24 観戦席
「はっはっは、しっかりやらかしてくれたね」
いつもの神社のモニタールームで、僕は乾いた笑い声を上げる。
想定してたとは言えここまで直球で暴れられると痛快だ。
「その口振り、あの竜巻は誰かの先天スキルなのか?」
「あぁ、そういや加賀美さんには参加者のデータ渡してなかったっけ」
なお、観戦には加賀美さんも同席している。
いずれ同僚になるだろう人達の顔見せのためだね。
そういう訳で、モニターに映されているのはどれも合同攻略イベントinジャパンの様子である。
そして彼女が言及したのは正面モニター、兎田颯斗君の映像に映りこんだ滅紫の竜巻のことだ。
「アレを引き起こしたのは【カーソルカース】。【魔力】を呪素っていう粒子に変換して操るスキルさ」
「呪素か、聞くだに有害そうな名前だな」
「その通り、呪素は生物にも無生物にも有害なパーフェクト害悪粒子だよ。少量でも全般的なスペック低下を招くし、被曝量が増えるごとに生物は衰弱し、金属は錆び付き、植物は朽ちて行く」
「ならばあの竜巻などに巻き込まれては一溜まりもないだろうな」
彼女の言葉に頷くかのように、画面の中の枝は垂れ葉は枯れ果てて行った。
栄養豊富な腐葉土すらも竜巻の過ぎた後には干乾びる。
存在を認識したモンスター達が本能に従って突撃し、瞬く間に死に絶えた。
「まさかこの短期間でランク三……いや四になったのか?」
「ううん、まだ二だよ。そう疑っちゃう気持ちも分かるけどね」
何せ規模が規模だ。
正攻法でこんな現象を引き起こせるスキルは、ランク三でも一握り。
「彼奴の出力の絡繰りは制御の放棄じゃ。誰しもが無意識に掛けておるリミッターを外し、スキルを半ば暴走させることで自身の許容量を遥かに上回る力を振るっておる」
あの『厄災』めに類似した手法じゃな、と忌々し気にアースは呟く。
「補足すると呪素の性質に依るところも大きいんだけどね。呪素は憑り付いた生物が死ぬと、散逸する〔魂〕を喰らって一気に増殖するんだ」
「……なるほど、それで発動が遅れたのか」
「さっすが理解が早いね。そう、桜口君はずっと下準備をしていたのさ」
【カーソルカース】の持ち主、桜口兄太君がこのイベントで最初に行ったのは生贄集めだ。
大きな音を立てたり匂い袋──ショップで買えるモンスター引き寄せアイテム──を使ったりしてモンスターを集め、そいつらを呪素に曝露させて身動きを封じる。
殺してしまわないよう呪素の量を調整しながら瀕死のモンスターをどんどん増やして行き、充分な量に達したところで一斉に呪殺。
結果、呪素が爆発的に膨れ上がり周囲に充満した。
その莫大な量の呪素を全て操ろうとしたらそれこそランク四相当の力が要るけど、桜口君は呪素の外郭だけを操って渦状の『流れ』を全体に与えた。
それはさながら呪素の台風。桜口君を“目”として旋回しながら、暴風圏に入った全てを侵蝕する。
「いやはや常套手段なだけあって手慣れてるよね」
「こんな七面倒なことをいつもやっているのか、桜口とやらは?」
「ダンジョンに潜る理由も人それぞれだからね。彼の場合は受験勉強の気晴らしにモンスターを蹴散らしてるんだ。その観点で行くとこの竜巻は理に適ってる。大概のモンスターには逃げるって発想がないからこうやって目立てば夏の虫みたく寄って来るし」
「だが禁則事項があるだろう? うっかり他プレイヤーを巻き込むのが怖くないのか、こいつは」
「あぁ、それはね……」
僕が理由を告げようとしたその時、イベントに大きな動きがあった。
「おっと、別の組がボスと接触したみたいだ。取りあえずそっちをフォーカスするね」
「どの組だ?」
モニターが切り替わる。
呪素竜巻から山を二つ越えた峡谷に、彼らは居た。
節くれだった長大な体と、目も鼻もなく顔の八割ほどが円形の大口になっているのが特徴のダンジョンボス、竜咆界の鼻つまみ者、ワーム。
巨体をのたくらせる様は列車が暴れ回っているかのよう。
円筒形の体型、それから体色が茶色なことも合わせるとその姿は、
「なんかちょっと竹輪っぽくない?」
「主よ、ついに乱心したか?」
「全然ぽくないぞ、細部が全く似てないし竹輪はあんなウネウネ動かない。あとこんなグロテスクな奴を食べ物に例えるんじゃない。食べる時に思い出したらどうしてくれる」
ちくわームって名前にしようかと思ったけどめっちゃ不評だし黙っとこう。
さて気を取り直して、その強力なランク三ボスに相対するのは三人のプレイヤーだ。
まず一人目。
人を一飲みに出来そうなワームに接近戦を挑み、徒手空拳で渡り合う巌のような体躯の青年。
ワームの巨体を活かした攻撃を掻い潜り、徒手空拳で<重打>を叩き込んでいる。
「……この男こそはランク三だろう?」
「残念、まだランク二だよ。先天スキルはただの硬化で、筋力アップとかじゃあない。あの動きは身体と技術由来のものさ。古武術使いなんだよ、彼」
古武術を継承する一族に生まれ、幼い頃から過酷な修練を課され、類い稀なる武の才によって齢十八にしてその全てを血肉とした。
世界を見渡しても右に出る者が居ないレベルの戦闘適性値は、対人武術のモンスターへの応用を可能としている。
「プレイヤーになる前からヒグマを倒してるんだよね、ヤバくない?」
「よくそんな奴見つけたな。というか居たな」
「世界って広いよね。僕も下調べで境遇知ったとき思わず二度見しちゃったもん」
そんな環境の人物でもスマホを持っているのだから現代文明は偉大だ。
そうして古武術使いに気を取られたワームの側頭部が、突如として爆ぜた。
分厚い皮膚にドリルで穿ったような捩じれた穴が開き、緑色の血が噴き出す。
「これはさっきから木々の間を駆け回っている奴のスキルか」
「そ、風の銃弾を飛ばす先天スキルだね。単純な威力なら宗像君の打撃以上だ」
こっちは普通の高校生だったんだけど、スキル資質値の高さを買って採用した。
絶えず動き続けてワームの意識を攪乱。隙を見ては風弾を食らわせワームが古武術使いに集中できないようにしている。
元野球部だけあって仲間との連携が上手いね。
『左後ろ、五十メートルから新手が二体よ。ランクはどっちも一、任せるわ』
『了解っす、倒しときます』
そして男二人を支えるのが三人目の少女。音に関する先天スキルの使い手で、物音から生物を探知したり自分の声を遠隔地点に響かせたりできる。
近づいて来た敵を風弾使いに知らせ、ボス戦に邪魔が入らないようにするのが今の役割だ。
三人を引き合わせたのも彼女の功績である。
先天スキルで居場所を把握し、危険を承知で見知らぬプレイヤーに接触した勇気。それがあってこの共同戦線は実現した。
「即興チームとは思えないほど安定しているな」
「前衛と後衛と支援役でバランスが取れてるのが良かったのかな」
「さすがは主の選んだ精鋭と言うべきかのう。ランクの差をこれほど容易に埋めるとは」
皆でそう評価する。
この調子ならボス戦は危なげなく終わるだろう。
「それにしても全体的に若年層が多いんだな」
「まあ肉体の問題を差し引いても社会人は柵とか色々あるから……。それにモンスター退治って普通に危険で飛び込むのには無謀さが要るし。第一陣は参加確率が高そうな人を特に優先的に選んだんだ」
加えて、地位が上がって責任なんかが増えると『正しさ』が曖昧化するしね。
普段は異能を悪用しないだけの善性を持っていたとしても、自分の運営する会社が倒産しかけたらどうだろう。
せめて社員達の再就職先を探す猶予を、と魔が差すこともあるかもしれない。
だからこそ責任を背負っていない若者が多めに採用されてる面もある。
「「あ」」
「ん? アースも三葛君もどうした?」
そんな採用基準について話し合っていた僕らだったけど、そこでトラブルが起きた。
「こーゆーこと。全く、ポンコツ探偵だね……」
映像をボス戦から切り替える。
そこに映っていたのは仰向けになって目を回す、防具の上から鹿撃ち帽を被った女性の姿。
「呪素竜巻に気を取られて足を滑らせ、崖から落ちたようじゃな」
「それは運がなかったな……しかし無事なのか? 頭から血が流れているが」
「命に別状はない。ヘルメットがあるから軽い脳震盪で済んでおるし、<自動治癒>で傷もすぐ塞がる。じゃがじきにダンジョンクエストの緊急脱出機能が働くじゃろうな」
このままだと死ぬとニャビが判断した場合、緊急脱出機能が勝手に作動し強制的にダンジョンから排出される。
なのでプレイヤーが死ぬってことはほぼほぼ有り得ない。
ダンジョンへの緊張感や真剣さを損ないそうだからプレイヤーには伏せているけどね。
そのニャビはちょうど気絶の程度と他のモンスターに襲われる危険性を天秤に掛け、緊急脱出させる判断を──、
「──いや、ちょっと待って。もう少しこのままで」
主人として権限でその緊急脱出を中止させる。
「どうしんだい?」
「いやね、ちょうどいい『切っ掛け』になりそうだからさ」
呪素竜巻から逃げる途中で、探偵の悲鳴を聞いた彼は進路をそちらへ変えた。
そして見つけた。このままでは呪素竜巻に吞まれかねない、自分以外のプレイヤーを。
「はてさて、君はどうする?」
背後から呪素竜巻が迫る中。兎田颯斗君は重傷者を前に立ち竦んでいた。




