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37 明谷錬と眼竜龍治

 ──眼竜龍治と八魔将の戦闘に闖入者が現れる少し前のこと。




 レフォーンの頭上から奇襲を掛け、避けることも防ぐことも出来ん哀れな悪魔と目が合い、ワシは──、


「どっせぇぇいッ!」


 ──情け容赦なく黄金の棍棒を振り下ろした。


 そもそもの話、ワシはしっかり加速させた状態で黄金化させとるから急に止めよう思ても止められへんのやけど。

 それでも黄金化を解除すれば殺さず済むんやろうが……そうはせんかった。


 他でもない自分の意志で棍棒を叩きつけた。

 頭蓋の陥没した悪魔へ念入りに追撃を入れていると、肉体が消えてドロップアイテムが遺される。


「すまんのう。ワシの友達(ダチ)を危険に晒しかねん以上、お前らはきっちり殺させてもらうで」


 それだけ言ってドロップアイテムを回収し、赤い池のあった教会を目指す。

 近場に転移させられとったのもあってそう掛からずに到着した。


「何もあらへんか」


 やけど手掛かりは何も無かった。

 赤い池はもちろん、プレイヤーキラーの死体まで消えとる。

 しゃーない、他を当たるか。と踵を返したその時、建物の向こうから何かが砕ける音が聞こえた。


「よいせっ、と」


 教会の屋根に上がる。見れば、音がしたんは隣接する城からみたいやった。

 今も音は断続的に響いとる。


「状況は分からへんし急がなな、<隠密>発動」


 気配を消して屋根から城壁へ、城壁から城の敷地内へ飛び移る。

 また大きな音がしよった。


 広い窓から覗くと、中はダンスホールみたいな場所やった。例によって荒らされとるけど。

 絨毯や調度品の残骸が目に付く。


 そんでその部屋で戦っとったんは……。


「龍治……!」


 口の中で呟いた。

 悪魔二体っちゅう余計なもんもおるけど、最初に龍治を見つけられたんは幸先がええ。


 ダンジョンクエストのストレージから野球ボールを取り出す。

 やけどすぐには行動せず、戦闘を観察し、ここぞってとこで腕を振り被って、投げる。


「【ゴールドシフト】」

『なにっ!?』


 投球の瞬間、窓の付近を横切ろうとした、剣を操る悪魔がワシに気付く。

 ボールを黄金化させた【魔力】が<隠密>の効力を超えたんやろうけど、関係ない。今から防御するんは無理や。


『ぐぅっ!?』


 脇腹にクリーンヒットした金塊に悪魔が顔をしかめ足を止める。


「<アクアタクト>、加勢するで龍治!」

「錬!」


 六本腕の悪魔を退けた龍治がこっちに駆け寄って来る。

 挟撃を嫌ってか、剣の悪魔はワシに反撃はせず仲間との合流を優先した。


「良かった、無事だったか」

「どうにかな。そっちは手古摺っとったみたいやけどワシが来たからには百人力やで!」

『ふ、フフフフフ……先程は不意打ち故に驚かされましたがその【魔力】、貴方はランク二ですね? 我々八魔将の戦場では貴方如き賑やかしにしかなりませんよ』

「それはどうやろなぁ。少なくともレフォーンとかいう奴はワシにやられて死んどるで」


 レフォーンのドロップしたスキルページを見せてやる。

 こっちをずっと見下しとった悪魔達が面食らっとってちょっとオモロいな。


「錬、お前……」

「ええんや。龍治に出来んことはワシがやったる」


 足りへん部分を補い合うんがチームで、友達や。

 さっきの戦闘を見とれば分かる。龍治にはまだ悪魔を殺す決断は出来てへん。


 やけどワシは違う。

 自分で言うんもなんやけど素のワシは喧嘩っ早い。そのせいでガキん頃は諍いばっか起こしとった。

 狡猾な奴が気に食わんかった。高圧的な態度が気に入らんかった。見下すような目が許せへんかった。


 龍治達と出会って、部にえらい迷惑を掛けてもうて、反省はしたけど本質は変わってへん。

 多分プレイヤーキラーを殺害する選択肢を一番本気で考えとったんはワシや。

 やからこういう汚れ仕事はワシが引き受ける。


「ま、ワシ一人やと手に余るし援護は頼むけどな!」

「……いや、大丈夫だ」


 ぽん、と肩に手を置かれた。

 龍治が確かな足取りで前に出る。


「親友にここまで言われてジッとしてられるかよ。もう充分に助けてもらった。あいつらは俺が倒す」

『オイオイオイ新手の野郎は戦わねェのかァ!? 殴り殺せる奴が増えてテンション上がってたのによォ!』

『馬鹿ですかヴァエンティン、後方から援護する隙を窺っているに決ま──』


 出し抜けに龍治が駆け出した。

 これまでの戦闘で龍治のことを後衛やと思っとったらしい悪魔達は、訝し気に眉を顰める。


『不可解ですね。しかしながらそこから先は』

『俺様達の間合いだぜェ!』


 六本腕の悪魔が踏み出し、剣の悪魔は剣だけを前に飛ばす。

 六本腕との激突の寸前、【魔力】を高めた龍治が先天スキルを発動させた。


「【ワイルドハント】」

『アァっ!?』


 風の弾丸が爆ぜる、龍治のすぐ傍で。

 横合いから暴風の爆発を浴びた龍治は進路を強引に右斜めへ変え、正面の六本腕達をスルー。


 間髪入れず二発目の風弾が爆ぜて今度は左へ軌道修正、見据える先におるんは後方に残っとった剣の悪魔や。

 浮遊剣全てを援護に回しとったその悪魔には、手に握る九本目の剣しか武器がない。


 そこへ龍治の風弾が放たれる。


『舐めるなっ、シィィアアァッ!』


 迫る風弾を悪魔は袈裟懸けに斬り払い──直後、顔面に龍治の膝蹴りが叩き込まれた。

 相手に向けて風弾を放つと同時、自身の背にも風弾を当てて加速しとったんや。


 悪魔は反射的に剣を振り上げようとするも、柄を踏みつけられて失敗する。


「っ、【ワイルドハント】」

『ぎ、ぁ……』


 生肉をミキサーにかけたような気味の悪い音がして、悪魔の顔面に捩じれた穴が空いた。

 悪魔特有の黒い血飛沫が散り、龍治が着地する。

 そこへ六本腕が魔術を放った。


『俺様を無視してんじゃねェ! <アームエクステンション>!』

「…………」


 延びて来た拳を鬼気迫る表情で睨み返す龍治。

 先天スキルによる緩急自在の機動で避けると同時に接近し、腕の届かん間合いから風弾を浴びせまくる。


 防戦一方の悪魔に再度腕を伸ばす余裕はない。見る見る血塗れになって行き、遂には膝を突いた。


『バ、カな……。さっきとは、威力も、攻撃間隔も……段、違い……っ』

「……ハハ、やっぱ半端ないなぁ」


 『強敵との戦闘』を見据えて何度か手合わせしてもらったのを思い出す。

 龍治自身の脚力値をも大きく上回る高速機動に、ワシは手も足も出んかった。


 龍治の【ワイルドハント】は風の弾丸を撃つ先天スキルやけど、ただの風を高速で撃ち出しても空気抵抗ですぐ霧散するし威力も低くて使い物にならへん

 やから風弾には様々な効果(オプション)が付随しとる。


 形状固定、強度向上、威力向上、炸裂化、屈折、竜巻化、巨大化、跳弾、凝縮、追尾、風除け……その他多数のオプションから必要なモンを摘まんで龍治は風弾を作っとる。

 距離が開いとるなら避けられんよう弾速上昇を付ける、他の効果が途中で切れんよう射程向上も必要になる。


 これは裏を返すと近・中距離やったらいくつかのオプションを外せるっちゅうこと。

 オプションが減ればスキル発動がスピーディーになって連射速度が上がるのも当然や。

 自分に当てて移動する用の風弾やったらオプションがほとんど要らんから、瞬き未満の時間で作れる。


『死ッ、ねェェェェッ』

「竜巻化、貫通向上、全抵抗軽減──【ワイルドハント】」

「ゴ、ア゛ア゛アァァァっ!?」


 破れかぶれになった悪魔の大振りな右ストレート。

 それを龍治は真正面から迎え撃った。

 先端の尖った竜巻の弾丸は悪魔の右腕を穿ち、貫き、その胴体に捩じれたような風穴を空けた。


 龍治が苦戦しとったんは、話せる相手に暴力を振るうんも、血みどろにさせるんも良くないことやて躊躇しとったからや。

 相手への配慮を捨て去れば、通常のモンスター戦同様に竜巻化の超貫通力であっちゅう間に敵の肉体を削り取れる。


 膝を折った六本腕の頭を消し飛ばし、その体がドロップアイテムに変わったのを見て龍治が深く、深く息を吐き出す。


「……大丈夫か?」

「全然平気……いや、そうだな。正直かなりキツイ」


 強がる言葉を呑み込んでそう打ち明けてくれた。

 戦闘中の、視線だけで人を殺せそうな表情から一転、今は憔悴しとるんが分かる。


「少し休むで。剣の悪魔のドロップアイテムも確認せなアカンし情報の擦り合わせもや」

「……いや、先を急ごう。他のプレイヤーが心配だ」


 しばし目ぇ瞑って天井を仰いどった龍治がそう言った。

 何故か憑き物が取れたような顔しとるけど、理由が分からず気を遣う。


「無理せんでええんやで」

「無理なんかじゃないんだ、本当に。なんて言うんだろうな……」


 そうして龍治は申し訳なさそうで、皮肉げで、それでいて恥じ入るような表情で続きを口にする。


「自分でも主体性がなさ過ぎて情けないけどさ……やったのが俺だけじゃないって思うと少し気が楽になるんだ。最低だよな」

「赤信号、皆で渡れば怖くないっちゅーヤツやな」

「あぁ、全くその通りだ」

「ま、龍治は生真面目やし難しいかもしれへんけど、あんま気にせんでええと思うで。あいつらを野放しにして他の誰かが犠牲になったんじゃ本末転倒や」

「取りあえずはそう思うことにする」


 少しだけ軽くなった口調で言った龍治は、ドロップアイテムをダンジョンクエストに収納した。

 あの時見えた悪魔の数はレフォーンを除いて八体。まだ誰か襲われとるかもしれん。


 ワシらは第三フロアの探索を再開したのだった。



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