45 招待状
「その傷、大丈夫ですの?」
ボスのドロップアイテムのデータを見ているユウさんに訊ねました。
「平気。傷自体は<自動治癒>でもう治ってる」
「なら良いのですが」
<自動治癒>はリソースを必要としない代わりに治りが遅いとニャビに聞きましたが、ユウさんはかなりランクを上げているようですね。
「これで分かったにゃん? ユウ一人じゃ限界があるにゃん。リスクヘッジのためにもパーティーは組んだ方がいいにゃん」
「それは……」
バツが悪そうにユウさんは目を逸らします。
このダンジョンボスはたしかに強敵でした。わたくしもユウさんも、ソロだったなら勝てていたかは怪しかったでしょう。
「わたくしからもお願いしたいですわ。チーム戦は初めての経験でしたが、ふふ、思った以上に楽しかったですもの。それに二人であればよりスムーズに攻略できますし」
「……少しの間なら、考えなくもない」
すっとスマホが差し出されました。
表示されているのは『フレンド』画面です。フレンド登録をしようと言うのでしょう。
わたくしもスマホを操作しながら、すんなり受け入れられてよかったと胸を撫でおろします。
彼女との連携が楽しかったのは事実ですが、理由はそれだけではありません。
伏せていたもう一つの理由は、彼女の捨て身な姿勢が心配だったということです。
先のボス戦、わたくし達には一度撤退して作戦を練り直すという手も御座いました。
悪魔の手の内が分かっていればより適した戦法が取れますし、相性のいい装備やアイテムを用意することも出来ます。
少なくともわたくしなら、危ないと感じれば迷わず撤退を選ぶでしょう。
しかし彼女は負傷も顧みず突撃しました。
戦闘に……取り分け、魔術という特大の不確定要素が絡むダンジョン戦闘には、絶対はありません。
結果的に石の悪魔には勝利できましたが、もしも彼女がこれからもあのような戦い方を続けるのであれば、いずれどこかで破綻を迎えるでしょう。
忠告が無意味なのはニャビを見ていたら分かりますし、他人のプレイスタイルに口を挟むつもりはありません。
しかし放置するのも気が引けたためにパーティーを組むことを提案しました。
彼女がダンジョンで探しているアイテムを思えば、必死になる理由にも察しが付きますしね。
「治療薬……ですか」
「ん?」
「いえ、今回のドロップアイテムは治療薬でなくて残念でしたね、と」
「……別に。そう簡単に見つかるとも思っていない」
悪魔が落としたのは魔石とスキルページと岩の塊でした。
岩の塊というのは、いくつもの石礫を強引に癒着させたようなアイテムで、【魔力】を込めると十秒後に爆発します。言ってしまえば魔術の手榴弾ですね。
使い切りアイテムですが、ここぞと言う時に使える切り札になるでしょう。
これはユウさんが持つことに決まりました。
代わりにわたくしはスキルページを。習得するつもりはありませんが、換金してしまっては取り戻せなくなるので一応保管しておきます。
最後に魔石のコインを山分けし、ユウさんがダンクエの画面を見せてきました。
「次のはここ」
「もう行くのですか? 休憩などは挟まなくとも宜しいので?」
「<自動治癒>があるから問題ない。そっちは必要?」
「いえ、わたくしは問題ありませんが……しかしユウさんの防具の補修ぐらいはした方が良いかと」
「む……分かった」
「まあ……!?」
自身のコンバットスーツを見下ろしたユウさんは、あろうことか防具一式をそのままダンクエのインベントリに収納しました。
防弾ベスト等も一緒に仕舞ったため、後に残るのは肌着姿の少女。
わたくしは思わず顔を背けました。
「……何?」
「い、いえ、ここで脱ぐとは思いませんでしたので」
「近くにチヨ以外の反応はないのに、何の問題が?」
「わたくしが居るではありませんか…………」
「女同士だし問題ないでしょ」
「それはそうかもしれませんが……そのようなはしたない真似をせずとも、一度ダンジョンを出れば良かったのではありませんか?」
「出入りしてたら時間が無駄になる。さっさと済ませた方が良い」
そんな他愛もない会話を交わしている内にコインによる装備品の修繕は完了し、彼女の服装が元に戻ります。
「じゃあ今度こそ」
「ですわね」
そうして立て続けに次のダンジョンの攻略を開始したのでした。
それから、わたくし達は来る日も来る日もダンジョンへと挑みました。
ユウさんの熱意は凄まじく、わたくしも自由時間のほとんどを探索に充てました。
春休みはあれよあれよと過ぎて行き三月下旬を迎えます。
この日も飽きずにダンジョン攻略をしていたところ、ふと気になって新年度のことを話題に出しました。
「そう言えばユウさんは春休みが終わってもこのペースで潜るんですの? わたくしは二回生の講義が始まるので潜れる頻度が落ちるのですが」
リアルの話題を振るのはマナー違反かと思いこれまで触れませんでしたが、充分に信頼関係を築けたと考えそう訊ねました。
見たところ同年代ですし、二月から一日中ダンジョン攻略をしていたので大学生か進路の決まった高校生という線が濃いでしょう。
しかし返って来たのは『意外な答え』。
「さあ? ずっと休んでるから、進級できるか分からない」
「進級……? 失礼ですがユウさんは大学生ではないのですか?」
「高二だけど」
「………………」
白状すると、『意外な答え』というのは嘘です。
その可能性はずっと頭の片隅にあって、けれど他人のことだからと見て見ぬふりを続けていました。
「……チヨも、学校に行けべきだって言う?」
「そう言うべき、なのでしょうね……」
ですが、と言葉を続けます。
「『べき』の話でしたらそもそもダンジョン攻略などという危険行為はすべきではありません、わたくしもユウさんも。ですがそんなことは承知の上でしょう? それでもダンジョンに行く理由があるからわたくし達はここに居るのです」
もっともわたくしのはユウさん程大層な理由では御座いませんが、と自戒を挟み続けました。
「ですので今更止めたりはいたしませんよ」
「……そう」
どことなく安堵した様子を覗かせたユウさん。
しかしそこへ待ったが掛かります。
「なぁに言ってるにゃん! チヨ、君は年上なんだからきちんと指導してくれなきゃ困るにゃん!」
「指導、ですか……。年上と言ってもわたくしとユウさんはたったの二歳差、出来るアドバイスなどたかが知れていますわ」
「含蓄あるアドバイスなんて期待してないにゃん! 君がすべきは不登校中の不良に復学するよう言うことにゃん!」
「不良ではないでしょうに」
とはいえ、ニャビの主張は正論です。
将来のことを思えば学校にはやはり行くべきでしょう。ダンジョン探索は放課後や休日にも出来ますしね。
自主性を尊重すると言えば聞こえは良いですが、それは無責任と紙一重。
だからこそいつものように『脇目も振らず突っ走れ』とは言えませんでした。
かと言って力尽くで止めるのも考えものですが。それでもし手遅れになったりすれば、それこそ責任が取れません。
どうするのが正しいかは、走り抜けた先の結果論でしか語れないことなのだとわたくしは思います。
「まあいいにゃん。命知らずの馬鹿二人にいいお知らせにゃん。次のイベント開催が決まったにゃん」
「それはそれは、楽しみですわね。わたくし、イベントにはまだ参加したことがないのです」
「私は三回目」
「日付は来週の土曜日、場所は特殊なチュートリアルダンジョンにゃん。モンスターが出現しない設定になってるにゃん」
「モンスターが居ないのですか? では何をするのです?」
「イベント内容はバトルロイヤルだにゃん。そして優勝賞品は──どんな傷病も癒す万能薬だにゃん」
◆ ◆ ◆
茶嶋千代子達がイベントの知らせを受け取ったのと同じ頃、別のダンジョンでも一人の女性が同じ知らせを聞いていた。
「また私が参加不可なのはいいとして……バトルロイヤルだと?」
何を考えているんだ三葛君は、と。
そう呟いた彼女の足元には息絶えた異形の天使。周囲には見渡す限りに続く雲の大地。
固体の雲によって成り立つ天空のランク五ダンジョンをいとも容易く攻略した彼女は、一か月程会っていない協力者の顔を思い出す。
「久しぶりに顔を見に行くか」
そうして彼女はダンジョンから姿を消したのだった。




