42 夕闇の少女
リアル版ダンジョンクエストを手に入れてから二か月が経ちました。
第二回合同攻略イベントなる面白げな催しを予定が合わずスルーしたりもしましたが、概ね充実したダンジョンライフを送っております。
「【チャージランページ】!」
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〇先天スキル
【チャージランページ】 Lank3.68
効果:突進にプラス補正。
攻撃時、攻撃対象の防御値を一定パーセント無視できる。
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「「「ゲギャギャギャギャっ!?」」」
大地を駆けたわたくしは両手で得物を振り抜きます。
それはわたくしの身長くらいある長柄の武器です。鋭い穂先と斧のような分厚い刃を備えてたそれは、一般にはハルバードと呼ばれています。
長柄の利点は一度に広範囲を攻撃できること。
固まっていたゴブリンの小集団を一撃で薙ぎ払ってしまいました。濃緑の肌と二本の短い角、それから尖った耳が特徴の人型モンスター達は、受け身も取れず落下して生を終えます。
「やはりランク一では肩慣らしにもなりませんわね」
ズボンのホルダーからスマホを取り出し、ゴブリン達からドロップした魔石を回収します。
そしてすぐに変換。コインが僅かに増えました。
「強化まではあと一息と言ったところでしょうか」
わたくしの目下の目標はこのハルバードを強化することです。
リアル版ダンクエの武器は『改造』と『強化』が出来るのですが、重さや長さと言った特定の数値だけを弄る『改造』に比べて、武器の全性能を底上げする『強化』は膨大なコインが必要となります。
特にわたくしの愛用するハルバードはランク三ボスの素材から作られていますので、その分必要なコイン数も多いのです。
春休みでなければ集めるのにはもっともっと時間が掛かっていたでしょう。
「ですが辛抱の日々も今日で終わりですわ」
スマホを仕舞いながらしみじみと噛み締めます。
このダンジョンは全四フロア。そのうち最後の二フロアではランク三モンスターの比率が高いとインフォメーションにありました。
つまりコイン稼ぎに持って来いです。
「ギギャっ!?」
「バレバレですわよ」
背後から忍び寄っていたゴブリンを振り向きざまに突き刺し、探索を再開します。
このダンジョンの環境は草木に乏しい山岳地帯。
吹き荒ぶ強風もあって常人では歩くことも儘ならない危険地帯ですが、ランク三となったわたくしの身体能力であれば何なく移動できます。
一時間ほど彷徨した後、フロアボス特有の異様な【魔力】を感じ取ってそちらに向かいます。
山間であるそこには、しかし<索敵>に引っかかる存在はおらず、代わりに黒い罅割れのようなゲートだけが遺されていました。
「あらまあ、先を越されてしまいましたか」
わたくしはお会いしたことがございませんが、このリアルダンクエには他のプレイヤーも存在しているそうです。
まるでMMOですね。
以前にもこのように、フロアボスが先に倒されていたということがありました。
「これは……急いだ方がよろしそうですわね」
ダンジョンボスが倒されてしまえばもうそのダンジョンは使えません。
先に入ったプレイヤーの方がクリアしてしまわれる前に、わたくしもしっかり稼いでしまいましょう。
「いざ、第二フロアですわ」
ブンブンとハルバードを回転させながらわたくしはゲートを潜ったのでした。
幸いにして第二フロアではボスの気配をすぐに捉えられたのですけれど……こちらも既に倒された後でした。
ここから先は同格であるランク三モンスターの生息地ということもあり、ゲート越しに周囲の様子を念入りに確認してから第三フロアへ。
「……ここは城砦なのですね」
ゲートがあったのは山岳に建てられた砦の城壁でした。
ここからでは全貌は窺えませんが、コンサートホールよりも一回りは大きそうです。
中がどうなっているのか興味が湧きましたが、ボスの【魔力】は感じなかったのでそちらには背を向け山を下ります。
この山は鉱山としても使われていたのでしょうか。坑道のような穴がそこかしこに見え、山道もそこそこ整備されているように見えます。
と言っても、ダンジョン内施設の例に漏れずどれもボロボロなのですが……。
「「「げっげっぎゃぎゃっぎゃ!」」」
しばらく歩くと人工物の気配が途切れ、山に木々が現れ出しました。
それと同時にホブゴブリンの集団も。
子供並みの体格であるランク一ゴブリンとは違い、ランク二以上であるホブゴブリンは成人くらいの背丈であることが多いです。
身体能力も然ることながら個体ごとに様々な攻撃魔術を使うため侮れません。
重心を低くし足に力を溜め……。
「【チャージランページ】!」
「げ、ぎゃ……?」
爆発的な推進力を得て斜面を駆け下りホブゴブリンを数体串刺しにします。
そして集団の最後尾付近で<空歩>を使い急停止です。ランク三の<空歩>の足場は非常に頑丈で、わたくしの全速力をも受け止められます。
急発進、からの急停止にホブゴブリン達の反応が僅かに遅れました。
最初の串刺しでリーダー格と思しき個体を殺れたのも大きいでしょう。
すぐに動揺は収まるのでしょうが、わたくしの方が一手先んじています。
「<魔刃>!」
渾身の力を込めてハルバードを横薙ぎにしました。
ゴウッ、と風を巻き起こす斬撃は【魔力】による伸長分も合わせて、ホブゴブリンのほとんどを斬り払いました。
生き残ったのはたったの二体。
メイスで殴り掛かって来た方のホブゴブリンは間合いに入られる前に刺突で仕留め、魔術詠唱をしていた方は詠唱が終わる寸前で正面から叩き斬りました。
「遮蔽物が多いので油断は出来ませんが、取りあえずはこれで終わりですね」
ホブゴブリンは侮れない──とはいえ、油断しなければ勝利は揺るぎません。
ほとんどがランク二の集団でしたし。
「しかし大猟ですね。ふふふ、これならばすぐにでも必要な魔石が集まりそうです」
なんとこのホブゴブリン達、十体程で徒党を組んでいました。
ランク三が混ざっていたのもあってそれなりのコインになります。
ウキウキと心を弾ませたわたくしはさらに山を進んで行きました。
四体のホブゴブリン、それから九体のホブゴブリンと戦闘し、制圧した頃に特徴的な【魔力】を感じ取りました。
「これはフロアボスの……しかも戦闘中ですわっ」
こうしては居られません、と急いでドロップアイテムを回収してそちらに向かったわたくしは、ちょうど決着の瞬間を目の当たりにしました。
仄暗い夕闇を纏う中高生らしき少女が、無造作に散らばったホブゴブリン達の死体の間を駆け抜けていきます。
その先に居るのはでっぷりと太ったボスゴブリン。
趣味の悪い王冠を被り、装飾過多な笏を掲げ魔術を発動させます。
「ゴブォボボボォォォ!」
「…………」
けれど少女は無反応。
幾筋もの雷光が彼女の周囲を、あるいは彼女自身を撃とうと降り注いでいるにも関わらずまるで意に介しません──それもそのはず、眩いはずの雷撃は薄い夕闇に触れた途端、解けるようにして消えてしまうのですから。
破れかぶれになった様子のボスゴブリンは迫る少女を笏による物理攻撃で打ち据えようとします。
が、洗練という言葉の対極にあるようなその打撃は空を切り、代わりにグサリと眉間へ短剣を突き立てられました。
ぐらりと倒れたボスゴブリン。
その顔に足を掛け、短剣を引き抜いた少女はわたくしの方を振り返って問いました。
「あなた、何者?」




