52 バトルロイヤル6
宗像百獣郎さんの先天スキル、【フィックスブリックス】。
その効果は強度アップと説明されましたが、作戦会議の中でより詳しく問い質したしたところ他にも応用法があるとのことでした。
それがデバフ耐性です。
対象の状態を『正常』に固定することで、あらゆる状態異常を拒絶できるそうです。
本人はあまり気に留めていない能力のようでしたが、今回の戦いでは勝敗を左右するキーとなり得ます。
呪素とは正確には『呪い』状態を付与する粒子。
<護身結界>の状態を【フィックスブリックス】で固定すれば、呪液にもある程度は耐えられるはずです。
「──獣真流体術・鶴穿」
「っ、【カーソルカース】!」
矢弾と見紛う速度の貫手を桜口さんは奇妙な動きで横に避けました。
足を使わず、まるで見えない力で無理やり動かされたかのよう。
「呪液をスーツの内に纏わせ移動を補助しているのでしょうかっ」
「なるほどなァッ!」
宗像さんはすかさず追い打ちを掛けます。
強引な回避で体勢を崩した桜口さんへの鋭い蹴りは回避の余地がありません。
悪足掻きに作られた呪液の盾を蹴り裂き、脚から伸びる<魔刃>が桜口さんを斬り裂くその刹那、宗像さんの姿が光に包まれ消えました。
【フィックスブリックス】はランク三。ランク四の呪液にはそう長くは耐えられないのです。
勝利にはあと一歩届きませんでしたが、足止めは充分に果たしてくださいました。
桜口さんが逃げるより先、わたくしが駆け付けます。
「【チャージランページ】!」
「速っ!?」
瞬く間に距離を詰めすれ違いざまにハルバードを一閃。
すんでのところで躱されましたが、わたくしは桜口さんの背後を取れました。
これで逃亡を妨害できます。
「いいんですかっ? そこには夕闇は届かな──」
「【ダスクキル】最大」
「──っ、成程。これまでは全力ではなかったのですか」
ユウさんもこっちに向かっていましたが夕闇が到達するのはまだ先。そう思い込んでいた彼を仄暗い陰が覆います。
大振りに薙いだハルバードをバックステップで躱したことで、桜口さんは夕闇のさらに奥へと追いやられました。
「やれやれ、死中に活ありですね!」
ですが桜口さんに追い詰められた様子はなく、踵を返してユウさんと兎田さんの方へと駆けて行きます。
二人くらいならば呪素無しでも倒せると踏んだのでしょう。
ユウさん達は慌てて引き返そうとしますが、敏捷値では勝負になりません。
「お待ちなさい! <魔刃>!」
「あなたは速いがそれだけですね」
「ぐっ」
背中へと突き出したハルバードを振り向きざまに蹴り上げられます。
ランク三としては秀でた膂力も、ランク四相手では何の自慢にもなりません。
幸い追撃はありませんでしたが、それは彼がユウさんの方へ向かったことを意味します。
「俺が止める!」
「おやおや、良いのですか? あなたの【エスケープスコープ】は一対一でこそ無類の強さを見せますが──」
兎田さんの繰り出した<魔刃>の斬撃が同じく<魔刃>を纏った掌で払われます。
反撃の蹴りを読んでいたかのように紙一重で避け、素早く二太刀目を放ちましたが大きく回り込むようにして躱されます。
「──足止めには向きません。相手が格上であれば無視して進まれるだけですよ」
桜口さんは兎田さんをスルーしてユウさんを目指し、そして唇を歪めました。
「くくっ、焦りましたね」
数十メートル先。能力無効化の夕闇を自分の周囲だけ晴らしたユウさんは、手にした岩塊に【魔力】を込めていました。
起爆するのは十秒後。
一秒に何アクションも取れるわたくし達の戦闘スピードにおいては、あまりに遠すぎる未来。
「真っすぐだ!」
兎田さんが叫びます。ユウさんが投げます。
桜口さんは僅かに横へズレて岩石手榴弾の軌道を外れ、そして怪訝そうな表情を浮かべます。
それもそうでしょう。
まるで岩石手榴弾を避けるように夕闇の『晴れ間』が移動していたのですから。
「まさか──」
「【ダスクキル】」
彼がどのような推測を立てたのかはもう分かりません。
<魔盾>で防御しようとしたのか、<魔刃>で破壊しようとしたのか、それとも他の行動を起こそうとしたかも分かりません。
わたくしに分かるのはただ一つ。彼の脇を通り過ぎようとした岩石手榴弾が夕闇に呑まれ、途端に爆ぜたことだけです。
爆発を至近距離で受けた桜口さんは退場。
桜口さんの意識を引き付けるため背後に追い縋っていた兎田さんも同様に退場しました。
「ですが貴女が無事で何よりです」
「全力で離れたお陰」
すっかり夕闇の晴れた道路。
遠くにうつ伏せになり短剣を盾として構えた状態のユウさんが見えます。
立ち上がり土埃を払った彼女はこちらへ近づいて来ました。
「上手く倒せて、良かった」
「ですわね」
決着の瞬間を振り返ります。
便宜上、【ダスクキル】の能力は無効化だとユウさんは言っていますが、正確には少し違います。
『残り時間をゼロにする』。
それがあの先天スキルの本質です。
ゼロに出来るのは終わりの近いものに限られますが、スキルの効果時間のみならず多くの対象に効果を及ぼせます。
例えばユウさんは斬った相手に毒を与える短剣を愛用していますが、これにより毒を受け生命力が漸減し出した者は、【ダスクキル】の対象となり即死させることが出来るのです。
もっとも、相手の免疫値次第で即死が可能になるラインはどんどんシビアになるそうですが。
殺すのに何十分もかかる程度の毒では、同格相手には大抵レジストされるそうです
さてそんな【ダスクキル】ですが、この度は手榴弾の爆発までの時間をゼロにするという用途で用いました。
夕闇に呑まれるや導火線は焼き切れ、ドカンと起爆したのです。
「そっちもだけど、兎田を倒せたのもラッキー」
「……まあ、バトルロイヤルですものね」
【ダスクキル】で岩石手榴弾を即、爆破できることは作戦会議で伝えていましたし、それを承知の上で陽動を買って出てくれたのが兎田さんでした。
味方としては頼もしいですが、桜口さん討伐後にどう対処するかという疑問は頭の片隅にありました。
「あの先天スキルは私達だけでは攻略は困難。岩石手榴弾じゃないと倒せなかった」
「……本当にそうでしょうか?」
「なに?」
「いえ、兎田さんの能力ならば<魔刃>や<魔盾>で手榴弾の破片の軌道を読んで弾くことも……いえ、これ以上は野暮ですわね」
単に破片の量が処理できる量を上回っただけかもしれません。
もしやユウさんの並々ならぬ執念を見て勝ちを譲ってくださったのやもと思いましたが、そうであるなら言及するのは無粋というもの。
それよりも今、気に掛けるべきは──、
──ダンッ!! 地を蹴る音。聞こえたのは右側。
瞬間、わたくしとユウさんは互いの背後を見ました。
ユウさんの背後に敵の姿はありません。ユウさんがこちらに向かって来ていないのを見るに、わたくしの背後も同様でしょう。
で、あるならば──。
「「──上ッ!」」
武器を頭上に振り上げます。
目で確認する余裕はありませんでした。当てずっぽうの一撃です。
ガキンッ!
手応えがありました。アタリはわたくしの方だった模様。
「ハぁ、墓穴だったかしら。わざわざ音で騙そうとしたのは」
「いいえ、いくら<隠密>があれど攻撃の直前には気配が漏れるものですわ。先程の攪乱は最善手でしたでしょう」
ですので敗因があるとすれば、と上空からナイフで急襲して来た遠峰さんに伝えます。
「わたくし達が二人とも生き残ったことですわ」
「まあいいわ、目的は果た──」
遠峰さんの脇腹にユウさんの短剣が突き刺さります。
彼女の得物はナイフ一本。わたくしのハルバードを受け止めている今、短剣を防ぐ手立てはなかったのでしょう。
彼女の体が光となって消えます。
「「…………」」
ユウさんと視線が重なりました。ダンジョン内に静寂が訪れます。
ダンクエに表示されている残り参加者数は、二人。




