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35 明谷錬(後編)

『ふむ。推察するにマジックアイテムの暴走なのだろうな。しかしあの【魔力】量ならば然して遠くへは飛ばされていまい。折り悪くディード様の復活と被ってしまったが、これならば合流も容易かろう』

「…………」


 周囲を見回した悪魔──たしか落葉のレフォーンとか言うたか──がぶつぶつと呟く。

 ワシも手早く周囲を見回して誰もおらんことを確認する。


 ここは第三フロア……石造りの街にある、教会の前の大通りや。

 ワシには探知系のスキルはないし死角に誰か居るんかもしれへんけど、確かめることは出来へん。

 声を張り上げて他の敵を呼び寄せてもアホらしいしな。


『どうした家畜(ニンゲン)、頼りの仲間と逸れたのだ。尻尾を巻いて逃げても良いのだぞ』

「はっ、そない【魔力】漲らせて言うセリフかいな。背ェ向けたところで後ろからズドンッ、やろ」

『ほう、猿程度の知恵はあるか』


 レフォーンが馬鹿にしたように言うた。

 ワシのステータスはこうや。



/////////////////////////////////////////////////////////////////////

名前    明谷(あけたに) (れん)

特殊状態  なし


 能力値

魔力保有量 38/61

腕力値   5

防力値   6

脚力値   5

免疫値   4


先天スキル ゴールドシフト Lank2.71

後天スキル 魔盾 Lank2

      自動治癒 Lank2

      アクアタクト Lank2

      隠密 Lank2


スキルポイント 29

/////////////////////////////////////////////////////////////////////



 龍治の能力値から類推するに、ランク三悪魔の能力値は十前後。

 脚力値が四で逃走用のスキルもないワシには逃げるのは不可能や。

 このまま睨みあっとっても埒がアカン。仕掛けるならこっちから、やな。


「ッ」


 意を決し、力強く地を蹴る。ほんで二歩目ですぐさま方向転換。


『<リーフピアース>』


 ワシの一歩目に反応したレフォーンの魔術がすぐ傍を射抜いた。菜箸みたいな長さの針が数本、民家の壁を貫通する。

 肝を冷やしながらも大きく弧を描くようにして悪魔に接近する。


(ヤッバイなァ、反応が遅れたら即死やんけっ)


 現在、ワシと悪魔の間合いはピッチャーからキャッチャーまでの距離と同程度……大体二十メートルってとこや。

 悪魔の詠唱速度ならワシの棍棒が届くようになるまでにあと二、三回魔術を放てる。

 それを凌がな勝負の土俵にも立てへん。


『よく避けたが所詮はランク二、これなら躱せまい』


 レフォーンから大量の【魔力】が噴き上がる。

 この【魔力】量からして発動するんは恐らく大規模魔術。


「せやな、これは無理や。<アクアタクト>」


 判断は一瞬。【魔力】が広がる予兆を感じた時にはもう切り札を切っとった。

 ワシがずっと背負(しょ)っとったリュックの中身。二十リットルくらい入る大型給水タンクから大量の水が溢れ出し、ワシの前方を漂う。


 水を好きに動かせる、ただそれだけの魔術が<アクアアクト>や。

 水を生み出したりは出来んし、高圧ジェットみたいにしてダメージを与えたりも出来へんけど、代わりに燃費はすこぶるええ。


 イベント開始時から魔術を維持しとるのにほとんど【魔力】は減ってへんからな。

 ま、これは水を動かさへんかったからってのもあるけど。


『それしきの水で何が出来るッ。<リーフブリザード>』

「そない焦んなや。【ゴールドシフト】、そんで<魔盾>や」


 レフォーンの魔術は頭上に生み出した大量の葉を、相手に向けて一斉に飛ばすっちゅうもんやった。

 魔術の葉──当然やけど空気抵抗に負けたりはせず、真っすぐ高速で飛んで来る。プレイヤーキラーを殺した魔術と同じく切れ味もそれなりにあるんやろう。


 精々二十リットルの水では到底防げへん攻撃──せやけど、同体積の金塊やったらどうか。


『!?』


 前方に広げた水の膜が黄金へと変わり、葉の掃射の威力を低減させた。

 そこまで弱まれば後はもう<魔盾>でシャットアウトするんは容易。


(やっぱ相性ええな)


 【ゴールドシフト】の発動条件は『【魔力】の浸透』と『接触』。

 操っとる水には当然ワシの【魔力】が込められとるし、触るのも簡単や。


「【ゴールドシフト】解除」


 攻撃が止むと同時に黄金化を解いた。金塊になっとる間は操れんからな。

 液体に戻れば黄金化中に付いた傷も元通りや。


 大量の水を引き連れ残り数歩の間合いを詰める。


『チっ、防御力には自信があるようだな。ならばこうだッ、<リーフピアース>!』

「せやろな。こんだけ近づきゃさっきみたいな大魔術を唱えるヒマはない」


 次の攻撃は、最初に使われたんと同じ貫通力の高い針を飛ばす魔術やった。

 今回は同時に五本くらい飛ばして来た。


 狙いを左右に散らしとるし横に動いたんじゃ躱し切れん。

 ちゅうかこの距離やと見てからじゃ反応が間に合わへん。


『何だと!?』


 やからワシは【魔力】の動きを感じ取ったその瞬間にスライディングをした。

 部活で嫌っちゅうほど練習しとるから動作に滞りはない。

 レフォーンが詠唱しとる数瞬の内に体は地面に張り付き、魔術の針はワシの上を飛んで行った。


 正味、未知の魔術を使われるかもしれへんかったけど、これまでも狙いは腹から上にばっかに集中しとったし分の悪い賭けやなかった。

 一気に三メートル弱まで迫ったワシは素早く立ち上がり、棍棒を横薙ぎにする。


「【ゴールドシフト】!」

『っ、<リーフシールド>!』


 重低音を響かせて団扇みたいな大きさの葉が黄金棍棒を弾き返す。

 やっぱランク差はデカイ、ワシの攻撃力じゃ正面突破は厳しいわ。


「なら溺死させたるッ、<アクアタクト>!」


 これまで防御に使っとった水を、全て攻撃に回す。さながら高波みたく前方へ差し向けた。


『見え透いた(ブラフ)をっ、<リーフシールド>!』


 そう、嘘や。悪魔だけあって魔術の特性をよう見抜いとる。

 <アクアタクト>で相手を溺死させるんは難しい。免疫値が一定以上ある奴が水に触れると支配が解除されてまうからや。


 せやからレフォーンに向かっていった水の壁を途中で金塊に変え、慣性と質量で押し潰そうてのがワシの作戦やった。

 やけどそれを読んどったレフォーンは魔術で黄金の高波を受け止め、さらに反撃の魔術まで使って来よった。


『<リーフサーキュラー>!』


 キュイイイイィィィンン! とチェーンソーみたいな音を立てて回転するギザギザの葉が、金塊を時計回りに迂回して足元を刈り払う。

 今度はしゃがんどっても当たるよう脛の高さやった。


(まっ、そこにワシはおらへんけどな)


 水壁の金塊化が解かれ、レフォーンが目を剥く。


『奴は何処へ行った!?』


 残念ながらこいつにそれを考える猶予は残されてへん。


 <隠密>。音や【魔力】の気配を消せる後天スキル。

 高波みたく縦長に広げた金塊は目隠し兼梯子やった。ワシの(がわ)には足場があって登れるようになっとった。

 後は腕力値に任せて一気に登り、悪魔の視界に入らず上を取った。


 体はとうに落下を始めとる。あと一呼吸程の時間でレフォーンの脳天に棍棒が届く。

 壁の黄金化を解除したんはそんなタイミング。ワシの姿を見失った動揺で、レフォーンは棍棒を【ゴールドシフト】させる【魔力】への反応が瞬き程の時間、遅れた。


 咄嗟に上を見上げたけどもう手遅れや。棍棒をフルスイングする──その刹那。


 致命の一撃を避けることも防ぐことも出来ん哀れな悪魔と目が合い、ワシは──、



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