32 解放
「バルルル──」
「【ワイルドハント】」
「──る、ぅ……?」
第二フロアのフロアボスはその能力を披露する間もなく、土手っ腹に捩じれたような風穴を開けられて死によった。
殺傷力特化にチューニングした龍治の風弾が撃ち抜いたんや。
通常モンスター相手には【魔力】を温存してもらっとったけど、フロアボスには解禁せなタイムロスが大きすぎる。
一発だけなら龍治の【魔力】回復速度ならあっちゅう間に補えるしな。
「次が最終フロアや」
「ボスはランク三だね。四人掛かりなら負けないと思うけどプレイヤーキラーへの警戒も忘れずに行こう」
ドロップアイテムと一緒に現れたゲート。黒い罅割れにしか見えへんのに、注視すると転移先の景色がぼんやりと浮かぶ摩訶不思議な亀裂に触れる。
軽い浮遊感の後に目に飛び込んで来たんは、やっぱりどっかの異国の街やった。
第一、第二フロアもそうやったし『街』がこのダンジョンの特色なんやろな。
フロアごとに街の雰囲気も一変しとって、この第三フロアはカラフルなレンガ造りや。例によって破壊痕だらけやけど道も舗装されとる。
「この音は……」
「どうしたんだい歌撫」
「いくつもの薄い物体が旋回する音がするわ」
「それって……」
「そうよ。まず間違いなくプレイヤーキラーね」
ワシらは無言でこくりと頷きあった。
遠峰の指し示した方角に数分ほど進むと、デッカイ教会みたいな建物が見えて来る。隣に建てられたお城と遜色ない高さや。
カラフルな街の中にあって白一色のその教会は荘厳っちゅうんか……汚しがたい雰囲気がある。
普段は神様なんざ信じとらんワシでも思わず背筋を伸ばしたくなるような……そんな感じや。
「行くよ」
声を潜めた推川の言葉に首肯で応える。
遠峰に先導される形で教会内に侵入し、そして中庭みたいな場所にでた。
「ようやく来たか」
音を【サウンドトリック】で消して死角から近づいたはずやった。やのに気付かれた。
旋回する無数のナイフの中心に立つ男がこっちを振り返る。
以前と変わらんフード付きの灰色外套に仮面っちゅう怪しさ全開の出で立ち。
やけどナイフの回転速度が上がっとるところから、ランクアップしたんが分かる。
中庭中央にあるおどろおどろしい【魔力】を湛えた赤い池、その畔からプレイヤーキラーは話しかけて来た。
「まあそう身構えるな、少し話をしないか」
「時間稼ぎかい?」
「そうではない。ただ今日は気分がいいというだけのことだ」
推川がワシらにだけ聞こえる声で「本当に話をしたいだけみたいだ。少し付き合おう」と言うた。
「話ってなんだい?」
「なに、お前達は悪魔のことを知っているか、と問いたくてな」
「知っているよ。強力な魔術を使うレアモンスターだろう? 一度だけ戦ったことがある」
推川の斜め後ろでワシも頷く。
ワシが戦った悪魔の特徴もそんな感じやった。
何かの言葉を喋っとるぽかったし殺すのは気ぃ進まんかったけど、向こうが襲い掛かって来る以上きっちり息の根を止めさせてもろた。
やけど何がおかしかったんか、推川の言葉を聞いたプレイヤーキラーは大声で笑い出しよった。
「フハハハハハッ。その程度の知識で知った気になっているのか」
「何だって?」
「まあそれも仕方ないのだろうな。お前達の戦って来た悪魔は虚無に侵され殺戮機械に成り下がった木偶ばかりなのだから」
なんや気になることを言いよるな。
「いやはや、不勉強で申し訳ないね。良ければ悪魔について教授してくれるかな?」
「ふん、いいだろう。悪魔は敵対者だが同時に契約者にもなり得る。人間の魂を捧げることで悪魔と契約を結べるのだ。異世界の人間の一部はそうして力を得ていた」
「異世界……?」
「なんだ、それも知らないのか。ダンジョンとは滅びし世界の破片だぞ」
「「「っ」」」
ワシら全員が言葉を失った。
滅んだ異世界、やて?
じゃあこの教会や街なんかはその世界の人間が作ったっちゅうんか?
「君は何を知って──」
「無駄話が過ぎたな。冥途の土産は充分だろう、大人しく贄となってくれよ」
言って、プレイヤーキラーは懐からハンドベルを取り出した。ワシらが止める間もなくそれを背後の赤い池に投げ入れる。
ハンドベルに付いとる鈴は一つだけのはずやのに、様々な音程の鈴の音が何重にも鳴り響き、それらが絶妙に混ざり合って不協和音を奏でた。
「【ワイルドハント】っ」
「もう遅い」
龍治が咄嗟にハンドベルを弾き飛ばす。
やけどそれは一手遅かったらしい。赤い池に異変が生じた。
急速に水位が下がり、池を包んどった【魔力】が抜け落ちて行く。
「さあ蘇れ! 古代の異世界を蹂躙せし悪魔達よっ」
水と【魔力】が目減りした池の水面を勢いよく突き破り、ソイツは現れよった。
蝙蝠みたいな翼。二本の角。同ランクのボスよりも一層濃密な【魔力】。
紛れもない悪魔がそこにおった。
『──あの女の封印が解けたか。ディード様の解放は……まだだな。我が先に解放されたのは、ふむ、浴びた量の差か?』
「喋った!?」
「ハハハハッ、やはりあの御方の言っていたことは本当だったのだ! さあ悪魔よっ、そこの人間達を生贄に、俺の願いを──」
『おい、家畜風情が誰の許しを得て騒いでいる』
「──ぐえー」
悪魔の方へ向き直り何事かを叫んどったプレイヤーキラーの背から、針が生える。
悪魔特有の短い魔術詠唱。不意打ちやったことも手伝ってか、プレイヤーキラーは何の反応も出来んかった。
糸の切れた人形よろしくその場に崩れ落ち、制御を失ったナイフが明後日の方向に乱れ飛ぶ。
──人間の命が奪われた。ワシらの目の前で。
誰も一言も発さずとも、ワシら全員に緊張が走ったのが分かった。
ひりついた空気に喉が渇く。
『我は『屍繰卿』ディード様が一の配下、落葉のレフォーンであるぞ。下等種族が容易く……と我としたことが、殺してしまっては情報を聞き出せぬではないか。まあ──』
ギョロリ、と。
深い緑色をした瞳がワシらを見据える。
『この家畜どもに問いただせば良いか』
「お前は……何なんや。なんで、何を考えとるんや」
『質問は不敬だと教えただろう。礼儀も覚えられぬなら死ね』
瞬間的な【魔力】の高まり。
魔術の前兆にワシら四人が対処しようとしたその時、地鳴りがフロア中を揺らした。
『何だこの【魔力】は?』
全員の注目が倒れ伏すプレイヤーキラーに集まる。
そいつの外套が異様な【魔力】を発しとった。
『面妖な真似を』
悪魔が魔術の標的を変える。
宙に現れたギザギザの葉っぱが回転鋸みたいになってプレイヤーキラーごと外套を引き裂いた。
やけど揺れは収まらへん。
赤い池の水が尽きて八体の悪魔が出現すると同時、一際強い揺れがワシらを襲う。
フロアを移動する時みたいな浮遊感があって、そして気付いた時には、
「ここは……教会の外かっ!?」
『空間転移だと!?』
ワシと悪魔だけが、第三フロアの片隅に転移しとった。




