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36 躊躇い

「知的生命を殺せるかどうかがネックになる、か」


 いくつかの戦場の様子を観た加賀美さんが、僕の言葉を反芻する。


「正直私にはよく分からない感覚だな。いくら言葉を交わせようと襲って来ている相手だぞ? 容赦してやろうとは思えない」

「加賀美さんらしいねぇ」


 割り切りが早い。初めて魚人のモンスターを倒した時もそうだったけど、異常な状況でもすぐに適応し必要な行動が取れる。

 まああそこまですんなり殺せたのは、他者への関心の薄さも働いてのことだろうけど。


 自己愛の強さの裏返しだね。

 他人を尊重しない訳じゃないし僕に協力してくれたのだって『世界のため』って部分もあったけど、もしも人柱になってくれって頼みなら断られていただろう。


「でも他のプレイヤーはそういうタイプばっかじゃないからね、いくら見た目が違っても意思疎通できる相手には躊躇しちゃう人も一定数居るんだ」

「まあ共感はできずとも理解はできるさ。それより私が気になるのは……」


 ちらりと複合ディスプレイ全体を見渡して言う。


「八魔将、大層な名前の割に小粒揃いなんじゃないか?」

「なかなか辛口な評価だね」

「しかし事実だろう。ランクが同じだというのにどいつも劣勢なんだから」


 落葉のレフォーンに至ってはランク二相手に追い詰められている、と脇のモニターを顎で指す加賀美さん。

 イベント参加者は大体ランク三なので、明谷(あけたに)君は弱い部類だ。


 その彼に苦戦しているようだと……僕が食べられるケーキの数が減ってしまう。


「まあ理由はいくつかあるよ。一番は〔祝福(カリス)〕の配分だね。プレイヤーは自分に適したスキルを取れるから〔(アルケー)〕の容量を無駄なく戦闘力に転換できるけど、悪魔の場合はそうも行かない」


 悪魔には使い魔生成や契約、詠唱術と言った〔祝福(カリス)〕がデフォルトで付いてるけど、これらは突発的な戦闘じゃあ役立ちにくい。

 〔祝福(カリス)〕は別にバトルマシーンを生み出すために与えるものじゃないから、スキルみたいな戦闘特化タイプは異端だ。


 それでもスキルページって言う戦闘力向上に役立つ〔祝福(カリス)〕も異世界にはあるんだけど、それも悪魔達は全然利用してないしね。

 種族的にプライドが高くて他者の魔術を取り込むことを許容できないのである。


「後はまあ才能の差かな。先天スキルの資質値は大前提として、他にも何か飛び抜けた一芸があるプレイヤーは多いよ。明谷(あけたに)君も資質値はともかく『持ってる』側の人間だしね」


 彼の場合は戦闘(ケンカ)の天賦だ。

 鉄火場での機転、胆力、判断力。その他諸々の内的数値が非常に高い。レフォーンが異世界で培った戦闘勘をたった一月(ひとつき)程度で上回るほどに。


 それからもう一つ駄目押しで付け足すなら、侮られてたのもあるだろうね。

 なりふり構わず最善尽くすなら、後衛型のレフォーンは初手で空に飛び上がって一方的に攻撃を仕掛けていたはずだ。


「そうされていれば厳しかっただろうが……<アクアタクト>と【ゴールドシフト】があるならどうにかなっていたという気もするな」

「あー、それは確かに。ぶっちゃけあの魔術を習得するのは割と想定外だったんだよね」


 プレイヤーと八魔将の戦績は五分五分になる、っていう予想が外れた一因がそれだ。

 明谷君が劣勢だったら八魔将の印象ももうちょい上方修正されてたはず。


「プレイヤー同士の協調の強みが遺憾なく発揮されたわけか」

「まさしくそうだね。個人個人で孤立してたらまず間違いなく腐ってたスキルページだよ、<アクアタクト>は」


 とはいえ、と僕は言葉を繋ぐ。


「話は少し戻るけど、その協調性が仇になることもあるよね。話の出来る相手を殊更(ことさら)攻撃しづらいって感情も、元を辿れば協調性から来てるものだし」

「彼のようにか?」


 加賀美さんが見遣(みや)った画面に映るのは第三フロアの戦場。

 八魔将と交戦中のプレイヤーの中で、最も殺人を忌避しているだろう少年がそこに居る。




 そこは城の一階だった。

 かつては王城として、聖女に救われてからは聖神教の大教会として栄華を誇ったその城は、しかし異世界の滅亡に際して見るも無惨な有様となっていた。


 そんなただでさえ傷だらけの城の大広間で、荒廃をさらに加速させる者達が居た。


『オラ、オラ、オラァッ! どォしたどォしたその程度かァ!?』


 六本の腕がそこらの瓦礫をむんずと掴み次々に投擲する。

 六臂(ろっぴ)のヴァエンティンの膂力にかかれば何の変哲もない投石も強力無比な攻撃となる。


「<魔盾>、【ワイルドハント】」


 それを向けられた眼竜(がんりゅう)龍治(りゅうじ)は【魔力】の盾で瓦礫を防ぐや、即座に盾を消し風の銃弾で反撃。

 目に見えない高速弾丸に対し、悪魔は六本腕を盾にすることで身を守る。


 二発、三発と撃たれるたび衝撃で後ずさり、そのまま押し切れるかに思われたその時、風の銃弾が止んだ。


(わたくし)を忘れてもらっては困りますねぇ、<ブレードパレード>!』

「……<魔盾>」


 割り込んできたのは、城外へ吹き飛ばされていた剣影のアキムだった。

 八本の剣が一人でに浮かび、バラバラの軌道で龍治を襲う。


 大きく跳び退いて躱すも剣のうちの一本が追い縋り、龍治は<魔盾>を間に置く。

 <魔盾>は僅かな拮抗の後に破られたが、その間に龍治はさらに距離を取っていた。


 だがしかし、恐るべきは斬撃の威力か。

 ランク三の<魔盾>を一太刀で斬り砕ける出力でありながら、八本も同時に剣を操れるこの魔術は極めて強大、


「(──って訳じゃないんだろうな)」


 龍治は浮遊剣の異常な出力のタネを粗方(あらかた)見抜いていた。


「(何てことはない。命中する剣に出力を集中させてるってだけだ)」


 的を射た分析だった。

 剣影のアキムの戦法は、多方向から同時攻撃を仕掛けつつ、最も効果的な位置取りの剣に魔術リソースを集めて斬撃を強化するというもの。


 この戦法の肝となるのは【魔力】の隠蔽技術。【魔力】の急変動があれば怪しまれるため当然だ。

 動体視力の突出した龍治でなければ、剣の動きの細かな精度差からカラクリを見抜かれることもなかっただろう。


『ウオオォォォッ!』


 逃げるのと逆方向からヴァエンティンが迫る。

 だが格闘の間合いには遠く、投擲武器も持っていない。

 強力な風弾で痛手を与える、と龍治が【魔力】を高め始めたその時、


『喰らいやがれェッ、<アームエクステンション>!』

「っ、<魔じゅ、ぐ……っ」


 ヴァエンティンの腕が伸長した(・・・・)

 咄嗟の<魔盾>も間に合わず右腕で防御。

 体が軽々浮かび、大広間の中央付近から壁際まで一発で弾き飛ばされた。


 龍治は低威力の風弾をクッション代わりにして軟着陸しつつ、ヴァエンティンの評価を改める。


「(そういうことか。こいつの魔術は単なる身体強化じゃない、『腕』だ)」


 真実である。それこそが六臂(ろっぴ)のヴァエンティンの魔術系統だ。

 腕の強化、伸長、多腕化、硬化、治癒……とにかく腕に関する全般のことが行える。


「(クソ……無力化は諦めるしかないか?)」


 交渉は既に決裂している。

 悪魔が悪意の塊であることも、和解の余地がないことも頭では理解していて……それでもまだ、龍治は知的生命を(あや)める決心が付かなかった。


 それ故にこれまでは無力化を目指して戦っていた。

 二体目の悪魔が現れてもその姿勢は崩さなかった。


 しかし【魔力】残量は七割を割った。仲間の行方も気がかりだ。

 眼竜龍治は岐路に立たされている。そして決断を下すのに充分な時間を与えるほど八魔将達は優しくはない。


『よくやりましたヴァエンティン。相手の動きも鈍っています、このまま一息に押し切りますよ!』

『俺様に指図すんじゃねェよ!』

「チッ……」


 勝機を見出したアキムとヴァエンティンは左右から一気呵成に畳みかける。

 防御しようと迎撃しようと必ずや命を奪う。そんな殺意を宿した眼で龍治の一挙手一投足を注視していた。


 ──だからこそ、窓の外から飛び込んで来た攻撃への反応が遅れた。


「──【ゴールドシフト】」



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