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28 明谷錬(中編)

「やあやあやあ、しばらく振りだねお二人さん。今回は承諾してくれてありがとう」


 渓谷のダンジョンを訪れたワシと龍治に、プレイヤー共通の戦闘服を身に付けた推川がやけにフレンドリーに話しかけて来よった。


「改めまして自己紹介を。ぼくは推川(すいかわ)智聡(ちさと)。今日はよろしくね。そしてこっちは」

遠峰(とおみね)歌撫(かなで)よ。眼竜君とは合同攻略イベント以来ね、お久しぶり」

「SNSで連絡取り合ってたしそんな久しい感じはないっすけどね」


 推川は少女を同伴させとった。

 歳はワシらと同じくらいで、艶やかな黒髪が目を引く。


 遠峰と推川は元々知り合いで、龍治が推川と知り()うたのも遠峰経由でやそう。


「本当ならあと二人呼びたいプレイヤーが居たんだけど片方は受験で、他方は別動隊として動いてもらってるんだよね」

「別動隊って……本命(・・)の方でか?」

「そうだよ。彼の能力ならプレイヤーキラーがランク四でも逃げ切れるはずだからね。まあそこまでの強者って可能性は低いけど」


 被害者の証言から、プレイヤーキラーのランクは一か二やって推測されとる。

 最初の被害者が出てからまだひと月も経ってないし、最悪でもランク三を想定しておけばいいってのが推川の主張やった。


「まあこれ以上こっちに人数おってもしゃあないか。遭遇できるかも分からへんし。まずはワシらもここの攻略して合流せなな」


 プレイヤーキラーへの警戒はもちろんせなアカン。

 やけどテキトーに選んだこのダンジョンで出くわす確率は限りなく低い。

 このダンジョンに来た目的は顔合わせと、連携の確認のためや。本命(・・)は別にある。


 あちらこちらに大岩の転がる、草木一本生えとらん渓谷を見渡す。

 道は前後に伸びとるけど、フロアボスのアテはない。


「それなのだけれど、あちらの方から一際大きな駆動音が聞こえるわ。それがボスではないかしら。ここのモンスターはゴーレムでしょう?」

「ワシには何も聞こえへんけど……それが遠峰さんの先天スキルの──」

「そう、【サウンドトリック】よ。直接戦闘には不向きだけれど索敵は任せてちょうだい」


 音を感知したり、増減させたり、別の場所に響かせたり出来る遠峰の先天スキルに従って、ワシらは渓谷を進む。

 少しして岩の陰から一体のモンスターが姿を見せた。

 その姿は巨岩を粗い人型に削ったかのよう。


 身長は人間くらいやけど腕は直立状態でも地面に着くほど長いし、太さも土管くらいある。

 胴体は樽みたいにずんぐりしとってなかなか耐久性がありそうや。


 このモンスターの名前はゴーレム。

 フロアボスと同じ種族や。


「まずはワシからやな」


 木の棍棒を担いで前に出る。

 ゴーレムは(のろ)い反面、腕力値と防力値が高いてニャビは言うてた。

 岩石の肉体に守られた頭部のコアを破壊せな倒せんのやから、ランク一の中でも厄介な部類のモンスターやろうな。


「ま、関係あらへんけど」


 適度に脱力して軽やかに駆け出す。

 ギュリギュリと岩同士が擦れるような音を立てながら、ゴーレムは腕を振り上げた。


 ワシは棍棒を強く握り直し、固い地面を(しか)と踏み締め、真正面から拳を迎え撃つ。


「【ゴールドシフト】ォ!」


 激突の寸前、木の棍棒に染み込ませたワシの【魔力】が棍棒を変異させた。

 材質が一瞬にして黄金となり、重量が大幅に増加する。


 せやけど振り抜いた速度はそのまんま。

 高速で迫る黄金を殴ればどうなるかは自明。ゴーレムの拳は派手な音と共に砕け散った。


「解除、そんでもっかい【ゴールドシフト】ッ!」


 黄金化を解いて軽くした棍棒を頭上に構え、振り下ろすと同時に再び先天スキルを発動。

 腕を砕かれた衝撃でよろめいとったゴーレムは防御すらも出来ず、頭を砕かれ沈黙した。


「どや、これがワシの【ゴールドシフト】や。触れとるもんを一時的に黄金に変えられる。変えとる間は【魔力】を消費するから要所要所で使わなアカンけどな」


 捻じ曲がった棍棒をダンジョンクエストのストレージに仕舞いながら言う。

 純金は柔らかい金属や。ワシのスキルが作るんは純金よりかは硬い黄金らしいけど、それでも鋼鉄の足元にも及ばん。

 やから武器は頻繁に変える必要がある。


 その点ダンジョンクエストは便利やな。

 コイン一枚で木の棍棒が買えるしストックもいくらでも出来る。戦闘中やと操作し辛いけども。


「それじゃあ次はぼくの番だね」


 推川がワシの前に進み出る。

 さっきの戦闘音を聞きつけたんか、曲がり角の向こうからゴーレム達が向かって来とった。今度は四体の集団や。


「と言っても、ぼくの戦法に特異なものは何一つとして無いのだけどね」


 杖を片手に推川は駆け出した。

 杖自体は何の変哲もない、シンプルな木製の物や。やけどワシらプレイヤーにとってはそれでも充分な武器になる。


「<魔刃>」


 杖の先端より【魔力】の刃が展開される。

 <魔刃>は素手でも使えるけど、杖とかの長物を利用すればリーチを伸ばせるんや……なんて、この小技を教えてくれたんは推川なんやけど。


 短めの薙刀みたいになった杖を使い、推川はゴーレム達を撫で斬りにして行く。

 渓谷の足場の悪さを物ともしてへん。一目で素人やないと分かる鋭い斬撃が閃くたび、ゴーレムの岩の肉体が切断される。


「ふぅ、ランク一モンスターならこんなものだね」

「えらい堂に入っとる動きやな」

「剣道を習ってたんすか?」

「いいや、ぼくが習っていたのはバリツさ」


 チッチッチッ、と腹の立つ仕草で指を振りながら推川は言う。


「バリツってなんや?」

「柔術と杖術を軸にいくつかの格闘術を織り込んだ、探偵専用の武術さ。ぼくも父さんから手解きを受けていてね、護身術レベルで扱えるよ」

「はぁ、探偵専用の武術すか。そんなのもあるんですね」

「本気にしちゃ駄目よ二人とも。バリツは架空の武術で、智聡(ちさと)のお父さんが勝手に名前を使ってるだけだから」


 遠峰が溜息を吐きながら教えてくれた。

 こんな堂々嘘つけるんやったら、探偵より詐欺師の方が向いとるんやないか?


 それから何度か戦闘を挟み、ボスを発見する。

 向かいからのっそり歩いてきたそいつは、他のゴーレムに倍近い背丈(タッパ)があった。

 しかもその体を構成するんは黄色がかった赤褐色の金属。


「あれは……恐らく青銅かな?」

「何言うてるんや? 全然青くないやん」

「……青銅は青色じゃないよ?」

「はあ? もう騙されへんで。歴史の教科書に載っとった写真でも緑青色やったやんけ」

「いや、錬。それは経年劣化の結果だ。酸化する前の青銅は含有量にもよるが赤銅色のはずだ」

「…………ホンマに?」


 気を取り直してボスゴーレムの方に視線をやる。

 アイツの背後には手下っぽい通常のゴーレムをぞろぞろおって、ボスを守ろうとするみたく前方に布陣しよった。


「んんッ。じゃあ俺は予定通り取り巻きだけ倒しますんで。【ワイルドハント】」


 べらぼうな量の【魔力】が龍治の掌中に集い、一瞬にして爆ぜた。

 耳を劈く風音。

 それと同時、手下のゴーレム達の体に風穴が空いた。


「凄まじいな、さすがランク三だ」

「どや、龍治が本気出したらこないなもんやないで」

「どうして明谷(あけたに)さんが誇らしげなのかしら……?」


 それからはワシと推川でダンジョンボスをボコった。

 三メートル超えの巨体の攻撃力やリーチは凄かったけど、それだけ。

 動きもトロいしランク二プレイヤー二人でなら危なげなく討伐できた。


 道中で少しずつ進めとった連携の最終確認も出来たし、肩慣らしはこれでバッチシ。

 いよいよ次は本命のダンジョンや。



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