46 設営
拠点の神社の居間に備え付けられた大きな姿見。
それがチカッと発光したかと思えば、次の瞬間には一人の女性が立っていた。
「三葛君、説明してくれるかい?」
「もちろんさ加賀美さん」
待っていましたとばかりにココアとケーキスタンドを出しながら応じる。
このイベントを企画した時からこういう誤解を受けることは目に見えていた。説明の用意は万端である。
「ニャビも言ってたと思うけど今回は参加者全員に<護身結界>を張る。加賀美さんには馴染み深いスキルだね」
「そうだな、随分と世話になっている」
<護身結界>は自分の体の表面に薄い【魔力】のバリアを張るスキル。
【魔力】消費も重いし防御力は<魔盾>に劣るけど、反射を使える加賀美さんには死角にも対応できる<護身結界>の方が合っていた。
「この<護身結界>が破られた時点でそのプレイヤーはゲームオーバー、強制的にチュートリアルダンジョンから離脱させる。バリア破壊から離脱までのタイムラグはゼロだと考えてもらっていい。たとえレールガンを撃たれたとしても弾が当たる前に離脱可能さ」
だから安全対策は抜かりないよ、と告げるも彼女が気にしているのは他の部分だったようだ。
「君ともそれなりの付き合いだ、そういった面に関しては信用している。どうせまたリアルタイムで見守るんだろうしな。私が知りたいのは目的の方だよ。プレイヤー同士の諍いを誘発するイベントなど何の利点がある?」
「なるほお、そっちね。まあ、一言で言えば『刺激』を与えるためかな。そろそろプレイヤー側に馴れが生まれる頃合いだから」
スプーンでココアを掻き混ぜる。
沈殿していた粉が攪拌され心なしか色味が濃くなる。
「ランクが同じでもモンスターの強さはピンキリ。そしてプレイヤーといい勝負が出来る『上澄み』のモンスターはボスにも滅多に居ないんだ。加賀美さんの時みたくダンジョンを厳選したりも出来ないしね」
「ほう、私の相手は厳選されていたのか。十把一絡げに倒せていたからまるで気付かなかったな。すまない、私が天才すぎるあまり君の心遣いに気付いてやれなかった」
「いーよいーよ、気にしないでね」
テキトーに流しつつ話を続ける。
「同ランクモンスターの群れでもある程度熟れたプレイヤーなら大体危なげなく対処できるし、難しそうなら撤退も選べる。乱戦だと事故も起きやすいからね。だから一定水準に達したプレイヤーは『勝負』から遠ざかるんだ」
だからこその刺激だ。
強者との戦いで上を目指すモチベーションを得たり、戦闘技術を吸収したりして欲しい。
「だったらこんなイベントにせずともPvPを実装したらいいんじゃないか?」
「うーん、常設しちゃうと過疎りそうなんだよね。結構な割合のプレイヤーがモンスター退治のためにダンクエやってるしそもそもプレイヤー自体、日本には数十人しか居ないから」
それにプレイヤー同士でばかり戦われても困るのだ。
「さっきの話と矛盾するようだけど、このイベントだと先天スキルの成長は見込み辛いんだよね。いくら相手が強くてもお互いに命を奪わないって前提だと、どうしても緊迫感が欠けちゃうからさ」
「先天スキルを磨くのには殺し合いが最適だ、と以前話していたな」
ふむふむと頷いた加賀美さんはフォークを置き、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
「訊かせてくれてありがとう。私はそろそろ次のダンジョンに行くとしよう」
「行ってらっしゃい。春休みもそろそろ終わるし楽しんできてね」
「あぁ。そのつもりだ……と、そうだ、ここまで来たしシーザーにも挨拶をして行こう」
「そう?」
居間を出た加賀美さんに付いていく。
廊下に出て二部屋隣。所狭しと並べられた電子機器と絶えず聞こえる何かしらの駆動音。
まるでサーバー室のようなここは、僕の〔眷属〕の仕事部屋だった。
「これはこれは加賀美殿、壮健でありますかな?」
正面の壁に立てかけられたディスプレイが点灯し、声がした。
ディスプレイに映ったのはニャビと同じくデフォルメ調の猫。だけどこちらは少し太り気味なのに加え、王冠とマントを身に付けていて偉そうだ。
白い毛並みもどこか気品が漂っている。
「見ての通り私は元気だ。さっきも一つダンジョンを渡しただろう、シーザー」
「ミャッミャッミャッ、愚問でしたな」
白猫の名はケット・シーザー。僕の第三の〔眷属〕だね。
その主な役割はダンジョン──〔星界〕の破片の蒐集・管理である。
ボスの消えたダンジョンは消滅する。プレイヤー達にはそう説明しているけど、それは正確な情報じゃあない。
破片の消滅はボスという『楔』を失ったことで起きる……なので、こちらで新たな『楔』を用意してやればその破片は存続させられる。
シーザーはそのために創られた〔眷属〕なのだ。
「主様もお変わりないようで何より」
「僕に何かあったらそれこそ世界滅亡だからね。ところでシーザー、イベントステージの進捗状況はどう?」
「六割から七割と言ったところですな」
「ほう、これがイベント用のチュートリアルダンジョンか」
チュートリアルダンジョンの作成もシーザーの仕事だ。
不活性化させたダンジョンを切り分けて、モンスターを全部消し、制御できる個体のみを必要に応じて生成している。
ディスプレイに新しく映し出されたチュートリアルダンジョンもシーザーが調整したものだね。
イベント用なだけあって、通常のチュートリアルとは違う点が二つ。
一つは広大さ。イベントダンジョンの半径は一キロメートルを優に超す。
そしてもう一つが、地表を覆い尽くすコンクリートジャングルだ。
「なるほどな、通常のダンジョンとの差別化と言う訳か」
「えぇ、主様からはそういうディレクションを受けましたのぅ。対人戦に気持ちを切り替えやすいようガラッと雰囲気を変えて欲しい、と。まだ構築途中の建物も多いですが、イベントまでには都心と遜色ない街並みにしますぞ」
「面倒を掛けるね」
「気になさらないでくださいませ、主様の道楽に付き合うのも僕の務めですからな」
「道楽?」
「〔神〕は星の守護者だからね。人類を救おうと色々してるのも根っこを突き詰めればただの趣味でしかないんだよ」
そして〔眷属〕ってのは往々にしてそういう些事をさせるために創られる。
僕は元人間だからちょっと特殊だけど、本来〔神〕が地上で力を振るえば星全体の環境が激変する。
過干渉を厭う〔神〕にとってそれは望ましいことじゃないんだ。
逆に〔神〕が本腰を入れなくちゃいけないこと──例えば厄災からの〔星界〕防衛──には、最高位の〔眷属〕であっても力がまるで足りない。
アースやニャビ、シーザーが全員ダンジョンクエストの運営に携わっているのはそういう側面もあったりする。
「何だそういう意味か。てっきり面白がってバトルロイヤルを開こうとしているのかと思ってしまった」
「まあランク四達の激突が見たくないって言ったら嘘になるね」
「おい」
ジットリとした目で睨まれてしまう。
ちょっと前に『信用している』なんて言ってたくせに今じゃまるで邪神を見るかのようだ。酷い。
「悲しいなぁ。僕はこんなに真面目一辺倒でやってるのに」
「それにしてはゲーム形式でアプリを配ったりアースに配信をさせたりと大分趣味が入っているように思えるがな」
まあいい、と頭を振った加賀美さんは、最後に軽く挨拶をしてから神社を去ろうとする。
その段になって僕は一つ伝達事項を思い出し、一声かけた。
「そうだ、<ドメイン>の開発だけど目途が立ったよ。ゴールデンウィークには間に合いそうだ」
「ありがとう──それは楽しみだ」
最後に、ゾッとするほど美しく、獰猛な笑みを浮かべて彼女は鏡の向こうへと消えて行った。




