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51 バトルロイヤル5

「ハッ、ハハッ、ハハハハハハハハハハッ!」


 街の破壊音に混じって高笑いが聞こえてきます。


「ハハハッ、ハハッ、全部ッ……全部壊れてしまえェェ! ヒャハハハハハハァッ!」


 タガの外れたような笑い声。

 しかしわたくしにはそれが悲鳴のように聞こえました。まるで悲嘆を忘れるために空元気で叫んでいるかのようです。


 空虚な笑い声は徐々に近づき、やがてわたくし達の待ち構える片側三車線の道路にソレは現れました。

 道路の右側に立つビル群が一気に倒れ、その根元から滅紫(けしむらさき)の液体が滲み出して来ます。


 自ずと肌が粟立つ程の不吉な【魔力】。

 聞き及ぶ呪素の性質そのものでした。


「ハハハハハハハハッ、はぁ……いやはや有難いですね。わざわざ倒しやすいよう一箇所にまとまってくれてるなんて」


 渦潮のように旋回する滅紫の呪液の中心には、長身瘦躯の猫背の男性。

 薄っすら隈のある彼は、ニタニタと笑みを浮かべながらこちらを見ます。


「手加減していた眼竜(がんりゅう)君に勝ったくらいで随分調子に乗っているのね、桜口さん。呆れたわ。最初のイベントで智聡(ちさと)に危害を加えておいて全く反省していないなんて」

「ク、クックック……」


 誤魔化すように笑い声を上げた桜口さん。

 遠峰(とおみね)さんの罵倒によってメンタルを揺さぶる。作戦通りです。


 その隙を見逃さず、遠峰さんを除いたわたくし達四人は一斉に駆け出します。


「正面から来ますか、ハハッ、小勇ですよそれは! 【カーソルカース】!」


 彼の周囲で渦巻く呪液……その一部が射出されます。

 防御すれば武器が劣化し、回避も厳しい規模の攻撃……ですが、今回は恐らく問題はありません。


「【ダスクキル】」


 夕闇が大きな波となり、放たれた呪液を浚います。

 波が去った後には呪液は跡形も残っていませんでした。


「なんですと!?」


 桜口さんが目を見開きます。

 まずは第一関門突破です。呪液を消せないパターンのプランももちろん考えていましたが、勝率はほぼほぼゼロでしたからね。

 これでようやく同じ土俵に立てました。


「消去か無効化か解呪か……考えるのは後ですね。こんなのにはどうです?」


 大量の呪液が空へと跳ね上がり、直後、進行方向をくるっと反転させ、無数の雨となって降り注ぎました。


「関係ない。全員守れる」

「前衛は、でしょう? 後ろは見ないで良いんですか?」

「っ!?」


 ユウさんが肩越しに振り返ります。

 それはちょうど、雨に狙われた遠峰さんがビルの隙間へと逃げ込んでいく時でした。


「私は平気よ! そのまま戦闘を続けて!」

「後ろには広げない、ですか。その夕闇は無制限に作れるわけじゃないようですね。まあもしそれが可能なら初手で呪液を干上がらせていますよね」


 目聡く【ダスクキル】の能力を推測した桜口さんは、パチンと指を鳴らしました。

 すると彼の周囲の呪液が、まるでそれまで収められていた器が壊れたかのように外へ流出します。


 しかし全てが流れてしまったわけではなく、ユニットバスを数回は満たせそうな呪液が未だ彼の周囲を漂っています。


「夕闇の範囲に限度があるならばやりようもあります!」


 武器の間合いまであと少し、というところで桜口さんは跳躍しました。

 さらに呪液を筋斗雲のようにしてわたくし達の直上へ。


 呪液は泥並みの粘度で足場には適しませんが、桜口さんはその辺りの性質も含めて操作できるのです。

 もっとも、先程までのように過剰な量の呪素を操っていてはこの手の細かな操作は出来ないそうですが。


 大半の呪液の操作を放棄したのは能力のキャパシティを空けるためでもあったのでしょう。


「上から見ても夕闇に隙間は見当たらないですね。ならばこれです」


 足場に必要な最低限の筋斗雲を残し、ほとんどの呪液を手元へ。

 それらは細長く圧縮されまるで槍のような形状になりました。桜口さんは呪液槍を握るや、全力で投擲して来ます。


「これも効きませんか」

「……濃度は関係ない」


 しかしながら呪液槍もまた夕闇の前に儚くも散ってしまいました。

 恐らく圧縮状態は、桜口さんの手元から離れても長続きするようなものではなかったのですね。


「これでお分かりになったのでしょう、桜口さん。呪素では【ダスクキル】は破れません。降りて来て正々堂々戦いましょう!」

「そーだそーだぁ。俺と殴り合えぇ」

「いやいやさすがにその手には乗りませんよ。そっちも空中の相手には攻撃しづらいでしょう。せっかくの優位を捨てたりしませんって」


 わたくし達は全員<空歩>が使えますが、まだ地上に留まっています。

 と言うのも空中戦は立体的になる分、夕闇でカバーし続けてもらうのが大変なのと、そもそも桜口さん(ランク四)の脚力値を闇雲に追いかけても捕まえられないからです。


「とはいえ、このまま睨みあっていても<隠密>で気配消した遠峰さんが何かしそうですね。その夕闇、【魔力】もそんなに消費してないようですし待ってても無駄……。まあ近接戦はそのハルバードが怖いので避けたい」

「あら、<器物鑑定>されてらしたのですね」


 わたくしのハルバードは防御壁などを破壊しやすいという能力を有しております。

 今回のルールでしたら格上相手でも掠めるだけで一撃必殺が狙える切り札なのです。


「そっちの小さい子も、短剣はともかく爆弾は自爆特効されると怖いですしね。いや、十秒も猶予があるからそうでもないですか」


 ユウさんが腰に付けている岩石手榴弾──昔、石魔術の悪魔からドロップした物です──を桜口さんは警戒しています。

 それから一つ頷いた彼は、筋斗雲呪液を蹴って高速移動。

 遠くの地面に降り立ち、近場の瓦礫を掴みました。


「物理攻撃はどうですか!」

「ユウ、伏せろ」


 兎田さんの指示に一瞬遅れて瓦礫が放られます。

 凄まじい速度でしたが、事前の指示もあって瓦礫はユウさんの頭上を通り過ぎました。


「【エスケープスコープ】ですか。面倒ですが、それなら物量で超えるまでです!」


 連続投擲。手当たり次第に投げつけられる瓦礫を回避していきます。

 とはいえ瓦礫の半数は兎田さんが<魔刃>で弾いてくださるので、わたくしの負担は然程ではありません。

 集中的に狙われているユウさんも同様です。


「【カーソルカース】!」


 瓦礫だけでは効果が薄いと感じたのでしょう。

 桜口さんはポーチから魔石を取り出すと、中に封じられていた呪液を解放。


 放水ホースさながらの勢いの呪液で近くにあった電柱を根元からへし折り、


「そりゃあっ!」

「跳べ!」


 ぶん投げて来ました。

 兎田さんの声に従いジャンプしたわたくし達の下を、ぐるぐると横回転する電柱が通り過ぎていきます。


 桜口さんは空中に居るわたくし達を今度こそ仕留めようと再度瓦礫を投げて来ますが<空歩>で回避。

 無事に着地できました。

 それから少しだけ投擲を続けた後、桜口さんはお手上げとでも言いたげに首を振ります。


「やりますね、ここまでやって一人も落とせないとは。……時に皆さん、<器物鑑定>についてはどれくらい知っていますか?」

「アイテムの性能が分かるスキルですわよね」

「間違いではないですがそれだけでもありません。このスキルはアイテムの効果だけじゃなく、物体の構造の把握も出来るんです」

「それが……どうしたのでしょうか?」

「こういうことが出来る、と言いたいのです」


 桜口さんのセリフの途中で兎田さんが勢いよく振り返ります。

 ぐらり。

 彼と同じ方を見れば、通りに面した一際高いビルが、こちらに傾いて来ていました。


「っ」


 瞬時に理解します。

 筋斗雲のようにしていた呪液。アレを、瓦礫の連続投擲で気を引いている隙にビルの内部へ侵入させたのでしょう。


 そして<器物鑑定>でビルの要となる部分を割り出し、こちらに倒れるよう破壊した。

 <魔盾>使いが兎田さんだけのわたくし達には逃げることしか出来ません。


「こっちだ!」


 兎田さんが先導して、桜口さんとは反対の方向に道路を駆けます。

 全員がそれに続き、ランク三の俊足でもってなんとかビルの倒壊範囲を脱しました。


 ですが移動で陣形が乱れた隙を相手が見逃すはずありません。

 舞い上がる粉塵を突き抜け、呪素特有の怖気の走る【魔力】と共に桜口さんが現れます。


「隙だらけですよ!」


 倒壊を逃れる際に一人だけ遅れてしまい、わたくし達から離れていた宗像(むなかた)さん。

 辛うじて夕闇の範囲に入ってはいますが加勢するには数テンポ遅れる立ち位置の彼を狙い、桜口さんが襲来します。


「違ぇな、おめぇが誘い込まれたんだ!」


 しかし宗像(むなかた)さんの顔に浮かぶのは獰猛な笑み。

 躊躇なく夕闇の外へ踏み出します。


「そこから出たら意味ないんじゃないです? 【カーソルカース】」

「視線で軌道が丸分かりだぜッ」


 【ダスクキル】の護りを無くした彼を呪液の弾丸が襲います。が、それら全てを機敏な身のこなしで避け切って桜口さんへと肉迫しました。


「だったらこれですね」


 呪液弾が当たらない、と見て取った桜口さんの判断は迅速でした。

 下から上へと振り上げられた右腕の袖口から魔石が飛び出します。


「回避の余地のない範囲攻撃が最適解です」

「っ──」


 魔石から夥しい量の呪液が溢れ出し周囲の空間をあっという間に吞み込みます。

 宗像さんの回避も当然間に合いません。


「これでまず一人目で」

「──【フィックスブリックス】」

「は?」


 残るわたくし達三人へ意識を切り替えた様子の桜口さんは、呪液を突っ切って現れた拳に目を見開きました。



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