41 茶嶋千代子(中編)
「自っ由ですわ~~!」
「うるさいにゃん! 近所迷惑にゃん!」
「このマンション防音性高いですし心配要りませんわよ」
諸々の行事やら挨拶回りやらが終わり、学生マンションへと帰還したのは三が日も終わった頃でした。
実家では用事が立て込んでいたのもあり、チュートリアルをクリアして以降まともにダンジョンに行けていませんでしたが、今日からは違います。
「うふふふ、この瞬間をどれだけ待ち侘びたことでしょう。リアルダンクエ、存分に楽しませていただきますわ」
「それはいいけど大学の課題は大丈夫にゃん?」
「そっちは帰省の前に終わらせていますわ」
「偉いにゃん」
荷解きも程々にスマホのダンクエのアイコンをタップします。
ちなみにゲーム版をプレイしたい時はダブルタップするといいそうです。
「コインもアイテムも増えておりませんか……リアル版にはログインボーナスなどは無いんですの?」
「ちょっと何言ってるか分かんないにゃん」
『プロフィール』画面から持ち物や所持コインを見ますがどちらも初期から増えておりません。
ちょっぴり残念です。
「まずはスキルと装備品を決めるところからかしら」
ゲーム版において『キャラクターの強さ』を決める要素は三つありました。
スキル構成と、装備品と、プレイングスキルです。それはリアル版ダンクエでも変わりないでしょう。
ですが大きな相違点が一つございます。
「再三になりますが、リアル版ではスキルを一度取ってしまえば外せないのですわよね?」
「そうにゃん」
「これは悩ましいですわね……」
ゲーム版ではスキルの付け外しは自由に行えました。
ですがリアル版では取り外し不可……そして、スキルポイントの量は有限です。慎重に決めなくてはなりません。
「しかし考えてばかりいても埒が明きませんわね。チュートリアルダンジョンに連れて行ってくださいな」
「オッケーにゃん。モンスターはどうするにゃん?」
「最初は無しで構いませんわ」
浮遊感と共に景色と服装が切り替わり、わたくしは草原へとやって来ました。
生物も遮蔽物もないこの場所でやることは一つです。
「【チャージランページ】!」
先天スキルの恩恵を受けて草原を駆け抜けます。
少し走ったら一度停まり、また走っては止まる……というようなことを幾度か繰り返します。
先天スキル。これもゲームにはなかった要素です。
ニャビの話ではプレイヤー一人一人に与えられる一点物のスキルだそうですので、ゲームにないのは然もありなんですが。
「ふう、ふぅ……取りあえず、このくらいで良いでしょう」
肩で息をしながらわたくしは実験で分かったことをまとめます。
まずは長所を。最高速度が大幅に上がっているのはもちろん、一等優れているのは初速の高さでしょう。
先天スキルの補正下では一歩目から全速力に迫る速度が出せるのです。
緩急の差は相手の不意を突く武器となります。
充分に性質を理解した今であれば、チュートリアルももっと短時間でクリア出来るでしょう。
「ただ、小回りが利かないのは考え物ですわね……」
【チャージランページ】で加速は早くなっても減速、停止に掛かる時間は据え置き……いえ、最高速度が上がっているので時間が余計にかかります。
考えられる停止手段としてはスパイクの鋭い靴を履く、とかでしょうか? しかしこれではつんのめってしまいそうですね。
「後天スキルに停止用のものがあれば良いのですが……そのようなピンポイントなものは御座いませんわよね」
自分の内側に意識を沈めランク一で取れる後天スキル一覧を眺めますが、あるのは<索敵>や<自動回復>や<望遠>と言った補助的な能力ばかりです。
一応、<縛鎖>という【魔力】の鎖で対象を縛る拘束スキルはあったのですが、鎖を体に巻き付けて止まるのは負荷が激しいでしょう。
【魔力】消費もそれなりですし。
「先天スキルのランクが上がれば取れる後天スキルの種類も増えるのですわよね?」
「にゃにゃ、そうにゃん。ゲームと同じにゃん」
ゲーム版ダンクエには先天スキルの代わりにプレイヤーランクというものがあり、モンスターを倒して経験値を溜めるとランクアップしてキャラが強化され、選べるスキルの幅が増えるというシステムでした
リアル版もそれに倣っているようですわね。
「……いえ、むしろゲーム版がこの世界を元にしているのかしら?」
「にゃにゃ? ニャビにはよく分からないにゃん」
「そうね、貴方はそう言う御人でしたわ」
「人じゃないけどにゃん」
ニャビはダンジョンで気を付けるべきことですとかスキルポイントの取得方法と言った『ヘルプ』に載っているような情報については流暢に教えてくださいます。
しかし話題がダンジョン・スキルの出自や原因、原理に及びますと知らぬ存ぜぬと口を堅く閉ざしてしまわれるのです。
わたくしに追及する術は御座いませんし、今は新しく得た能力を伸ばすことに関心が行っているので構いませんがね。
きっとこの電脳精霊にもサポートに徹するべき事情があるのでしょうし。
「さて、停止手段については一旦保留と致しましょう。ランクが上がれば何か良いスキルが出て来るかもしれませんし、そもそも優先順位はそこまで高くありませんしね。それよりも……」
チュートリアルから数日。次の戦闘に備えていくつかの準備を行いました。
その一つがこれです。
「ハァッ! ……やはり腕が鈍っていますわね」
ダンクエのインベントリから取り出したのは、わたくしが部活動で使用していた道具。強さを決める三要素『装備品』を補うためのアイテム──薙刀でした。
実家から帰る際、こっそりとダンクエに収納して持ってきたのです。
「物は試しです。モンスターを出してくださいな」
「じゃあ呼び出すにゃん!」
「ブモオォォォ!」
わたくしから見て十メートルほど先。現れたのは牛と人間を掛け合わせたようなモンスター──ミノタウロス(とゲーム版では呼ばれています)でした。
牛の種類には疎いので確かなことは言えませんが、牛乳のパッケージなどによく描かれている、白と黒の毛並みの乳牛に似ているように見えます。
武器は無し。背丈はわたくしと同じ程度……即ち、成人女性の平均より一回り高いくらいです。
ですがその肢体は筋肉の鎧に覆われていて、素手も充分に凶器となり得るでしょう。
「まあしかし、これは何だか卑怯な気もしますわね。相手が素手だからでしょうか」
「ブ、モぉ……」
断末魔の呻きを漏らしたミノタウロスの胸部には、<魔刃>を帯びた薙刀が突き刺さっています。
勝負は一瞬でした。
ミノタウロスが現れ、威嚇の咆哮を上げ、そのすぐ後にはもうわたくしは飛び出しておりました。
【チャージランページ】による高速発進。
止まれないという難点も、薙刀のリーチがあれば然程気にはなりません。
相手の間合いの外から刺し、その時の反動で突進の勢いを相殺すれば良いのです。
白樫の柄を握り薙刀を抜き取ると血生臭さが鼻をつきましたが、すぐに幻の如く消えました。
「多少のブランクは問題にはならなさそうですわね」
「同意するにゃん。けど武器の耐久値はこまめに確認するのを忘れないようににゃん」
「分かりましたわ」
ニャビの言葉に頷きつつ先の戦いを振り返ります。
一対一だったのもありますが、<魔刃>と薙刀だけでも戦闘力は充分であることが分かりました。
無論、上位のモンスターにはその限りではないでしょうが、まず補強すべきは別の部分でしょう。
ダンジョンはゲームのようですが現実です。奇襲攻撃でゲームオーバーになってもコンティニューは出来ません。
一人で挑戦するなら<索敵>は必須でしょう。
次点で回復スキルです。怪我をするたび何週間も療養していたのでは攻略が進みませんからね。
「意外にゃん。プレイヤーになるのを即決してたしもっと前のめりに攻略すると思ってたにゃん」
「わたくしもそこまで無謀ではありません。臆しはしませんがむざむざ死ぬつもりも御座いません」
防御や遠距離攻撃のスキルも欲しいですが、こちらは装備品やアイテムでカバーが利きます。
それにゲームでは下手に手広くスキルを取るより攻撃される前に倒す、という構成の方が却って被害が少なかったりもしますし、どこにどの程度スキルポイントを割くかはもう少し様子見しましょう。
リアル版ダンクエに存在するモンスターや装備品、アイテム、スキルなどをもっともっと知ればより正しい判断が下せるでしょうし。
「くふふふ、何も分からない世界を手探りで開拓すると言うのは、中々どうして楽しいものですわね」
そうして試行錯誤とダンジョン探索を繰り返している内に、夢のような二ヶ月は過ぎたのでした。




