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34 『屍繰卿』の実力

 異世界を震え上がらせた子爵級悪魔、『屍繰卿』ディードが転送された場所は第一フロアだった。


『なんじゃ、この場所は』


 老練の悪魔が初めに感じ取ったのは、異常。

 修めた魔術の副次作用により、周囲に存在する屍を感知できるが故に気付いた。


 屍が存在しない。


 異世界においても人や鳥獣が死ねば屍が残る。

 大抵の場所に生命の名残が存在していたし、街の中となればなおさら。


叫魔氾濫(フォールン)の後でもここまで真っ新にはならぬはずじゃが……興味は尽きぬのう。のう、(わっぱ)よ』


 ゲートの放つ特異な【魔力】を目指していたディードは、その傍に立つ少年に声を掛けた。

 少年──兎田(とだ)颯斗(はやと)はニャビから悪魔の封印が解かれた話を聞いており、警戒しながら応じる。


「……あんた、喋れるのか?」

『これはおかしなことを聞くニンゲンじゃのう。悪魔が喋るなど当然のことじゃろうに』


 その『当然』は兎田の常識にはないものだった。

 が、それはそれとして、今必要なのは目の前の悪魔には話が通じるという事実。


 これなら対話で戦いを避けられるかもしれない。兎田はそう考えた。


「待て待て待て、そこで止まってくれ。こっちに争うつもりはない、そっちにだって俺を攻撃する理由はないはずだろ? 取りあえず話し合わないか」

『ふぉっふぉっふぉ、随分と愉快な人間じゃわい。悪魔に命乞いをするとはの。吾輩らが人間を襲うのに理由など不要じゃわい。お主らはただ苦悶の声を上げておればよい』


 悪魔の戦意を示すように【魔力】が高まり、兎田の【エスケープスコープ】が強く反応する。


「チッ、やるしかないか……!」

『ほれ、魔導書を出さぬか。精々抗ってみせよ』

「……?」

「おおぉ、ゲートじゃん。やぁっと見つけたぜぇ」


 魔導書、という聞き慣れない単語に首を傾げた兎田の背後から声がした。

 街道をのっそりと歩いてきたのは大柄な長髪の男。コンバットスーツの上からでも分かる屈強な体躯。


 だが緩慢な口調や猫背気味であることが手伝い、どこか穏やかそうな雰囲気があった。


『ほう、新手か。まあよかろう、情報源は一つより二つじゃ』

「なんか強ぇ【魔力】があるなぁと思ってたけど悪魔かぁ。いいねぇ──少しやる気が出たぜ」

「戦うなら手を貸します、あの悪魔は普通じゃ」


 兎田が忠告を言い終えるより早く大男は飛び出していた。

 先程までから一転、獰猛な気配を撒き散らしながら悪魔へと一直線に駆ける。

 彼のランクは三。極限まで磨かれた肉体も相まってその速度は自動車のそれに等しい。


『ふぉっふぉっ、(のろ)いわ!』


 だが対するはランク四の『屍繰卿(しそうきょう)』。

 老いさらばえようと、そもそも体を鍛えたことがなかろうと、能力値では全てにおいて大男を上回っている。


 大男の動きも目で追い、五指を揃えて貫手(ぬきて)を放った。

 枯れ枝のようなディードの腕からは十センチ以上にもなる細長い爪が伸びている。


 天然の凶器は金属をも容易く引き裂く。

 人体など障子紙も同然だ。


「──獣真流体術・狐影(こかげ)

「なぬ?」


 ディードの貫手がすり抜けた。少なくとも彼の眼にはにはそう映った──事実は異なる。

 緩急自在の特殊な歩法により攻撃を紙一重で回避し、命中したと誤認させる武術。


 攻撃の軌道とタイミングを完璧に読み切らなければ無駄に終わる技を、自分から突進しながら、初見の相手に対して成功させた。

 大男にとってそれは至極当然の結果。故に次の行動にも迷いや滞りは一切なかった。


「──獣真流体術・梟折(きょうせつ)

「がっ!?」


 時間にして一秒にも満たぬ早業だった。男の極め尽くした殺人術は、人間に酷似した身体構造を持つ悪魔にも通用した。


 狐影(こかげ)で作り出した僅かな動揺を突いて滑り込むように背後へ回る。

 そして羽交い絞めのように首をロックすると同時に膝蹴りを食らわせた。


 ──ゴキャリ。


 なにか、決定的な物の折れる嫌な音が響いた。頸椎と背骨が可動域を超えて屈曲させられている。

 多くの国家を恐慌に陥れた一大勢力の長は、こうも呆気なく絶命した。


「嗚呼、ハハハッ、イーイ感触だァ。ちっと味気なかったが殺し合いだもんな、こういう決着も悪かねェ」

「気を付けてください! そいつまだ動きますよッ」

「あぁ? マジかよ」


 兎田の警告を聞くや、地面に伏したディードの亡骸を男は勢いよく蹴り飛ばし、自身は後退する。

 一度、二度とバウンドしたディードの体はそこで止まり、ダンッ、と強く地面を踏みしめ立ち上がった。


 遠く離れても感じられる程に禍々しい【魔力】が立ち上っている。


「こ、のっ、塵芥がァッ。吾輩を虚仮にした罪、貴様の死後千年を掛けて償わせてやるッ」

「おー、ホントじゃねーか、よく分かったなぁ。てか不死身かぁアイツ? どうすりゃぁ殺せるかとか分かっか?」

「そこまではちょっと分かりません」

「そっかぁ。ま、動けねえくらいボコりゃあ動かなくなるか。俺ぁ宗像(むなかた)百獣郎(ひゃくじゅうろう)ってモンだ。逃げるにしろ一緒に戦うにしろプレイヤー同士仲良くやろうや」

「兎田です。微力ですけどサポートしますよ」

『覚悟しろっ、ニンゲン共ッ!』


 彼らの戦いは第二ラウンドに突入した。




「この悪魔はさっきの落書(らくが)……資料に載っていた奴だな。ならば首を折られても動いているのは死体を操る魔術の応用か」

「ピンポーン。加賀美さんに百ポイントー」

「いつからクイズ大会になったんだ」


 呆れたように言われてしまう。


「それにしてもあの悪魔、死んでからの方が強くないか?」

「肉体のリミッターを無視して力を引き出せるからね」


 そこいらの兵士の死体で聖女と渡り合えたのもそれが理由である。

 加えて、死体専用の強化魔術や回復(修復と言ったほうが正確かな?)魔術もあるため、『屍繰卿』ディードは死んでからの方が近接戦闘力は高い。


「第二形態が第一形態より弱い訳ないからね」

「それでも今も押されっぱなしだがな」


 映像のディードは生前同様に宗像(むなかた)君を捉えられないまま、一方的に攻撃を受け続けていた。

 宗像(むなかた)君は第一回イベントでボスと肉弾戦で張り合っていた実績がある。スキル抜きの戦闘力ではプレイヤー最強だ。


 細かな挙動から次の手を先読みするから、多少のフィジカル向上じゃあこの差は埋められない。


「まあ欠点ばかり見てたって仕方ないよ。ディードの強みは何てったって豊富な経験から冷静な判断力だからね。さっきは格下に殺されたせいで頭に血が上ってたけど、今じゃ戦力差を理解して逃走に舵を切ってるよ」

「それで逃げ切れたなら大したものだが……現実はこうだぞ」

『<魔弾・爆>!』


 画面の中で閃光が瞬いた。

 宗像(むなかな)君の隙を突き空へ飛び上がろうとしたディードが、大地を離れたまさにその瞬間に背後から撃たれ墜落したのだ。


『何故じゃ……何故そうまで吾輩の行動が筒抜けになっておるっ!?』

『んなのオメェの動きが単純だからに決まってんだろうが』

『そういうことです』

「兎田君バリバリ嘘吐くね」


 兎田君が<魔弾・爆>によって逃走を妨害できたのは【エスケープスコープ】があったからだ。

 昔は自分の逃げ道を知覚するスキルだったけど、ランクアップしたことで他者の選ぼうとしている逃走ルートなんかも見抜けるようになった。


 正面からでは勝ち目はなく、逃げることも不可能。

 死体修復でどうにか持ち堪えてるけど、死体憑依と合わせてガンガン【魔力】が減ってるしどこかで追いつかなくなるのは火を見るより明らか。


「ディードは【魔力】をケチらず初手でランク三使い魔を作るべきだったね。ディードの屍操魔術なら即席でも三、四体くらいは作れるんだし、そいつらと連携するのが唯一の勝ち筋。貧すれば鈍すじゃないけどこうも趨勢が傾いちゃったらもう終わりだよ」


 今回のイベントでネックとなる“知的生命を殺せるか”って点に関しても宗像(むなかた)君なら心配無用。害獣認定した相手は容赦なく殺してくれる。

 これ以上は見てても面白味に欠けるね。


「どっか見たいとこある? ディード以外はランダムマッチングだし場所によっては良い勝負してるとこもあると思うけど」

「そうだな。明谷(あけたに)(れん)……と言ったか。ランク二で参加している彼だ。悪魔と~一対一タイマンをしているみたいだがどうなっているのか気になるな」

「オーケー、じゃあそこで」


 言って、僕はメインモニター映像を切り替えるのだった。



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