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20 Hello, New World

「ふぅ、これで一件落着だね」

「飛頭蛮まで居るなんてダンジョンは物騒だな。退治しておくか」

「ちょ、トライデント向けないで!? 僕、一応重傷者だよ」


 加賀美さんに抗議する。なんて冷酷な女だ。

 〔原始式〕と〔録〕で血液を使い回しているだけの生首を飛頭蛮呼ばわりするなんて。


「そもそも首を刎ねられているなら重傷者なんて次元じゃないだろうが……それ、どうやって喋ってるんだ?」

「〔司統概念(アリティア)〕だよ、過去の声から必要部分を抽出してるんだ」


 音声の合成はコンピュータの十八番。〔録〕と〔電脳〕を組み合わせれば全く違和感のない発声も容易い。


「まあ不便だからそろそろ戻すけど。〔録〕──クリエイトボディ」


 つい五分前の肉体を再生成する。当然服も一緒だ、忘れたら本気で刺されそうだし。


 そうこうしている内にダンジョンボスのドロップアイテムが現れた。死体が消し飛んでもきちんと死亡地点に落ちるようになっている。

 今回のラインナップは魔石と、黒塗りの弓のマジックアイテム──特殊効果のある道具のことだね──と、それからスペルページが二冊。


「フゥーッ、大漁だね!」

「なんだかテンションが高いな」

「ずっと抱えてた課題が解決したんだし当然だよ!」


 一人だったら小躍りしたいくらいには心が軽やかだ。

 これで当面の問題は解決。あとは『第一波』に備えて戦闘員を増やしたり、各国政府への根回しの準備を進めたりするくらい。


 どれも喫緊ではないし多少の失敗はリカバーできる。


「ならば私の役割もここまでだな」

「ん? いや、そんなことないよ。ランク六ダンジョンが来るのはまだまだ先だけど、ランク五は割と気軽に来るからね。加賀美さんの力はまだまだ必要だよ」

「だがこれまでのように付きっ切りで面倒を見はしないだろう?」

「まあそれはそうだね」


 この二か月、ずっと一緒にダンジョン巡りをしていたのはこのランク五ダンジョンを攻略するため。

 それが終わった以上、次のランク五ダンジョンが来るまでは無理に付き合ってもらう必要はない。


 加賀美さんには大学もあるし、これ以上迷惑をかけることもないか。


「では一つ頼みがある」

「何かな?」

「ダンジョン探索アプリを先に私にくれ。私は、私自身でダンジョンを踏破したい」


 ダンジョン探索アプリ。

 それは僕が開発を進めているマジックアイテムの名だ。


 地球に接近しているダンジョンへの侵入・脱出を始め、ダンジョン探索に必要な様々な機能をアプリ形式でスマートフォンに宿らせる。

 当面の間は地球に落ちる前にダンジョンを撃破してもらわないといけないから、どうにかして侵入手段を与える必要があった。

 その手段がこのアプリって訳だね。


「でもどうしてかな? 言ってくれればアプリなんて入れなくても僕がすぐ連れて行ってあげるけど」

「君も暇じゃないだろう。それにいつまでも付いて来てもらうというのも、何だか、保護者同伴のような感じで据わりが悪い。私は私の足で、未知の景色を見て回りたいんだ」


 よく分からないけど、そうしたいと言うのならそうしたいんだろう。

 人間の脆弱さを知る身としては、一人で行動させるなんて危ないことさせたかないけど……他ならぬ加賀美さんの頼みだ。


 彼女には多大な時間と労力を掛けてランク五ダンジョンの攻略を手伝ってもらったのに、何の報酬も用意できてない。

 要望は出来る限り聞いてあげたい。


「分かった、加賀美さんには先行配信させてもらうよ。急ピッチで仕上げるから明日には渡せると思う」

「すまないな、面倒事が片付いた直後に」

「お安い御用さ。それより攻略記念に神社で打ち上げしよう、飲み会だ!」

「私はまだ未成年だから酒は飲めないぞ」

「僕もだよ」


 そんなことを言いながら、僕らはダンジョンを後にしたのだった。




 諸々の作業をしていると月日はあっという間に流れ、数か月後の某日。


 その日、僕の本体はアースと連れ立って〔虚空(ケノン)〕に来ていた。

 物理世界とは位相や縮尺のズレた異次元に。


「継承から一年(ひととせ)と待たず〔(アステロン)〕の力をモノにするとはの。お主に託せたのは僥倖だったようじゃな」

「まぁ僕は演算能力が桁違いだからね、成長速度もそのおかげで速かったんだと思うよ」


 他愛もない会話を神様と交わす。

 会話と言っても、〔(アルケー)〕に直接語り掛けているんだけど。


 僕らが居るのはこの〔虚空(ケノン)〕には空気は(おろ)か、物理学的な光すらも存在しないからね。

 だからこの空間で何かを見るには物理に依らない視覚が必要になる。

 そして〔(アステロン)〕の眼から見た〔虚空(ケノン)〕は、曰く言い難い色彩をしていた。


 夜空の漆黒とも夏空の群青とも違う、これ以上濃くも淡くもならない色。澄みも霞みもしない色。何者にも染まらない真っ新な色。

 見つめ続けていると気が遠くなりそうなその景色の中、遥か彼方で他の〔星界(ガイア)〕が綺羅星のように瞬いている。


 翻って、〔虚空(ケノン)〕における地球は以前の輝きを失っていた。

 かつては壮麗な構築物を形作っていたであろう機構の数々は、無残に砕け、裂かれ、所々錆びたり朽ちたりしてしまっている。


 僕は円盤状に広がる地球の残骸の上を歩き、目的地に辿り着く。

 そこはちょうど物質世界の地球の中心核と座標の重なる地点であった。


 くり抜かれたように窪んだ其処(そこ)が黒く煤けているのは、かつて燃え盛っていた灯火の名残か。

 しゃがみ込み、撫でるように底へ手で触れる。


「それじゃあ始めるよ」

「うむ。先代として見届けるぞ、我が世界を受け継ぐ様を」


 一つ頷き、僕は己の神髄──〔(アルケー)〕へと全神経を集中させる。

 深く息を吸い込み細く吐き出すようにして、形のない力を拡げていく。


「開闢、〔星圏(アイテール)〕」


 直後、僕を中心として展開された力場が地球を覆い尽くした。

 天体が重力圏を形成し時空を歪曲させるように、〔(アステロン)〕の超密度の〔(アルケー)〕は世界の法則を捻じ曲げる。


 〔星圏(アイテール)〕と呼ばれるこの力場は、〔(アステロン)〕を〔(アステロン)〕足らしめる根源的な力。

 法則を定め、〔星界(ガイア)〕を確立させる神秘の結界。


「展開完了。第二フェーズだ」


 今この瞬間、地球の(あら)ゆる法則は僕の掌中にある。

 即ち、望んだ〔摂理(プロノイア)〕を追加することが出来る。


「〔摂理(プロノイア)〕改変。階梯能力の覚醒条件に『ダンジョンへの初侵入時』を規定」


 音もなく、波風も立てず。けれど〔(アステロン)〕の眼にははっきりと映る。

 世界の理が書き換えられていく様が。


「〔摂理(プロノイア)〕改変。ダンジョンは水場と反発する」


 一つ一つ丁寧に、微塵の誤りもないよう慎重に、星に法則を刻んでいく。


「〔摂理(プロノイア)〕改変。全ての階梯能力に『スキルデータベース』へのアクセスを認可」


 そうしてどのくらい経っただろう。僕は一切の手抜かりなく最後の理を定めにかかる。


「〔摂理(プロノイア)〕宣誓。僕はこの〔星界(ガイア)〕を司る〔(アステロン)〕を継ぎ、遍く外敵より守護する」

「……うむ、確かに神の位は継承されておるの。これで蛆が湧くこともなかろう」


 一仕事終えて肩の力が抜ける。

 十全な〔(アステロン)〕を目指す道程はまだ三合目ってとこだけど、取りあえず〔(アステロン)〕として最初に果たすべき目標は達せられた。


 ──これから地球には未曾有の時代が訪れる。

 〔(アステロン)〕としても、(アバター)としてもここからが本番だ。


「ハロー・ニューワールド、だね」


 この日、誰に知られることもなく世界は変革を迎えた。


 ──新世界の幕が上がる。



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