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3 方針

 ユーラシア大陸東端のとある島国。ていうか日本。


『戻ったか(あるじ)よ』

「戻ったよ先代様」


 地球上に存在する全ての異物を消滅させた僕は、とあるビルの屋上に戻ってきた。

 そこで待っていたのは宙に浮かぶ炎。

 ゆらゆらと揺れながら境内を照らしていて、警備員なんかが通りがかったら心霊現象と思われること間違いなしである。


「不調はなさそうだね」

『うむ、意識の消滅は免れそうじゃ。お主には感謝せねばなるまい』


 この人魂みたいな炎は、死にかけていた先代の地球の〔(アステロン)〕だ。

 僕が〔(アステロン)〕になったあの時、先代の〔(アルケー)〕は既に崩壊を始めていて、修復は不可能だった。

 だから〔眷属(アコルトス)〕にして先代の精神を保護することを選んだんだ。


 紛らわしいことだけど、〔(アルケー)〕と精神は同一じゃない。

 絶大な力を持つ〔(アステロン)〕の〔(アルケー)〕は修復できないけど、その中から精神を掬い取り、〔眷属(アコルトス)〕の〔(アルケー)〕として再構築することは不可能とは言えない。


 〔(アステロン)〕の力は完全に失われちゃったけど、()格だけは移し替えることには成功した。

 目覚めてそのことを知り一息ついた僕は、地球上に他にもあの黒い罅があることを知り、余計な被害が出る前にと駆除をして今に至る。


「それじゃあ改めて聞かせてよ。地球を侵蝕して来てるアレらのことを」

『正直なところ儂も全容は掴めておらぬが……一言で表すならば、あれはセカイの成れの果てじゃな』

「成れの果て?」

『然り。(あるじ)も〔(アステロン)〕として目醒めたのじゃから()っておろう、〔神〕(我ら)と〔星界(せかい)〕の関係を』

「まあ多少はね」


 星に生命体が誕生するとやがて星そのものに〔(アルケー)〕が宿る。それこそが〔(アステロン)〕。つまりは星の化身である。

 そして〔(アステロン)〕が生まれた星は宇宙に浮かぶ土塊ではなく、一つの『世界』として確立される。

 この(世界)が〔星界(ガイア)〕だ。


「あぁ成程、黒い罅や空の黒いのはどっかの〔星界(ガイア)〕の一部って訳だ。んでもその星の〔(アステロン)〕は何してんのさ」

『取り込まれておる。直に相対したがアレからは微かながら〔(アステロン)〕の気配を感じた』

「…………マジ? 〔(アステロン)〕って星と同義だよ? それを取り込める奴なんて……」

『稀にじゃが理を外れし者も生まれる。無論、それだけでは〔(アステロン)〕には及ばぬが……余程巡り合わせが悪かったのじゃろうな。此度の厄災は下剋上を果たし、〔星界(ガイア)〕ごと取り込むことで飛躍的に力を高めた。儂にすら比肩する程にの』

「比肩って言うか凌駕じゃない? ボコられてんだし」

『比肩する程にの』


 力強く繰り返された。


『実際のぅ、儂とてむざむざ瀕死にされた訳ではないのじゃ。疑問に思わなんだか? 〔星界(ガイア)〕が無数の欠片と化しておる理由を。あれは儂の攻撃の成果じゃ。惜しくも押し負けてしもうたが、彼奴(あやつ)の力の総量は大きく減じておる』

「黒い罅って元は全部一つだったんだ……」


 小分けにされた今でも面倒に感じるけど、一塊ならば脅威度は格段に上だ。

 〔星界(ガイア)〕複数個分に匹敵するそれを砕いたのなら、先代の力はかなりのものだったのだろう。

 少なくとも今の僕とは桁が違う。


『状況は理解できたかの? (あるじ)が為すべきは外界より飛来した『厄災』……その討伐じゃ。取り分け本体は地上に触れることすら許してはならぬ。お主にも視えよう、あの一切の光を持たぬ漆黒が』

「うん。確かにとんでもなく強そうだ。ていうかアレに勝てるの?」

『今の(あるじ)には難しかろうが、なに、案ずることはない。儂の〔司統概念(アリティア)〕で〔(アステロン)〕にはしたがまだ覚醒は不完全。これから力をその身に慣らせば一端(いっぱし)の〔(アステロン)〕に成れよう』


 あっ、僕が〔(アステロン)〕になったのって〔司統概念(アリティア)〕でだったんだ。

 〔司統概念(アリティア)〕は〔(アステロン)〕ごとに種々様々だ。

 再現性があるならもっと適した人を僕の代わりに〔(アステロン)〕に……なんて考えてたけど、先代の〔司統概念(アリティア)〕は失われちゃったし難しそうだね。


 これは本格的に頑張らなきゃならなそうだ。

 〔(アステロン)〕は個()主義だし、何より星の化身だから遥か彼方の〔星界(ガイア)〕にはおいそれと干渉は出来ない。

 救援は望めない。


『それから(くだん)の厄災じゃが、到達にはもうしばし時間を要す。儂がある程度押し返したのもあるが、彼奴(あやつ)は自身の器を越えて力を取り込んだが故に鈍重化しておる。短く見積もっても向こう四半世紀は安泰じゃろう』

「え、そんなにあるんだ」


 しばし、なんて形容できる長さじゃあない気もするけど、純正の神様はスケールが凄いや。


『さりとて時間は無駄には出来んぞ。お主には千日以内に一()前の〔(アステロン)〕になってもらわねば困る』

「地球も放ったらかしにはできないしね」


 〔(アステロン)〕の死んだ星には色々と不都合が起こる。

 地球には独自法則がないから影響は少ないけど、それでもゼロじゃない。二、三年以内に僕が星の手綱を握らないと。


『喫緊の課題はこれじゃ。まずは〔(アステロン)〕として完成せよ。地上には厄災の小破片が降り注ぐであろうが……なに、心配はいらぬ。先程は肩慣らしに丁度良いと掃討を買って出てくれたが、破片如きに儂の〔星界(ガイア)〕は砕かれぬ』


 あの黒い罅の中にある謎の空間は、元となった〔星界(ガイア)〕の破片だ。

 放置すると内部の空間が溢れ地球を侵蝕したり、化け物が湧き出したりするけれど〔星界(ガイア)〕が脅かされることはない。


『外来種共に我が星の生命体を食い荒らされるのは業腹じゃが、お主さえ無事であれば地球はいくらでも立て直せる。今は修練を積み力を高めるのじゃ』

「だね」


 短く首肯する。

 やたら数の多い小破片から化け物が溢れれば人も動物もそこそこの確率で絶滅するだろうけどそれだけだ(・・・・・)

 〔(アステロン)〕の誕生には生物が必要でも、維持にはそうじゃない。地上から生物が消えても〔(アステロン)〕に影響はない。


 だからノープロブレムだ。


「……ん?」


 ふと、些細な引っ掛かりを覚えた。

 正しいはずなのに。喉に小骨の刺さったような違和感がある。


「…………??」


 何かとんでもない見落としがあるのではないか。そんな不安に駆られ自分の思考を顧みる。

 地球存続のため生物達への被害には目を瞑る。極めて手堅い考えだ。

 〔(アステロン)〕として何ら間違ったことは──、


「──いや半分は人間だよ、僕。さすがにこのまま見捨てるのは難しいな……」

『なんじゃ、定命らを救いたいのかの? 〔(アステロン)〕の力で? 地上への過干渉は〔(アステロン)〕の本能が咎めように』

「それはそうなんだけど……」


 〔(アステロン)〕は地上の一種族などに(かかず)らってはならない。

 その絶大なる力は〔星界(ガイア)〕の運営にのみ割くべきだ、と〔(アステロン)〕の感覚は告げているけど……人として生きて来た二十年弱の経験が、それに待ったをかけている。


 あの火災から救い出された記憶が、〔(アステロン)〕としての正道を僅かながらに歪めている。


「──よし、こうしよう」


 熟考の末、パチンと指を鳴らす。〔司統概念(アリティア)〕を行使した。

 それを見た先代が不思議そうに訊ねる。


『これは何じゃ?』

「「アバターだよ」」


 返答は二重。どちらも僕の声。

 右腕がホログラムな〔(アステロン)〕としての僕の隣に、普通の肉体を持った僕の姿が現れていた。


「「僕の三つある〔司統概念(アリティア)〕の内の一つ、〔録〕。そいつで人間時代の肉体情報を引き出して再現したんだ。人間の僕は謂わば端末とか子機だね。情報送信だけじゃなく〔司統概念(アリティア)〕も媒介できるけど出力は第五階梯まで抑えるし、これくらい弱い力なら人間のために動くのにも忌避感はないよ」」

『ふうむ……まあお主が良いのであればそうするがいい。(あるじ)の決定に異は唱えぬ』

「「やったね」」

『ええい喧しい、同時に話すでないわ』


 窘められてしまった。

 仕方がないのでアバターの口を動かして喋る。


「じゃあそういう訳だから(アバター)は行くね。地球掌握の手助けは何もできないし」

『うむ。儂も話し合いを終えたらそちらに合流しよう。微力すら残らぬ有様じゃが、雑用程度なら熟せよう』

「う、うん、その時はよろしく」


 人魂に任せる仕事はあるだろうか。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、(アバター)はビルの屋上から飛び降りたのだった。



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