50 バトルロイヤル4
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観戦席にて。
「そうか……受験、駄目だったのか……」
遠峰さん達の会話を聞いていた加賀美さんが、何とも微妙な面持ちでそう溢した。
「ダンジョンクエストは強制参加じゃないとは言え、何だか申し訳なくなって来るな」
「……言い訳するつもりはないけど、ダンクエなくても落ちてたとは思うけどね。そもそも目標設定が無茶だったし」
僕の行いがプレイヤーの人生に多大な影響を与えているのは事実。
けれどそれと桜口君の失敗は別問題だ。
桜口兄太君。
彼は高校に入って以来、ほとんど休みなく塾に通わされていた。
おかげで学力自体は高かったけど、その分両親からの期待も高かった。
人間の力と言うのは割と低いところに限界があるのだし、秋の模試でD判定になった時点で志望校を妥協するべきだった、と僕は思う。
だけど桜口君──とその両親──はそれを良しとせず、結果として不合格になった。
ダンクエにのめり込んでたのにはそういう背景があったんだ。
責任転嫁と言われたらそれまでだけどね。
「そういう話を聞くと同情はするが……暴走するような人間をプレイヤーにして良かったのか? 精神性も選定条件だったろう」
「あぁ、まあ根は善良寄りだからね、うん。法令遵守の傾向が強いしルール違反はしないよ……今回だってバトルロイヤルだから滅茶苦茶に暴れ回ってる訳で、普段のダンジョンでは他プレイヤーを巻き込まないよう節度は守ってるよ」
一回目のイベントの時と違って、今回の『暴走』は何ら問題ではない。
勝つための最適解でなくても、戦略の一つと見做せなくもない。
巻き込まれて敗退しちゃった推川さんはちょっと可哀想だったけどね。
「さて、彼の方は良いとして今の注目はランク三連合だね。殲滅力トップのプレイヤーにどう立ち向かうかな」
◆ ◆ ◆
「遠峰さん、そっちの話はまとまったみたいだな」
「ええ。兎田君の方も説得できたようね」
「あぁ、俺も協力するぜぇ」
宗像さん──わたくし達を襲った巨漢の名前です、遠峰さんに教えていただきました──と兎田さんが合流しました。
軽く自己紹介をするや早々に遠峰さんが切り出します。
「早速だけれど打ち合わせをするわよ。時間はそれほど残されていないもの」
──ゴゴオォォォオオオオオンンンッ!!
建築物の崩落音がまたも聞こえます。
これまでで一番大きい……つまり、一番近いです。
参加者が残り六人になってわたくし達の居場所が公開されたことで、桜口さんが向かって来ているのです。
「桜口さんの【カーソルカース】は【魔力】から呪素という粒子を作って操る能力よ。呪素は接触したモノに浸透し、劣化させる性質があるわ。彼はその呪素を凝縮させて液体状にしているの」
「劣化、ですか。それは具体的にどのような?」
「呪素を浴びた対象によるそうよ。非生物なら朽ちたり、腐ったり、萎びたり。生物の場合は衰弱とか能力値低下ね。後者は<護身結界>がある今は無関係なのだけど」
「非生物にも効くのでしたら結界も劣化しますものね」
「ええ。眼竜君との戦いを遠くから観察していたけれど、少量の飛沫が掛かっただけで結界は破られていたわ」
私が見逃しただけで実はもっと掛かっていたのかもしれないけど、とフォローが入りますが、いずれにしても大変に危険なことに変わりはありません。
桜口さんの攻撃は着弾地点の近くにすら寄らない方が良いでしょう。
「相手はランク四、危険度は承知してる。それよりそいつの戦術を教えて。あの関西弁男みたいなものと考えていい?」
「明谷君のことかしら。彼とは色々違うわね。最大の差異はスケールよ。桜口さんは……そう、まるで池の水を丸々持って来たみたいな量の呪液で、周囲の地面を常に覆っているわ。今こうしてビルが次々倒れているのも攻撃されたからじゃない、ただ単に彼の広げた呪液が触れたせいよ」
「なん、という……」
それが本当ならば力の差は歴然です。
ただ歩くだけで高層建築物を倒すなどわたくしには不可能……そもそも高層ビルの破壊自体にそれなりの時間を要します。
「しかし疑問ですね。さしものランク四と言えどそんな力を使い続けて【魔力】は枯れないのですか?」
「それについては俺から話そう。本人から【カーソルカース】の性質は聞いている」
わたくしの質問に挙手してくれたのは兎田さんでした。
「そもそも呪素は剥き出しにしていると短時間で消失してしまう。それは呪液でも同じだ。普段は襲って来たモンスターを殺して呪素を補給してるらしいがここじゃそれも出来ない。だからあんな無茶な使い方をしていればすぐ【魔力】が尽きる、と当初は俺達も考えてたんだが……」
兎田さんは険しい表情で首を振ります。
「どうやら桜口さんは魔石に呪液を込めてイベントに持ち込んでるみたいなんだ」
「魔石に、ですか?」
「ああ、呪素も元は【魔力】だから互換性があるのかもな。桜口さんはポーチ一杯に魔石を詰めて持ち込んでた。眼竜との戦いを見て消費ペースは把握できたが、あの分ならイベント中に魔石が尽きることはない」
「ホント、余計なところばかり理性的よね」
忌々し気に遠峰さんは呟きました。
兎田さんはそうでもないのですが彼女の言動からはほんのりとした敵愾心が垣間見えます。
何か確執があるのでしょうか?
「先天スキルの解説はこんなところね。後天スキルは<索敵>と<魔盾>と<魔刃>をランク三で、<器物鑑定>をランク二で持ってたわ。新しいスキルを取ったりランクアップさせたりしている可能性は高いけれど」
「俺達が持っている情報はこれで全てだ。ここからはお互いの能力を確認しよう」
兎田さんが崩落音の方を気にしつつ言いました。
まだ距離はありますが、着実に縮まっています。あまり悠長にはしていられませんね。
「まず俺から。先天スキルの【エスケープスコープ】は逃げ道が感じ取れるって能力だ。後天スキルは近接戦を重視して取ってる。<煙幕>という文字通り煙幕を張るスキルもあるが、これは集団戦だと使えないな」
「私の【サウンドトリック】は音の発生地点を変えたり、音量を増減させたり、遠くの音を拾ったりできるわ。平たく言うと音を加工する能力かしら。後天スキルは後衛型ね」
信用を得るためでしょう、同盟の発起人達が能力を明かしてくださいます。
さて次は誰が明かすのか、というところで宗像さんがのっそりと挙手しました。
「俺ぁ【フィックスブリックス】っつぅ能力を持ってる。簡単に言やぁ強度アップだぁ、肉体や装備なんかを固定して壊れにくくできる。体術には自信があるから前衛は任せてくれぇ。後天スキルもそれ用に取ってるからなぁ」
「わたくしは【チャージランページ】という突進強化のスキルを持っていますわ。クールタイムが必要ですが、対象の防御力をある程度無視して攻撃することもできます。スキルは突撃して近接戦に持ち込む前提で揃えてますわね」
こうして他の全員の自己紹介が終わり、皆の視線がユウさんに集まります。
彼女は居心地が悪そうに視線を逸らしました。
わたくしは小声で語り掛けます
「ユウさんユウさん、お気持ちは分かりますが今は協力しませんと。皆さん話してくださったのですし、ここで黙るのは不義理ですわ」
「……嘘をつかれている可能性もある。こっちだけ手の内を明かしてたら桜口討伐後、不利になる」
「それで討伐に失敗しては元も子もありませんわよ。一度信じると決めた以上、多少のリスクは無視してでも突き進むべきですわ。それに──」
彼女の視線の先に回り込んで、真っすぐに見返します。
「──わたくしが付いております。もしも潰し合いになっても最後に勝つのはわたくし達ですわ」
「……そう」
小さく息を吐き、ユウさんは皆さんへ向き直りました。
「私の先天スキルは【ダスクキル】……端的に言うと能力を無効化する能力」
「それは強力ね。けれど当然条件があるんでしょう?」
「ん。まず一つ。無効化するにはこの夕闇で包まないといけない」
ユウさんが手のひらの上に夕闇を生み出し、操って見せます。
この夕闇自体は広範囲に発生させられるので、包むという条件の達成は容易です。
「二つ目の条件。対象に制限時間がなければならない」
「と言うと?」
「【魔力】が供給されている能力は無効化できない」
それだけでは言葉が足りないと思ったのか、ユウさんは言葉を付け足します。
「電池とコンセントに置き換えて考えるといい。電池で動く機械はいずれ電池切れになる、だから【ダスクキル】で無効化できる。だけどコンセントに繋がれた機械は外部から電力が供給されてて電池切れはない、だから無効化できない」
「【魔力】を急速消耗させる能力なのですか?」
「そうじゃない。原理は分からないけど、いずれ【魔力】切れになるモノを、強制終了させるだけ」
「そう……なら<護身結界>を無理やり破るのは難しそうね」
このイベントの<護身結界>は時間経過では解除されません。
【ダスクキル】の展開速度は圧倒的ですのでもし<護身結界>も消せるのでしたらほぼ敵なしだったのですがね。
「ですが要点は<護身結界>ではありませんわ。【ダスクキル】が【カーソルカース】に通じるか、です。先程の話ですと……」
「呪素は時間経過が薄れるわね」
「ん、それなら多分、無効化できる」
遠峰さんは三日月のように唇を歪め「勝ち筋が見えて来たわね」笑いました。
「それでは、皆様の情報も出揃ったことですし作戦を立てましょうか」
「ええ、そうね。協力してあの害悪プレイヤーをぶちのめしましょう!」




