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19 VS暗夜卿

 朽ちた城の中庭にフクロウ悪魔が佇んでいた。

 一切の気配と殺戮衝動を押し殺し、いつか現れるであろう獲物を待っている。


「〔原始式〕──テレポート」


 第十フロアへのゲートを潜ると同時、加賀美さんを転移させる。

 転移先はフクロウ悪魔の背後、三メートルの位置。


「<伸突>ッ!」


 景色が切り替わるのと同時……いや、それより一瞬早く加賀美さんは動き出していた。

 充分に力を込めた状態でフクロウ悪魔の背後に現れ、そのまま刺突を繰り出す。


 <伸突>──【魔力】で刺突の射程を伸長するスキル。

 穂先から伸びた【魔力】の尖刃は、影化状態のフクロウ悪魔にも有効である。


 完全に不意を突いた一撃は、狙い違わずフクロウ悪魔の心臓へと伸びた。


「…………」

「チっ」


 が、すんでのところで悪魔がしゃがみ込むように避け、肩を抉るに留まる。

 悪魔はそのまま地面に張り付き、本物の影のように平面化。

 そのまま前進しつつ腕だけ実体化させ影の刃を振り上げるも、加賀美さんはジャンプで躱し、宙で身を捻り反撃。


「<伸突>!」


 今度は右の翼を貫いた。影なので縫い留めたりは出来なかったけど、これで飛行能力は低下する。

 フクロウ悪魔はフィジカル面での不利を悟ったのか、ジグザグな軌道で距離を取りながら魔術で遠距離攻撃を行う。


 音もなく飛ぶ影の矢が次々と着地直後の加賀美さんを襲う。


「遅すぎるッ、これでは何発撃とうが当たらないぞ!」

「…………」


 【魔力】の気配も詠唱時間も最小に抑えられたスマートな魔術。

 威力はランク四相当だけどその厄介さはランク五にも引けを取らない──にもかかわらず、彼女は完全に見切っていた。

 全ての矢を躱し、あるいはトライデントで弾きフクロウ悪魔の後を追う。


 フクロウ悪魔も相当速いけど、加賀美さんだって負けていない。

 足止めのため悪足掻きのように連射される影矢も、その悉くが無残に散っていく。

 しかしそれらの中に、巧妙に偽装された一矢があった。


 それは通常の影矢と外見も【魔力】も瓜二つ。けれど速度と威力はランク五相応だった。

 これまでの影矢の速度に慣れていれば思わず回避が遅れ、容易く防御を破られる必殺の一射。


『来るよ』

「反射」


 されど僕達には通じない。

 ずっと〔原始式〕で観察を行っていた僕が必殺影矢の発動を告げ、加賀美さんが鏡面で斜めに反射する。


 真っすぐフクロウ悪魔の方に跳ね返さないのは他の影矢との衝突を恐れてのことだ。

 何せこの必殺影矢は、


 ──ドッ、ゴオオォォォォンッ!!


 爆発するのだから。

 反射された先にあった城壁に……幾多の防護魔術を掛けられた分厚く堅固な城壁に、大穴が開く。

 着弾の瞬間に膨張した影が円形に城壁を削り取ったのだ。


 〔録〕で見た通り凄まじい威力だ。むしろそうでなくては困る。


「さてさて、そろそろ僕も動かないとだね。〔原始式〕──テレポート、からの〔原始式〕──ディバインショット」

「…………」


 僕が転移したのはフクロウ悪魔の進行方向……城門の真下。

 間髪入れず放つのは、〔神力(イネルギア)〕製の<魔弾>を〔原始式〕で強化した一撃。

 まあ不意打ちだった割には簡単に避けられたけど。


「結局のところ瞬間出力はランク五並みだからなぁ」


 ボヤキながらディバインショットを連射するも、やはりフクロウ悪魔には当たらない。

 〔神力(イネルギア)〕がいくらエナジーリソースとして優秀でも結局(アバター)が一度に扱えるのは一滴分にも満たない微量だけ。

 正直、【魔力】の<魔弾>と比べても大した優位性はない。


 それでも不意打ちだし行けるかも、って淡い望みがあったんだけどあえなく裏切られてしまった。

 仕方がないのでフクロウ悪魔の進路を阻むようにディバインショットで牽制する。

 城門の外は森になってて出られた厄介だからね。


 偏差射撃が奏功したのか相手は進路を九十度曲げ、


「ごひょ」


 視界が回転する。

 一瞬映った僕の体は首から上を失って、間欠泉みたいに血を吐いていた。


 首を刎ねたのは影の刃。無論のことフクロウ悪魔の魔術。

 詠唱時間がそれなりに掛かるものの、起点を自身から離れた場所に置ける死角狙いの凶刃である。


 本当は加賀美さんに使いたかったんだろうけど、僕を仕留めて城門を出ることを優先したらしい。

 油断を誘うべく一瞬だけ進路を変えていたフクロウ悪魔は、今や一直線に僕の首なし死体のある城門を目指している。

 加賀美さんが追いつくにはまだしばし掛かる。


 刎ねられた僕の首が地面に落ちるより早く悪魔は城門に到達。

 首なし死体の脇を通り抜けようとした、まさにその時。


「〔録〕──プレイバック、対象はリブコクーン」


 僕を中心として、円を描くように地中からいくつもの白骨が突き出した。

 内側に湾曲したそれらは肋骨のようで、ぴっちりと隙間なく並んだ骨が僕の頭上まで伸びていて、色だけ見ればかまくらみたいだ。


「…………っ」


 悪魔が急停止する。

 いきなり骨のドームに四方八方を塞がれた、というのはもちろんあるがそれだけが理由じゃあない。

 骨の壁には、近づいた者を衰弱させる呪いが付随していた。


 そしてそれは、影化状態の悪魔にも作用する


「〔原始式〕──ドレインブースト」


 続けて、生命衰弱の力を強化する。これにより衰弱力の一点に限ればランク五並みになった。

 フクロウ悪魔も近接攻撃で壁を壊すのは躊躇うだろう。


 一旦、衰弱の力が届かない僕(首なし死体)の周辺に移動し、【魔力】を練り上げる。僕(生首の方)ごと壁を破壊するつもりだ。

 まあこれだけ近づかれれば〔神力(イネルギア)〕の隠蔽にも気づかれるし、死んだふりもバレるか。


 僕は半人前とは言え〔(アステロン)〕だし、この体はただの端末。

 常人ではショック死するような痛みでも無風同然、もっと言えばあらゆる感覚を数値として処理することも可能。

 だから首だけになっても、生命が燃え尽きるその瞬間まで能力を行使できる。


「…………」

「でも僕ごと倒そうと大規模魔術を選んだのは計算ミスだね、フクロウさん。それじゃあタイムオーバーだ」


 フクロウ悪魔の詠唱が完了する数瞬前、肋骨の壁の外側で加賀美さんの切り札が発動する。


「行くぞ三葛(みかずら)君。──万華鏡」

「〔原始式〕──スワッピング」


 二つの物体の座標を入れ替える技によって僕の首が消え、代わりに骨のドーム内に一本の筒が現れる。

 筒は八枚の縦長な鏡面で構成された正八角柱だ。

 これこそがランク五になって目覚めた【re:リフレクション・リフレイン】の新能力、万華鏡。


 加賀美さんがランク四になった時、複製能力に『履歴』が追加された。

 一度でも鏡に触れたことのある物なら、いつでもコピーを作れるようになった。


 そしてこの万華鏡は複製を同時に八つ作る技だ。

 『八個』という数は固定で、増やせも減らせもしない。


 特筆すべきは抜群の瞬間出力。

 万華鏡は難度が高く発動には時間と集中が必要だけど、それでも攻撃を八倍に出来るのは破格に過ぎる。

 使用中は【re:リフレクション・リフレイン】の他の能力が使用不可になる点を差し引いてもなお、だ。


「っ、はぁっ、はぁっ……これは、なかなか堪えるな」

「【魔力】消費は八発分掛かるんだっけ。大丈──」


 ──すぐ傍に雷でも落ちたかのような爆音が轟いた。

 骨のドーム内に転移した筒の八つある鏡面それぞれから、八つの攻撃が同時に放たれ炸裂したのだ。


 吹き付ける爆風や飛んで来る骨壁の破片は〔原始式〕で防ぐ。

 今回、万華鏡の対象にしたのは戦闘中に反射した必殺影矢。範囲も威力も申し分なく、また相性も良い。


 目には目を、歯には歯を、そして影には影を。

 <魔弾>みたいにノーマルな非実体攻撃よりも、同質である影を使った方が効果覿面なのだ。


「……なあ、やっぱりここまで慎重になる必要はなかったんじゃないか?」

「いやいや、戦闘は何があるか分かんないからね……にしても、これはオーバーキルだったっぽいけども」


 万華鏡の筒より放たれた八本の爆裂影矢。

 城門を崩落させるだけの攻撃が炸裂した骨のドーム内は深い窪みとなっており、ダンジョンボスの姿は影も形も残っていなかった。



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