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27 プレイヤーキラーの噂

 ニャビとかいう猫モドキの勧誘を受け、ワシがプレイヤーになってから一週間くらい経ったある日の部活終わり。

 日の暮れた帰り道を龍治と二人で歩いている時やった。


「やあ明谷(れん)君に龍治(りゅうじ)君。ダンジョン探索は順調かい?」

「「っ」」


 街灯と街灯の間の暗闇。そこから声が響いて来よった。

 声の主の背格好は分からんけど声質からして女。


 能力抑制機能を解除しながら、ワシは龍治を庇うように一歩前に出る。

 相手は十中八九プレイヤー、荒事になってもペナルティのある龍治は戦えへん。


「おっと、そんなに警戒しないでくれたまえ。ぼくは推川(すいかわ)智聡(ちさと)。怪しい者じゃないよ、探偵さ」


 言いながら数歩下がった女の姿が街灯の光に明かされる。

 鹿撃ち帽にトレンチコートっちゅう探偵のイメージそのまんまな恰好のそいつは、右手でスマホを取り出した。そこからにゅっと飛び出したのは見慣れた猫モドキ、ニャビ。


「そして同じプレイヤーでもある」

「にゃにゃにゃん」

「龍治君には今更かもだけどね」

「……どうやって俺の居場所を特定したんすか?」

「知り合いなんか? 龍治」

「SNSで何度かやり取りをした」


 聞けば、龍治がイベントで知り合ったっちゅうプレイヤーの、さらにその知り合いがこの推川らしい。


「少し前に通話をしただろう? リアルで会うのはリスクがあるけど、声を交わした方がやり取りがスムーズだ、と」

「……そうですね」

「その時に独特な音楽が聞こえたんだ。時間帯からして夕方のチャイムなんだろうけど、寡聞にしてぼくはその曲を知らなくてね。それで調べてみたらその楽曲をチャイムに使用している自治体は非常に限られていた」


 そこから喋り方のアクセントなんかで大まかな当たりを付けて、後は<索敵>を使って地道な捜査さ、と推川は得意げに語った。


 なるほどなぁ。<索敵>は強い奴ほど気配が濃いて龍治は言うてた。

 隠形の得意なモンスターは実力の割に気配が薄かったりもするらしいけど、ワシらはその例には当てはまらんし、<索敵>使いにはプレイヤーやって丸分かりなんかもしれへんな。


「理由は分かりました。それで……」


 龍治が照準するように右腕を突き出したのを、肩越しに見る。普段よりも一層目つきが険しい。


「どうして俺達の前に出てきたんすか? 返答次第では俺も能力抑制を解除しますよ」

「ブラフだね。龍治君、君は能力抑制を解除できないんだろう?」

「…………」


 息を呑む。なんでこの探偵は龍治だけペナルティを課されとるって分かったんや。

 <生物鑑定>を使(つこ)うたってペナルティの有無は分からへんはず。

 それに能力抑制をしとったんはワシも同じやのに。


「いいね、錬君! そういうリアクションをしてくれると探偵やってるって実感が湧いて来るよ。龍治君も少しは表情を動かしたらどうだい?」

「…………」

「……まあ、種明かしをすると普通に先天スキルだね。【トゥルースゲート】。相手が嘘を吐いているかを判定するっていう身も蓋もない能力さ」


 シカトされたのが堪えたんか、聞いてもないのに探偵は秘密を明かした。

 龍治、ただでさえ目つき悪いのに睨むとめっちゃ怖いんや。気持ちは分かるで。


「さっきの質問にも答えよう。ぼくが姿を見せた理由は一つ、君達が信用できると判断したからさ」

「信用?」

「そうさ。実を言うとここ一週間ほど君達を観察していてね。少なくとも無闇に他人を傷つけたりはしないってことが分かった。だからぼくの先天スキルも明かしたのさ、最低限の誠意としてね」


 いきなり自身の先天スキルを話し出したのは龍治にビビったからだけやなかったらしい。


「そしてここからが本題だ。君たちはプレイヤーキラーの存在は知っているかな?」


 真剣味を増した声で尋ねられたそれは、オンラインゲームなんかで使われとる用語のはずや。

 他のプレイヤーを襲うプレイヤーのことで、ゲームによっちゃあ厄介者として嫌われとるって聞いた。


 でもいきなりゲームの話を始める訳ないし……まさか。


「なんや、ダンジョンに殺人鬼がおる言うんやないやろな」

「ぼくとしても遺憾だが、そのまさかだよ。ある筋からの情報でね、プレイヤーを襲う人間が出たそうだ」

「ある筋ってなんやねん。そいつは信じられるんか?」

「すまないが情報源は明かせない。そういう約束になっていてね。だが【トゥルースゲート】で

裏付けされた確かな証言とだけは言っておこう」


 龍治が眉を顰める。


「プレイヤーの中に人殺しが紛れているんですか」

「プレイヤーかは分からないな。人型のモンスターかもしれないし、あるいはアプリ無しでもダンジョンに入る手段があるのかもしれない。私が話を聞いたプレイヤーによると、クロークと覆面で顔はおろか肌や髪すら見えなかったらしいからね」

「ちゅうか禁則事項があるんやからプレイヤーは犯人ちゃうんやないか?」

「断定は出来ないよ。君達だってこのアプリやゲームマスターを全面的に信じてる訳じゃあないだろう?」


 そうやな。

 ダンジョンクエストには不審な点が多すぎる。姿を見せもせんゲームマスターもそうや。

 裏で人殺し専門のプレイヤーを招いとっても不思議やない。


「全く、失礼にゃん。他のプレイヤーを襲うプレイヤーなんて居ないにゃん」

「そう言えばニャビは全ての個体が同期しているって聞いたことがあるんですけど。ニャビを推川さんの先天スキルで調べれば真相が分かるんじゃないすか?」

「それがだね、ニャビには私のスキルが通じないんだよ。発動はしているのに反応が判然としない。モザイク越しで物を見る感覚に近いかな?」

「秘匿されている、と? ニャビかゲームマスターの能力ですかね」

「さあね。実力差があり過ぎて無効化されているのかもしれないし、今の段階では憶測にしかならないよ」


 実力差……。確か<生物鑑定>みたい情報系スキルは格上には効果が薄れる、って詳細欄に書いとったな。

 <索敵>なんかは逆に強い奴ほど気配を察知しやすいそうやけど。


「事情は粗方分かりました。俺達の素性を探っていたのも、プレイヤーキラーでないことを確かめるためだったんですね」

「あぁそうさ。事件解決に繋がる証拠をよりによって真犯人に見せてしまってバッサリやられる、なんて名探偵の役回りじゃあないからね。それに協力を申し出る相手なんだ、信用できるかくらい調べたい」

「協力やって?」

「まだ言っていなかったね。どうだろう、プレイヤーキラーを一緒に探し出し、捕縛してはみないかい?」


 ……まあ、妥当な要請やな。

 モンスターだ手一杯一杯やのに、ワシらを狙う人間が野放しになっとるんやったらおちおちダンジョン探索なんかやっとられん。


 排除のために、信用できるて判断したワシらと組むんは当然のことや。

 問題は、ワシらからするとこの推川を信用する判断材料がないことやけど。


「分かりました。協力するかは話し合ってから決めます。数日中にはDM(ダイレクトメール)送りますんで」

「そうかい。じゃあ今夜はそろそろお(いとま)しようかな。色よい返事を待ってるよ」


 くるりと背を向け右手をひらひらさせながら推川は夜の闇へと消えて行った。

 緊張で強張っとった体が弛緩する。ワシらは顔を見合わせた。


「……どないする?」

「……俺は協力すべきだと思う」

「あの話信じたんか?」

「まだ半信半疑だ。けどもし真実(マジ)なら放置は不味いだろ。それに危害を加えるつもりならわざわざ俺達の前に姿を見せたりしないはずだ」


 ダンジョン内で襲った方がいい理由があるのかもしれないけど、と龍治は補足する。

 可能性を挙げたらキリがないから、どうせなら飛び込んでやれっちゅう訳か。


「ワシもそれでええ。人間にしろモンスターにしろ危ない奴は放っとけんわ。せやけどタイミングは考えなあかんな」

「だな。ひとまずは錬がランク二になるくらいを目安にするか」


 相手の戦力が分からへんとは言え、無限に準備出来る訳やない。

 龍治がランク四に上がれるのはまだまだ先になりそうやし、ワシのランク二到達くらいがええ塩梅やろ。


「そうと決まれば今日もダンジョンだな。先に行って体を回復させとく」

「おう、ワシも晩飯食ったらすぐ行くで」


 <自動治癒>で部活の疲労はすっかり癒えとる。

 三叉路で別れ、ワシは帰路を小走りで駆け抜けた。



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