29 エンカウント
プレイヤーキラーの正体については、大まかに二つの仮説が立てられる。
人間説と人型モンスター説や。
ほんで人型モンスター説が正しいなら、プレイヤーキラーが出没するんは特定のダンジョンだけてことになる。
「ここが事件の起きたダンジョンだよ」
「話には聞いてましたけど幻想的っすね」
そこは水晶の洞窟やった。
壁も床も天井もゴツゴツとしたクリスタルで構成されとる。
道幅は学校の廊下くらい。天井はかなり高い。発光する水晶が点在しとって視界には困らへん。
床には軽い凹凸があって歩き辛いけど、ツルッと足を滑らせる心配はなさそうや。
「念のため情報を復習しておこうか。このダンジョンは全部で五フロア。広いは広いけど出てくるモンスターは全部ランク一。そして事件現場は第一フロアだ」
「ダンジョンに入って割と早い段階で襲われたんですよね?」
「そうだね。被害者は命辛々逃げ出して、以降このダンジョンには入っていない。未だに攻略されていないのを見ると他のプレイヤーも立ち入っていないか……」
「もしくはプレイヤーキラーに撃退されとるか、やな」
そう答えた矢先やった。
遠峰さんが「静かに」と人差し指を立てる。
「あっちの通路から歩行音がするわ」
「距離はどのくらいだい?」
「正確には分からないけれど……百メートル以上は離れているはずよ」
「モンスターの可能性はないですか?」
「否定できないわ。でもこのダンジョンのモンスターは、少なくとも私が感知できる範囲内のは全て四足歩行よ」
「例の別動隊かいな?」
「それは無いんじゃないかしら。プレイヤー装備の靴より足音が硬質だもの」
声を潜めて話し合う。
早々に見つかった犯人候補に対し、取りあえずは接近してみようという結論になったワシらは慎重に水晶のトンネルを進む。
道中、他のモンスターには出会わんかった。
遠峰の【サウンドトリック】で足音を消せたんと、プレイヤーキラー(仮)もこっちに向かって来とったからやな。
「──ほう、プレイヤーが徒党を組むか」
しゃがれた声が聞こえて来たのは、そろそろ接触するからと通路の端で待ち構えとった時やった。
カツンカツンと靴音を反響させながら、そいつは逆側の端から姿を見せる。
くるぶしまである丈の長い灰色の外套。人相を覆い隠す骸骨の仮面。
どれも事前に聞いとった外見的特徴にドンピシャで当てはまっとる。
やけどワシらが注目したんは恰好やない。
「その回っとるナイフ……ジブンがプレイヤーキラーやな」
プレイヤーキラーの周囲を高速で旋回するナイフ達は、目撃証言にも出て来とった。
あれらで近付いた敵を切り刻むそうや。
ナイフはどれもプレイヤーキラーから一定の距離で回っとって、本人が歩くのに合わせてナイフも動く。
速度と角速度が釣り合っとるんやろう、どのナイフも等速円運動をしとる。
まるで目に見えへん糸で括り付けられとるみたいや。
「プレイヤーキラーか……安直な呼称だがいいだろう。私こそがプレイヤーキラーだ、と名乗ってやる」
「他のプレイヤーを襲っているのは君で間違いないね? 目的はなんだい」
「殺したいから殺す、それだけだ!」
旋回しとったナイフの一本が円軌道を抜け、一直線に飛んで来る。
ハンマー投げの要領や。周回によって充分な速度を得とったナイフは初速からトップスピード。
予備動作がないのもあって、いくら遠間でも対処の猶予はほとんどあらへん。
「<魔盾>」
せやけどワシらかて無策やない。
不意打ちも何かしらの飛び道具も想定済み、対処手順も決まっとる。
龍治が【魔力】の盾でナイフを防ぎ、
「【ワイルドハント】」
即座に風の弾丸で反撃。
頼りっぱなしになってもうとるけど、龍治は唯一のランク三やしこれが確実や。
風の弾丸の速度はナイフ以上やし、あっちに立っとるんがワシやったら絶対に被弾する。
「甘いッ」
やけどプレイヤーキラーは飛び退いてみせた。
一瞬前までそいつが立っとった地面が爆ぜ、水晶の破片が飛散する。
動きが速いんやない。動き出しが早かった。
踏ん張りもそこそこに最小限の移動距離を跳躍した。龍治が致命傷にならん足を狙うて読んどかな出来へん動きや。
「そんな手緩い攻撃でこのプレイヤーキラーを殺せると思ったか!」
「【ワイルドハント】」
煽りを無視して龍治が弾幕を張る。
さっきのより一発一発の威力は低いけど、ランク二相当のプレイヤーキラーなら一発当たれば大ダメージや。
数が多い上に足元狙いでもないから避けるんもしんどい。
「フンッ」
やからプレイヤーキラーは防御した。
飛び散っとった水晶の破片を周回させ、風の弾丸への盾にしたんや。
回転するナイフと水晶片をすり抜けた弾丸は両手に握ったナイフで斬り落としとる。
「とんでもない技術やな……」
思わず呟く。
風の弾丸は不可視やから【魔力】を頼りに防がなアカン。それをこんな立て続けに斬り続け取るんは素直に鳥肌もんや。
せやけど、この膠着も長くは続かへん。
風弾に弾き飛ばされた旋回ナイフや水晶片は円軌道に戻る気配はない。じきにプレイヤーキラーの防御にも限界が来る。
ほんど未だに龍治の【魔力】の底が見えんとなれば、お次はイチかバチかの接近戦や。
こいつが龍治に近づくんを防ぐんがワシと推川の役割。
あのナイフ捌きを相手するんは骨が折れそうや……と、思ったその時やった。
「ク、クックック……なかなかやるようだな……。いいだろう、今日のところは退いてやる。決着は一週間後の合同攻略イベントでだ!」
捨て台詞めいた言葉を残し、プレイヤーキラーの姿が煙の如く消え去る。
回転しとったナイフや水晶片も無くなっとって、標的を失った風弾が壁を撃つ音が木霊した。
「あいつは何処にもおらへん……か?」
ワシらは弾かれたように周囲を見渡すけど、プレイヤーキラーの姿は発見できへん。
取りあえず、背後にワープして奇襲されるっちゅうことはないな。
「あいつ……スマホを使わずダンジョンから消えよったよな。遠峰さん、<生物鑑定>はどうやった?」
「ごめんなさい、弾かれてしまったわ」
「<情報防壁>ですかね? いや、そもそも後天スキルを持っているかも怪しいですが。少なくとも俺達と同じプレイヤーではなさそうですし」
「にゃにゃ、プレイヤー端末の反応は確認できなかったにゃん。ニャビもあいつがプレイヤーじゃないことは保証するにゃん」
ニャビを代表して推川のスマホがそう答えた。
「やけど日本語喋っとったし多分モンスターでもないよな」
「あぁ、【ワイルドハント】を防いでる時にフードの中に髪が見えた。証拠としては弱いだろうけど人間の線は濃くなったと思う」
「となると疑問なのはダンジョンクエスト無しで出入りしている手段よね。マジックアイテムか、先天スキルか、それとも私達が知らないだけで他に方法があるのかしら……ところでニャビ? ゲームマスターはこのプレイヤーキラーをどうする気なの?」
「鋭意検討中にゃん! でもゲームマスターも忙しいにゃん。即時の対応は出来そうにないにゃん」
「来週のイベントを延期したりはしないんか?」
「変更は間に合いそうにないにゃん。でもプレイヤーキラーが来るかもしれないことはきちんと全プレイヤーに通達するにゃん」
なんやそれ。じゃあ次の合同イベントでは、プレイヤー側が自力でプレイヤーキラーに対処せなアカンのか?
何のための運営やねん。
「龍治が事故を止めた時はすぐペナルティ出したくせにプレイヤーキラーは止められへんのか?」
「運営にも色々と事情があるにゃん。分かって欲しいにゃん」
「……まあええやろ、言うてもしゃーないわ。それより推川さん、さっきから考え込んどるけど何が引っ掛かるんか?」
しばらく黙っとった推川に水を向ける。
「あぁ、いやね。気になることはいくつもあるが、何より彼の態度がどうも引っかかってね」
「態度ぉ?」
「彼の言葉に嘘はなかった。それは【トゥルースゲート】が保証している。だけどなんだろう、少し違和感と言うか殺人鬼らしい狂気に欠けると言うか……ともかく、探偵の直感が反応してるんだ」
「あなたの直感がアテになった試しなんてないじゃない」
「何だって!?」
「そもそも殺人鬼に会ったこともないでしょう?」
何でも推川は『人死にが出た事件に面白半分に関わるべきじゃない』って思想らしい。
やから名探偵を名乗っとる割には殺人鬼に会ったり殺人事件を解決したことはないんやと。
「ぐぬぬ……」
言葉に詰まる推川を「まあまあ」と龍治が宥める
「取りあえず考察は後にして、今はダンジョンに集中しましょう。攻略するにしろ、一旦出るにしろ」
「そうだね。このダンジョンは『タイムリミット』が近い。どうせならこのまま攻略してしまおうと思うんだけど、どうかな?」
異論は出んかった。
〖タイムリミット〗っちゅうんはダンジョンが現実世界を侵蝕するまでの猶予期間。ワシらプレイヤーはそれを防ぐためにダンジョンを攻略しとる。
プレイヤーキラーのおらへんダンジョン探索は順調に終わり、その日はお開きになった。
後日。
ワシらは休日を利用して、イベント対策のため推川の事務所に集まっとった。
「やあやあよく来てくれたね。これ電車代。狭い事務所だけどゆっくりして行ってね」
「お邪魔します……」
探偵の事務所と言うよりは物置みたいやった。
用途の分からん雑多な部品や器具が詰め込まれたその部屋で、唯一整頓されとるソファに座る。
「お、その子達が前に言ってた協力者さんですか?」
「そうさ、この機会に君にも知っておいてもらった方が後々良いと思ってね」
事務所には知らへん男が一人おった。
大学生くらいに見えるし事務所所長の親父さんやないやろう。ラフな格好で壁際の席に着きキーボードを叩いとる。
「紹介しよう。彼がプレイヤーキラーに襲われた被害者にして助手見習いの三葛一始君だよ」
「あのにっくきプレイヤーキラーに立ち向かってくれたんだってね、ありがとう、礼を言うよ」
こっちを向いた三葛はにこやかな表情でそう言ったのだった。




