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43 結成

「あなた、何者?」


 掠れた声の問いかけを、ランクアップで強化された聴覚が拾いました。

 警戒心に満ちた目で()めつけて来る彼女ににっこりと微笑み返します。


「わたくしは茶嶋(ちゃじま)千代子(ちよこ)と申します。リアル版ダンクエのプレイヤーをしておりますわ」

「心配ないにゃん、千代子の言葉は本当にゃん。ちゃんとプレイヤーにゃん」

「……プレイヤーが敵じゃない保証はない。大体、ニャビのことも信用してない」

「酷いにゃん!」


 こんなに遠くから──わたくしは戦場の外に居ましたので彼女とは数十メートルは離れています──話すのもなんですし近づこうと足を前に出した途端、少女は右手の短剣に力を込めました。


「……私のドロップアイテムを盗む気……?」

「あら、これは失礼いたしました。そのようなつもりはなかったのですが李下で冠を正さずですわね。わたくしはこちらに居ますわ」

「…………」


 疑わし気な視線のまま、少女はダンクエのインベントリにドロップアイテムを収納していきます。

 そして半分ほど済ませたところでポツリと言いました。


「……次のフロア、行かないの?」

「ええ、貴女と友好を深めたいので」

「……何故?」

「初めて出会ったプレイヤーだからですわ。わたくし、残念ながら他の方とご一緒したことがないのです」


 せっかくこのような特別楽しい体験を出来ても、誰とも共有できないのは少し寂しく思っておりました。

 作業の邪魔になるかと静かにしていましたが、彼女もそこまで気にしない様子ですのでわたくしからも話しかけてみます。


「よろしければお名前を教えていただけますか?」

「……ユウ、と呼んで。茶嶋……さん」

「わたくしのことも良ければチヨと呼んでくださいな。歳もそう離れていないでしょうし」


 ニックネーム……いえ、ハンドルネームらしきものを教えてくださった彼女に、わたくしもハンドルネームで呼ぶようお願いします。

 確かに、ネトゲで知り合った相手に本名を明かすのは迂闊でしたわね……。


 この世界はネトゲではありませんが、ネトゲ以上に用心が必要なのは自明。

 わたくしとしたことが初めての他プレイヤーに舞い上がってしまっていたようです。


 しかしながら不幸中の幸いと言うべきでしょうか、ユウさんが悪人でなさそうで一安心です。

 佐藤でも鈴木でも適当な苗字を名乗ることは出来たでしょうに、わざわざあからさまなハンドルネームを名乗ったのはわたくしに対する忠告の意味もあったのでしょうしね。


 さて、それはさておき。


「ところで、ユウさんはどのようなスキルを持っておいでですの? あの魔術を消す闇は先天スキルですわよね? わたくしの【チャージランページ】はランク三になった時に二つ目の効果を覚えたのですが貴女の先天スキルも同じパターンなのですか? それから良ければどのような後天スキルを取っているかも教えてくださいませんか?」

「っ、どうして私の情報を知りたがる?」

「あら、わたくしとした事がまたしても不躾な真似を。お許しください」


 質問攻めにしたことを謝罪します。

 それからユウさんの問いに答えました。


「わたくしが情報を知りたいのは正しい判断を下すためですわ。右も左も分からぬ世界です。知識はあってあり過ぎるということはありませんから」

「だったら自分から情報を明かすべき」

「それはそうですわね」


 こほん、と咳払いを一つ挟んで自身のステータスを教えます。


「わたくしの先天スキルは突進の強化と防御力無視の効果ですわ。後天スキルは<魔刃>と<索敵>と<空歩>をランク三、<自己再生>をランク二で所持しております」


 『プロフィール』のステータス欄を開いて見せました。

 それを聞いたユウさんは目を丸くします。


「どうして、初対面の私に全部教える? 襲われるとか、疑わない?」

「ニャビがプレイヤーの方は皆よい人だと言っていたからですわ」

「……理解できない」


 まあ、彼女の疑念も間違ってはいないのだと思います。ニャビが不審なのは事実ですし。

 しかしニャビがわたくしを陥れようとしているなら、手段も機会も他にいくらでも御座いました。


 いまさら敵対者を無害なプレイヤーと偽る、というのは些か考えにくいのです。


「…………けど、ニャビと内通しているなら、隠しても無駄……」


 溜息を一つ溢してから、毒気を抜かれたように言いました。

 そしてぽつりぽつりと語り始めます。


「私の先天スキルは、【ダスクキル】。【魔力】で夕闇を作り出して、夕闇に触れた……大体の魔術を消せる。他の能力はまだない。後天スキルは<魔刃>と<自動治癒>と<拡斬>を持ってる。これ以上は明かせない」

「まあ<拡斬>を! わたくしも気になっていたスキルなのです。使い心地は如何ですか?」

「【魔力】消費はそこそこだけど、威力も<魔刃>くらいあるし、武器の追加効果も乗るから、便利。より遠くまで届くから、それまでに<魔刃>の間合いに慣れてる相手にも、効果的」

「ほうほう」


 それからいくつか質問をしたり、されたりしたところでドロップアイテム集めが終わりました。


「じゃあ、私は次のフロアに行く」

「そうですね、行きましょう」

「…………」


 ゲートを潜り、周囲を警戒しながら赤茶けた渓谷を探索します。

 どこにボスが居るかは分かりませんが、取りあえず中心部を目指すと言うノウハウはユウさんも持っているようでした。


 少しの間岩場を歩き、そして彼女が立ち止まります。


「どこまで付いて来るの?」

「わたくし、時間には余裕がたっぷり御座いますしボスを見つけるまでお供いたしますわ。あ、でもユウさんに何か予定がおありなら途中で帰っていただいても結構ですよ」

「……私、チヨと組むとは言ってない」

「言われてみればそうですわね」


 お話をして友好を深めましたし、何となくそういう流れなのかと思いましたが違ったようです。

 残念ですが、最後にフレンド登録をして別方面を探索いたしましょう。


「待つにゃん。ユウはチヨとパーティーを組むべきにゃん」

「……何故?」

「ユウの戦い方は危なっかしいにゃん。仲間を募るべきだって何度も言ってるにゃん!」

「……それには前も答えた。ドロップアイテムを他人に譲るつもりはない」

「それは目当てのアイテム(・・・・・・・・)を見つけたらのはずにゃん。チヨもケチじゃないしコインを払えば譲ってくれるにゃん」


 目当てのアイテム……そう言えば先程質問されましたわね。

 ある種別のアイテムを持っていないか、と。成程、成程……。


「……でも、潜るタイミングが合わないはず。たまにしか一緒にならないのにパーティーを組む意味なんて……」

「それも大丈夫にゃん。チヨはとっても暇人だからいつでも付き合ってくれるにゃん」

「あらあら、随分な言いようですわね。まあですが、こうしてダンジョン内で出会えたのも何かのご縁。今後組むかは一先(ひとま)ずこのダンジョンを攻略してから考えたので良いのではありませんか?」

「…………」


 ユウは背を向けずんずんと進み始めました。

 不服そうな顔をしながらもわたくしを拒む様子は御座いません。

 こうしてわたくし達は臨時パーティーを結成したのでした。



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