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21 兎田颯斗(前編)

 ──強い力が欲しかった。


「いいかーお前ら、冬休みだからって怠けるんじゃないぞ。大学受験は二年からもう始まってるんだ。宿題だけ終わらせたらいいなんて考えずしっかり勉強しろよ」


 担任教師の実の無い長話と共に、ホームルームの時間が終わる。

 教師が出て行くのを後目(しりめ)に俺も荷物を鞄に詰め、席を立った。

 昨日までに教材や体操着は全て持ち帰っているから鞄は普段よりも軽い。


「やーっと終わったな、話長すぎ」

「マッジでそれな。てか喉渇いたんですけど」

「おい鈴木、飲み(もん)買ってこいよ」


 出口の近くの席からそんな会話が聞こえた。

 突然話しかけられた小太りな同級生はビクッと肩を震わせ、強引に渡されたお金を手に狼狽えている。


「ぼ、ぼく? で、でも、自販機あるの一階だし……」

「あのさー、俺ら部活あるから急いで欲しいんですけど」

「一分で戻って来いよ、遅れたら罰金だからな」

「わ、分か──」


 ピシャン。

 後ろ手にドアを閉めて雑音を遮る。

 早歩きで廊下を通って街中へ。通い慣れた帰路を行く。


 脳裏に蘇るのは教室での光景。

 別に、俺のクラスが特別酷い訳じゃない、はずだ。


 だってそうだろう?

 いじられキャラみたいなポジションの奴なんて大体どんな学校にも居る。口出ししたところで、ちょっとふざけてるだけ揶揄(からか)ってるだけ構ってやってるだけって言われたらそれまでだし、下手に注意して空気を悪くしてもいけない。それに鈴木君とはそれ程深い付き合いでもない。彼も変に庇われるのは好きじゃないかもしれない。大体、学年が上がればどうせクラスはバラバラになるんだしそれまでの辛抱だ。……あと、逆恨みされても面倒臭いし。俺だけじゃなく、同級生だって皆同じことを考えているはず。


 ……そんな誰にするでもない言い訳をグルグル考えながらも、ふと思う。

 あんな奴らを物ともしない力があれば、眼前の理不尽から目を逸らさずにいられるのに。


「……ん?」


 電車に乗り、無意識に開いていたスマホのホーム画面に一つ、見覚えのないアイコンがあった。

 アプリ名は『ダンジョンクエスト』。


 確か……何とかというVtuberが病的に推しているゲームだったはずだ。

 アプリなのにコンシューマーゲームと遜色ないクオリティや、全ての国の公用語に対応しているという無茶苦茶な翻訳体制などがネットで話題になっていた。


 入れた覚えはないが、以前、家族の入れたアプリが俺のスマホにもダウンロードされたことがあった。スマホの設定がそうなっていたのだとか。

 その時に設定は解除したはずだったが再発したのかもしれない。母さん達が仕事から戻ったら聞いてみるか。


「ただいまー」


 挨拶しながら家の戸を潜る。うちは共働きなのでこの時間は俺一人なんだけど。

 しっかり手洗いをしてから自室に戻って鞄を置き、そしてスマホがひとりでに光り出した。


「は?」


 ポケットの中にあっても布地越しに光って見える、通常では有り得ない光量。

 慌ててスマホを手に取った途端、奇怪な生物が飛び出して来た。


「うわっ」

「お帰りにゃん、兎田(とだ)颯斗(はやと)。君を素敵な冒険へ招待するにゃん」


 一方的にそう告げたのは二頭身の黒猫だった。

 もっと言うと猫の人形か。ファンシーにデフォルメされていて二本の足で立っている。

 そしてその姿は、幽霊みたくうっすらと透けていた。


「なっ!?」


 「何が起こっているんだ?」とか。「お前は何者なんだ?」とか。胸の奥から一気に言葉が溢れすぎて、喉でつっかえてしまう。

 それくらいに混乱したいた。

 何故ならば、俺がスマホの光に目を眩ませた一瞬の内に、俺の周囲の景色は一変していたからだ。


 何の変哲もない自室から見渡す限りの草原へ。

 見れば服装すらも変わっている。


 アサルトスーツと言うのだろうか、警察の特殊部隊が着ていそうな黒っぽい戦闘装束だ。

 加えて、急所を守るようにプレートのような物が仕込まれている。

 脱いでいたはずの靴も、アサルトスーツと揃いの物に変わっていた。


「さあ颯斗(はやと)、最初のスキルを選ぶにゃん」

「はっ? いや、あの、何だよこれ!?」


 悲鳴のような声が漏れた。脳の処理能力はとっくの昔に限界だった。

 なのに猫の化け物は気楽な調子で、それまで通りに話し続ける。


「おっと自己紹介がまだだったにゃ。ニャビはサポート精霊のニャビゲーターにゃ。気軽にニャビと呼んでくれにゃ」

「ニャビ……?」

「そう、ニャビにゃ。凄く言いにくい名前だから変更案があったら受け付けるにゃ」

「え、あ、いや……」

「無いならニャビで行くにゃ」


 どうでもいいことばかり話すニャビの話は無視して疑問を訊ねる。


「こっ、ここはどこなんだ!?」

「ここはチュートリアルダンジョンにゃ。颯斗(はやと)はダンジョンを踏破し、地球を防衛するプレイヤーに選ばれたにゃ」

「ダンジョンってなんだっ? 俺はここから戻れるのか!?」


 ニャビを質問攻めにしている間に少しずつ落ち着いてきた。

 あまりに荒唐無稽な話だったから一周回って頭が冷えたのかもしれない。


 分かったことをまとめるとこうだ。


 ここはチュートリアルダンジョンと言い、現れるモンスターは全てコントロール下に置かれている。

 本物のダンジョンの前に、ここで戦い方を学ぶことが出来る。

 本物のダンジョンのモンスターを倒せば報酬が得られる。

 そして何より重要なのが、このダンジョンに入った時点で俺には特別な力が与えられている。



/////////////////////////////////////////////////////////////////////

名前    兎田(とだ) 颯斗(はやと)

特殊状態  なし


 能力値

魔力保有量 10/10

腕力値   1

防力値   1

脚力値   1

免疫値   1


先天スキル エスケープスコープ Lank1.00

後天スキル なし


スキルポイント 50

/////////////////////////////////////////////////////////////////////



 自身の内側に意識を向けてみると、自然と浮かび上がる情報があった。

 それがステータスだ。

 まず気になったのはあまりに低すぎる能力値だが、どうやら最初は皆こうらしかった。どの能力値も、非プレイヤーの人間の範疇なら大抵は1より高くはならないのだとか。


 だったら能力値なんて表示しなくていいじゃないかと思ったけれど、先天スキルがランク二になる頃には徐々に数値にも変化が現れ出すとニャビは言った。

 その先天スキルだが、俺のはこんな能力だ。



/////////////////////////////////////////////////////////////////////

〇先天スキル

【エスケープスコープ】 Lank1.00

効果:逃走経路を知覚できる。

/////////////////////////////////////////////////////////////////////



 なんて大雑把な説明だ。それが率直な感想だった。

 ただ、これは分かりやすいよう情報を絞っているようで、詳細に意識を向けると細かい数値も把握できた。

 ぼんやりとだが使い方も分かる。


「他人の先天スキルは知らないがこれは結構なアタリなんじゃないか?」

「そうにゃん、君は凄い能力を持ってるにゃん。ダンジョンに挑戦してくれるにゃん?」

「……そういえば、断ることも出来るのか?」

「ニャビ達は無理強いはしないにゃん。その時はダンジョンに関する記憶と能力を消去して元の生活に戻ってもらうにゃん」

「そうか……なら、取りあえずチュートリアルは受けてみる」


 ……もちろん、このニャビとかいう自称・電脳精霊の胡散臭さは百も承知だ。

 取って付けたような語尾。あからさまな甘言。何度聞いても詳しく教えてくれない『ゲームマスター』なる上司の存在。


 これで裏がなかったら最早そっちの方が詐欺だろう。

 だがそれでも、この虎穴に飛び込んでみる価値はあると思った。



 ──後になって思えば、この時の俺は浮足立っていたのだろう。

 裏があるに違いないとか賢しらぶっていて、その実、目の前に吊り下げられた非日常に目を奪われていた。


 だがそんなことには気づかず、冷静に思考できていると思い込んでいる俺は、熱に衝き動かされるままチュートリアルを進行する。


「じゃあ気を取り直して、最初のスキルを選ぶにゃん」


 スキルが欲しいと念じると、頭の中で『スキルデータベース』が開かれた。


「最初はその三つのどれか一つを選んで取得するにゃん」

「そうだな……」


 三つのスキルの内訳はこうだ。



/////////////////////////////////////////////////////////////////////

〇取得可能スキル

魔刃 必要SP20 効果:魔力を剣刃状に変化させる。


魔弾 必要SP20 効果:魔力を弾丸として撃ち出す。


魔盾(まじゅん) 必要SP20 効果:魔力を障壁として展開する。

/////////////////////////////////////////////////////////////////////



 近距離攻撃、遠距離攻撃、防御の三種類に分けられる。


 戦闘になる以上、武器が要るので<魔盾>を選ぶってのはない。

 <魔刃>と<魔弾>、どちらもそれぞれ利点があるが、【エスケープスコープ】との相性を考えれば答えは自ずと見えて来る。


「よし、俺が選ぶのは──」



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