44 タッグ戦
「随分と前のめりな戦闘をされるのですわね」
第四フロアにてホブゴブリンの群れを掃討した後、わたくしはユウさんに言いました。
「そう? チヨも大差ないと思うけど」
「わたくしはハルバードで間合いの外から攻撃できますので。しかしユウさんの短剣ではそうも行かないでしょう? 先程も……」
戦闘の様子を振り返ります。
第四フロアのホブゴブリンは大半がランク三で、わたくし一人では易々とは蹴散らせないだけの戦闘力がありました。
もっとも現在はパーティーを組んでいる身。わたくしが正面から突進して攪乱し、反対側からユウさんが攻めることで完勝いたしましたが。
ですが戦闘の最中、ユウさんの様子を窺っていると気になる場面が幾度かございました。
驚くことに彼女は、短剣を片手にホブゴブリンの集団の只中へと突っ込んでいたのです。
相手の攻撃を紙一重で躱し、反撃の一太刀で命を絶つ。ボスゴブリンにも行っていた戦法です。
あの時は敵が一体だけなのに加え、動きも緩慢でしたのであまり気になりませんでしたが、武器を持つランク三集団にそのようなことをしていては最悪のケースも想定されます。
ダンジョンに潜る以上それは必ず意識することですが、しかし彼女は無闇にそのリスクを負っているように見えました。
まるで生き急いでいるかのように。
「……戦い方は私の勝手。文句があるならパーティーを解散すればいい」
「? パーティーメンバーでなくともそのように危険な戦法を取る方がいらっしゃれば心配しますわよ」
本当に効率的ならともかく、自棄になっているだけであれば止めて差し上げなくては。
せっかくの素晴らしい遊び場ですのに、死人が出ては興醒めです。
「そういうの、余計なお世話。私はこのやり方でずっとやって来た。だから平気」
「でしたらわたくしから申し上げることは御座いませんが……」
「嘘にゃん! よく大怪我してるくせに何が『平気』にゃん! 武器を改造して刀身や柄を伸ばすべきにゃん!」
「……うるさい。重心が変わったら慣れるのに時間が掛かる。コインだってタダじゃない。私が問題ないって言ってるんだから、口出ししないで」
それ以上の会話を拒絶するかのように、彼女は歩く速度を上げました。
他人のプレイスタイルに意見し過ぎるのもどうかと思い、わたくしもそれ以上の深入りはしませんでした。
実際、その後起こった数度の戦闘でも彼女は被弾こそすれど、防具を貫通するような被害は受けていませんでしたしね。
「あれがボスですわよね」
「多分、悪魔」
ギリシャの神殿を彷彿とさせる、太い石柱の並ぶ建築物。
崖を背にしたその神殿の中央でダンジョンボスらしき悪魔は座禅をしていました。そして浮かんでいました。インチキ霊能者の写真みたいです。
悪魔の額には第三の眼があるようでしたが、今は瞑想中なので閉じています。
真っ白い肌には生物的な質感がなく、まるで石膏で出来ているかのようでした。
「配下の数は十体程度ですか。他に援護に来そうなモンスターは居りませんね」
「同感、私の<索敵>にも反応なし」
「ではこれまで同様わたくしが突っ込みますのでサポートをお願いしますわ」
「分かった」
ユウが<空歩>を使って崖の上に飛び乗り、そのまま神殿の背後へと移動していきます。
少し間を置き、わたくしは正面から神殿へ向かいました。
「「「ゴギュギュッ!」」」
ある程度近付いたところで、悪魔の周りで座禅をしていたホブゴブリン達が立ち上がりました。
いずれもランク三並みの【魔力】を纏っていて、メイスも持っています。
体も心なしかゴツゴツとしていて、他のホブゴブリンより筋肉質です。
十体少々のホブゴブリン達は、全員揃って突撃して来ました。
後衛を残さなくて良いのでしょうかと思ったのも束の間、座禅悪魔から多量の【魔力】が迸ります。
彼が後衛を務めるためにホブゴブリンは白兵戦に専念できるのでしょう。
と、そろそろ宜しいでしょう。
「【チャージランページ】、<魔刃>」
地面を蹴り飛ばし、歩行から疾走へ瞬間的に移行。
ホブゴブリン達の脇、メイスの届かない際を駆け抜けつつハルバードを振り抜きます。
<魔刃>の切れ味の前では石製のメイスなどないも同然、ホブゴブリン達の過半数が斬り裂かれました。
「…………」
「危ないですわね」
わたくしが<空歩>でブレーキを掛けるのに前後して、悪魔の詠唱が完了します。
悪魔の周囲に浮かんだのはいくつもの石礫。一瞬の後、それらが矢もかくやという速度で射出されます。
ですが発射と同時にわたくしは横方向へ走り出しております。
集団戦ではなるべく動き続けるのが鉄則。死角からいつ攻撃が飛んで来るか分かりませんからね。
石礫が通り過ぎたのを見てここが好機と悟ったわたくしは、方向転換して再度ホブゴブリン達に接近。
<魔刃>を使い生き残りを殲滅します。
ここに来て悪魔もわたくしを脅威と心得たのでしょう。
額にある第三の眼をカッと見開き、さらなる【魔力】を漲らせます。
──その瞬間に彼女が動きました。
悪魔の優れた【魔力】感知力であれば背後の彼女にも気付いて居るはずですが、目の前のわたくしに気を取られた今ならば背後への対応は平時より疎かになります。
元からそのような設計なのか経年劣化のせいなのかは不明ですが、神殿には屋根が御座いません。
崖から飛び降りてしまえば悪魔まで遮る物は何も無いのです。
「…………」
悪魔の周囲に数多の礫が浮かびます。
先刻の物よりも先端が尖っていて、その矛先は半数がわたくし、もう半数がユウさんへと向けられておりました。
「【ダスクキル】……くっ」
放たれた石礫に対してユウさんも夕闇をぶつけます。
が、不可思議にも礫は夕闇を素通りしユウさんに命中しました。
短剣で急所を守ったのとコンバットスーツがあったことで深手にはなっていませんが、多少の出血が見られます。
しかし彼女は顔を顰めつつも、崩れた体勢を<空歩>で直して悪魔へ向かいます。
「負けていられませんわねっ」
そして攻めるのはわたくしも同様。
わたくしに向けられた礫は回避対策で狙いが分散していましたので防御するのは容易でした。
これ幸いとすぐさま攻撃に転じます。
「…………」
ですが悪魔もこうなることは予測できていたのでしょう。
石礫と並行して詠唱をしていたらしく、次の魔術はそのスケールに比して迅速に発動しました。
「<拡ざ……っ、<空歩>!」
ユウさんが短剣を振るう寸前、横合いから飛来したのは神殿に埋まっていた薄い赤色の石柱。
その一撃を辛うじて躱したユウさんは悪魔から少し離れた地面に降り立ちました。そしてすぐ飛び退きます。
直後、彼女の立っていた場所に新たな石柱が降って来ました。
「どうやら石の魔術系統のようですね」
「面倒」
わたくしの方にも石柱が来たので斬り付けますが、威力は互角です。狙い撃たれないよう一度後ろへ跳びます。
鉄骨程度なら両断できのですが、あの薄紅の石柱の強度には目を見張るものがあります。
石柱達を躱しながら近づこうにも、合間を縫って飛んで来る石礫のせいで二人掛かりでもなかなか近づけません。
悪魔はユウさんには背を向けているのですが、そこは【魔力】で感知しているのでしょう、彼女に対しても正確に迎撃を行っています。
敵ながら天晴ですね。
「……仕方ない」
先に膠着を破ったのはユウさんでした。
突っ込んで来た石柱を足場にして飛び上がり、そのまま<空歩>で加速。一気に悪魔へと距離を詰めて行きます。
ジグザグの軌道で石柱を一本、二本と潜り抜け、しかしそこへ石礫の群れが飛んで来ます。
回避不能の範囲攻撃に、彼女は避ける素振りなど見せず真正面から突っ込みました。
防具が破け、血を散らしながらも悪魔へと接近しますが、<拡斬>を考慮しても短剣の間合いにはまだ届きません。
しかし、彼女の先天スキルは違いました。
「【ダスクキル】……!」
夕闇が悪魔を覆います。
ユウさんの【魔力】を強く帯びた夕闇は、【魔力】感知に対するチャフとしても機能します。
ランク三相手に視界不良は見込めませんが、これで背後に居るユウさんへの対応は難度を上げました。
「先を越されてしまいましたが、【チャージランページ】!」
彼女の吶喊に少し遅れてわたくしも仕掛けます。
回避しながらコツコツコソコソと石柱の同一箇所に攻撃を重ねていましたが、そこへ全力の斬撃を叩き込み両断。
案の定その石柱の操作は解除され、わたくしは数の減った石柱を躱して肉迫します。
わたくし達両方を迎撃するのは困難。そう悟ったのか悪魔は防御の魔術を使いました。
赤みを帯びた岩石の殻が悪魔を包み、守ります。
ユウさんの<拡斬>が弾かれるのが見えました。
「ですがわたくしならッ」
【チャージランページ】第二の能力、防御無視。
クールタイムはあるものの、攻撃対象の強度を一定割合低減させるこの能力は硬いモノには効果覿面。
若干の抵抗は感じましたが、それだけです。
ハルバードの穂先から伸びる<魔刃>は岩の殻を貫通し、その奥に潜む悪魔の心臓を穿ったのでした。




