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23 兎田颯斗(中編)

「<空歩>、<魔刃>」

「クェエエエエエエっっ」


 人間を文字通り鷲掴みに出来そうな怪鳥が片翼を斬られて墜落する。

 何もない場所を踏んで跳べるスキル<空歩>は【エスケープスコープ】との相性が抜群だった。


 もう一度<空歩>を使って空中ジャンプし、落下の勢いを乗せた<魔刃>で怪鳥を真っ二つにする。


「これで攻略完了だな」

「お疲れ様にゃん。でも油断は禁物にゃん。ダンジョンボスを倒しても他のモンスターはまだ生きてるにゃん」

「分かってる。俺がいくつダンジョンを攻略したと思ってるんだ」


 あの終業式の日から二週間、毎日何時間もダンジョンに入り浸っている俺だ。今更そんな初歩的なミスはしない。

 やがてダンジョンボスがドロップアイテムに変わる。


 俺はズボンのカーゴポケットからスマホを取り出し、ドロップアイテムをダンジョンクエストのストレージ機能で回収した。

 そのまま脱出ボタンを押し、しばし待機しているとダンジョンから出られる。


 軽い浮遊感の後に降り立ったのは見慣れた自室のベッドの上。

 服装もダンジョン用装備から何の変哲もない部屋着に戻っている。


 ショップ機能で魔石や要らないドロップアイテムをコインに変換していると、ニャビが声を掛けて来る。


「そうそう、颯斗(はやと)に特別なイベントの招待が来てるにゃ」

「特別なイベント?」


 特別も何も、このゲーム──と言っていいかは分からないが──でイベントをするのは初じゃないか、と思いながら訊き返す。


「そうにゃ、巨大ダンジョンの合同攻略イベントにゃ。他のプレイヤー達と一緒にダンジョンを攻略するにゃ」


 メッセージ機能を開く。

 開催日は冬休み最終日となっていた。


 舞台となるのは単層型ダンジョン……一フロアしかないダンジョンらしい。

 ただし、その規模は広大。

 東京ドーム千個分ほどもあるフロアからダンジョンボスを探さなくてはならないと書いてある。


 ボスモンスターは例外なく独特な【魔力】を発しているから見つけやすいとは言え、骨が折れそうだ。


「正直地方民としちゃ東京ドームとか言われても分からないんだが」

「このダンジョンの広さは一辺十キロメートルの正方形と同じくらいにゃん」

「それは確かに広大だな」


 『ダンジョンの端』は灰色のベールのようなもので覆われていて、遠目にもそこが終端だと分かる。

 見晴らしのいいダンジョンでは全貌を見渡せたりもするのだが、そういったダンジョンはどれも大体半径一キロから二キロメートルくらいだった。


 <測量>は取っていないからただの目測だが大きく外れてはいないはず。

 それらと比べればイベントダンジョンの規格外さが分かろうというもの。


「だが懸念材料は広さより敵の強さだよな」


 今の俺の先天スキルはランク二。

 さっき難なくランク二ボスを倒せたように、同ランク相手なら優位に戦える。


 しかしランク三とは未だ交戦経験がない。

 ダンジョンクエストのセーフティ機能のせいで格上のモンスターが出るフロアには行けないからだ。


 まあ、セーフティがなくたって行きはしなかっただろうが。

 ランク一と二でも強さには結構な開きがある。

 チュートリアルならいざ知らず、自分の命が掛かる本物のダンジョンでそんな無謀な真似はしない。


 そしてイベントダンジョンに出現するモンスターのランクは一が多めで二が少々……しかしダンジョンボスだけはランク三とのこと。

 しかもこのボス、通常よりも能力の高い特殊な個体で、ランク三の中でも体格や【魔力】が頭抜けているという。


「(乗るべき、だよな)」


 口には出さず思考する。

 俺にとっては初見となるランク三モンスター。

 複数人で協力して挑めるならリスクも幾分減らせるし、それだけじゃあない。


 何よりの利点は他のプレイヤーと接触できること。

 一般人にダンジョンの情報を明かしてはいけないという禁則事項のため、SNSでの情報発信は不可能。


 ダンジョンクエストに他プレイヤーとコンタクトを取る機能はなく、『フレンド』は未だに一つも埋まっていない。

 駄目元でゲーム版ダンジョンクエストの攻略ウィキやSNSなんかを漁ることもあったが、現実のダンジョンに関する記述はゼロだった。


(こんな怪しいアプリ、単独で進めるのは明らかに危険だよな)


 ダンジョンの由来も、スキルの仕組みも、ゲームマスターの思惑も何も分からない。

 手探りで進むしかない以上、情報を共有できる同志は多い方がいい。


 それに俺の【エスケープスコープ】なら、もしプレイヤーに悪人が居ても致命的な事態は避けられるはず。

 禁則事項には『他プレイヤーへの危害』も含まれているため、人間への警戒は充分と言える。


「決定だ、俺はこのイベントに参加する」

「分かったにゃん! じゃあ手続きをしておくにゃん」


 それを聞いた俺は、スマホに視線を落とし次に挑むダンジョンをサーチし始めたのだった。




 その日からは以前にも増してダンジョン漬けの日々だった。と言うのも、冬休みの課題が終わったからだ。

 そして、イベント直前のステータスはこうなった。



/////////////////////////////////////////////////////////////////////

名前    兎田(とだ) 颯斗(はやと)

特殊状態  なし


 能力値

魔力保有量 52/52

腕力値   3

防力値   3

脚力値   5

免疫値   4


先天スキル エスケープスコープ Lank2.66

後天スキル 魔刃 Lank2

      空歩 Lank2

      魔盾 Lank2

      自動治癒 Lank1


スキルポイント 109

/////////////////////////////////////////////////////////////////////



 攻撃用の<魔刃>。機動力の<空歩>。範囲攻撃対策の<魔盾>。そして回復用の<自動治癒>。

 バランスの取れた組み合わせなんじゃないかと思っている。


 スキルポイント的にはあと一つスキルを取る余裕はあるがこれは保険だ。

 今のままでも充分に戦えるし、のっぴきならない事態に陥った時のため余らせている。


「イチ、ニッ、サン、シッ。ゴー、ロクッ、シチ、ハチッ……と」


 最後にググっと体を伸ばしてウォームアップを終わらせた。

 ニャビに言われてからダンジョンに行く前はいつも準備運動をするようにしている。


 チュートリアルの時なんかは酷かったが、いきなり激しい運動をすると体に負荷が掛かるからな。


「準備はいいかにゃ?」

「ああ」

「じゃあ時間にゃん。イベントスタートにゃん!」


 軽い浮遊感と共にイベントダンジョンへエントリーする。

 ふっと景色が切り替わり、最初に感じたのは湿気。

 ひんやりとした空気は冬のそれともまた違っていて、緑の匂いを多分に含んでる。


 そこは山岳地帯だった。

 うっすらと霞みがかった風景の向こうにいくつかの山々が見え、そのさらに向こうを灰色のベールが覆い隠している。


「他のプレイヤーはまだか……?」


 濃い紺色のコンバットスーツを擦りながら辺りを見回す。

 以前調べてみたのだが、この服は防弾ベストなんかに近い作りみたいだ。

 武装調整機能によって強化もでき、大量のコインを注ぎ込んだことで性能も向上している。


「開始地点はプレイヤーごとにランダムにゃん。待ってても他のプレイヤーが来る確率は低いにゃん」

「は? この広いフロアから味方を探さないといけないのか?」

「そうにゃん」


 それだったら合同攻略の意味がないだろう!

 叫びそうになった言葉をぐっと飲み込む。ダンジョンで大声はご法度だ。


 ……いや、合流するならいっそ大声を上げて探した方がいいのかもしれないが、先にランク三のボスと出くわしたら不味い。

 【エスケープスコープ】でも時間稼ぎすら難しい場合は緊急脱出機能を使うことになり、そうするとしばらくダンジョンへのエントリーに制限が掛かるのだ。


「まっ、ぼちぼち探すか」


 道もない山を登り始める。

 何のアテもないが、もしも同じ山にプレイヤーが居たなら下より上の方が会える確率は高いだろうと思ったからだ。山頂は一つしかないからな。


「<魔刃>」

「き、きぃ……」


 異様に尖った前歯を持つ、サッカーボールサイズのリスのモンスターを一歩横に動いて躱し、斬り捨てた。

 樹上からの奇襲でも【エスケープスコープ】は正確に逃げ道を提示してくれる。


 ドロップアイテムを回収して登山を再開。

 その後も何度かモンスターを倒し、山頂まであと一息、といったところで背筋を悪寒が伝う。


 ──特大級の【魔力】が遥か後方で吹き荒れた。


 振り向いて、絶句する。


「な、んだ、あれ……」


 僕の目に飛び込んで来たのは、濁った紫色の竜巻に山の木々を呑み込まれて行く光景だった。



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