドアイが、楽しげに細められた。


「やっぱりおじさんもそうなんだ」

「ええ」

「ランクは?」

「四ですよ」

「くふふっ、じゃあさじゃあさ、アタシとバトルしようよっ」


 無邪気な光を赤と青の瞳に宿し少女は提案する。

 けれど男性は肩を竦めるのみ。


「プレイヤーに危害を加えるのは禁則事項ですよ」

「そうにゃんそうにゃん。ふざけたことを言うんじゃないにゃん」


 スマホから出たニャビが加勢するも、少女は気にした素振りもなくこう返す。


「えー? でも今日のイベント(バトルロイヤル)じゃ平気で()り合ってたじゃん」

「イベントだから特例にゃん!」

「そのルールって結局さぁ、同意なしで戦わせないためのだよね。じゃあおじさんがオッケーしたらいいってことじゃん。まさかアタシに負けるのが怖くて逃げるなんてことないよねー?」

「そもそも子供を痛めつける趣味はない、という話です。貴方はまだ中学生くらいなのではありませんか? こんな時間ですし早く帰らないと親御さんも心配しますよ」

「うえー、年齢なんて関係ないじゃん。パパもママも寝てるから朝までに戻ればバレないしさ。それよりアタシが闘いたいって言ってるんだから闘ってよ!」

「無茶苦茶にゃん……」


 呆れ果てるニャビだったが、男性の方は少し間を開けてからこう答える。


「実のところ、私もプレイヤーの仲間を探しておりました。<索敵>を使いながらの散策もその一環です。仲間になってくださるのであればお相手しますが……本当によろしいのですね? 手加減は出来ませんよ?」

「むしろ手ぇ抜いたら起こるからね! あの紫色の毒液使いにやられた屈辱を晴らすんだから、本気で来てよ!」

「承知しました」

「……同意するならニャビは何も言わないにゃん。勝手にしろにゃん」


 早速フレンド登録をした二人は、試合に使えるダンジョンを見つけた。

 それから思い出したように少女は口を開く。


「あ、言い忘れてたけどアタシは石楠花(しゃくなげ)茲乃(しの)! しっかり覚えといてよね」

「私としたことが自己紹介を失念するとは……大変失礼致しました。(わたくし)尾津(おづ)山人(やまひと)と申します。以後お見知りおきを」


 そうして二人のプレイヤーは路地裏から姿を消したのだった。



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