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18 偵察

「カカカカカカカカカッ!」


 第九フロア。あっちこっちが崩落した廃城の最上階に、骸骨の影が浮かんでいる。

 王冠や王笏といった身分を示す装備を身に纏い、しかしそのどれもが煤け、(ほつ)れていた。

 第九フロアのフロアボスは、時の無情さを感じずにはいられないスケルトンだ。


「カカコッ!」


 ボススケルトンは顎をぶつけて高笑いしながら、王笏を振るって魔術を発動。

 ボスの背後から二本、ショベルカーのアームを思わせる骨の巨腕が伸びて来た。

 何もない宙から伸びる腕はどんどんと長さを増し、城壁の手前に居る僕らを捕まえようとする。


「〔原始式〕──フィジカルブースト。ファイトだよ」

「ああ」


 こちからからは、身体能力を強化された加賀美さんが飛び出す。

 いや、『飛び出す』なんて表現では全く足りない程にそれは苛烈だった。


 フィジカルブーストが加賀美さんを強化することで生まれたランク五最高峰の身体能力。

 それは音速を容易く凌駕する。

 敷き詰められた石畳が爆ぜ、押し出された空気が轟音を発した。


「カカッ!?」


 白骨の巨腕を蹴って城の壁に取り付き、壁を垂直に走って最上階のボスの元へ向かう加賀美さん。

 その行く手を阻むように急遽骨の壁が現れた。

 純粋な強度に加え、近づいた生物を衰弱させる効果を有した厄介な防壁である。


「邪魔だ」


 だけどそんな物は障子紙も同然。

 急造の骨壁は蹴りを受けて爆散し、次の瞬間には加賀美さんはボスの眼前へ。

 第二の魔術を放つ余地はなく、断末魔の声を漏らすことすらできずフロアボスは魔石へと変えられた。


「相変わらず適応早いね。普通は急激に強化されたら慣れるのにもっと時間が掛かるはずだけど」

「今更か? 昨日も多少練習していたし、何より私は私なのだから当然だろう」


 いつもの自信満々なセリフ、けれどその声にはどこか硬さが含まれていた。

 無理もない。この第九フロアを含め、今までは格下との戦いばかりだった。


 でも第十フロアで待ち受けるダンジョンボスはランク五、(アバター)とも加賀美さんとも同格。

 絶対に勝てるって保証はない。


「でもこれまで加賀美さんは同ランクのボスにも何度も単独で勝って来たでしょ? 緊張することないよ」

「いきなり何だ、緊張などしてないが???」


 キレ気味に即答された。

 こんなに元気なら大丈夫かな。とは言え僕自身、不安がないと言えば嘘になるんだけど。


 そもそも一人で何とか出来る確証があればわざわざ加賀美さんを巻き込んで、二か月も掛けてダンジョン対策なんてしない。

 相性次第では僕一人だと攻略できない恐れがあったから助力を乞うたのだ。


 まあ、二人居ればどちらかの能力は通じるとは思うんだけど、そこはそれ。

 実際に視てみるまでは分からない。


「じゃあちょっと観測してみますかね」


 ちょうど現れたゲートから第十フロアを覗く。

 見える範囲にはダンジョンボスは居ないけど、〔録〕や〔原始式〕を使って捜索を続ける。

 そして一つの発見をした。


「朗報だよ、どうも次のフロアにはボス一体だけしかいないみたい」

「単独タイプか、運がいいな。最悪ランク五の群れと戦う覚悟もしていたんだが」

「まあランク五ってそんなうじゃうじゃ居るもんでもないからね、厄災のせいでアベレージが上がってるとは言え」


 悪魔が作る使い魔はランクがその悪魔より低くなるし、強い使い魔を作るにはそれだけ手間もコストもかかる。

 悪魔だってランク五まで育つ個体は極めて稀なので、ランク五が徒党を組む恐れはないに等しい。


「まあでも、一体でも侮れないのがランク五なんだけど……と、居た居た」

「悪魔か? 使い魔か?」

「悪魔だね、見た目は梟に近い」


 スマホを取り出して〔電脳〕で映像を送る。

 身長は人間並み。鴉みたいに黒ずくめで、顔の窪みのほとんどを占める異様に大きな目も全部が黒色だ。

 頭には二本の短い角が生えていてそいつが悪魔であると主張していた。


 続けてその悪魔の能力へも目を向ける。


「うへぇ、大外れだね。僕と相性最悪」

「と言うと?」

「影の魔術を使うんだよ、影に殺傷力を与えて攻撃したり物体を影の中に仕舞ったりできる。問題なのは常時発動してる影化の魔術でね、このボスは物理的な攻撃を無効化するんだ」


 墨を被ったように真っ黒なのは影化魔術の副作用。

 あの悪魔の肉体はホログラムみたいなものであり、斬ろうが殴ろうがダメージは与えられない。


「ふむ、爆弾じゃ駄目なのか? 前に気化爆弾を作っていたろう、影になら光が有効そうだが」

「それも効かないんだ、フクロウ悪魔の影魔術は物理法則に優越するから。通じるのは<魔弾>みたいな非実体系の攻撃だけど、僕がそれやっても殺し切れるか微妙なんだよね」


 フクロウ悪魔の魔術の特長は二つ。

 一つは影化による極端な防御性能、もう一つは影を介した超精度の感知力。

 フクロウそっくりの見た目に違わず悪魔自身の感覚も鋭く、その感知網を搔い潜ろうと力を割けば今度は攻撃力が足りなくなる。


 ついでに脚力値も高いので当てるには範囲攻撃や弾幕じゃなきゃ厳しい。

 ただでさえ<魔弾>系は【魔力】や〔神力(イネルギア)〕のコスパが悪いのに、攻撃範囲まで広げると出力が足りなくなる。

 影化は鎧のような役割も果たしており、生半可な攻撃ではダメージが通らないのだ。


 もっと言うと、どうにかして痛打を食らわせても、影化は半ば自動的に発動し続ける魔術なので動揺で解除されたりはしない。


「やっぱり僕の〔司統概念(アリティア)〕は正面戦闘には不向きだなぁ」


 溜息を一つ。

 万能に見えてその実、同格以上と戦うと器用貧乏な面が浮き彫りになる。


 〔録〕で再生(プレイバック)できるのはランクが下の能力や現象だけ。

 〔電脳〕は言わずもがな、〔原始式〕での直接干渉は〔(アルケー)〕の持つ恒常性──免疫値で防がれる。


 一番現実的なのは〔録〕で再現したランク四の魔術を〔原始式〕でランク五相当まで強化することなんだけど、能力を併用している時点であまり有効とは言えない。

 僕が能力二つ分の容量で放つ攻撃を、相手は一つ分の容量で防ぎ、もう一つ分を攻撃に割ける。

 最悪、この義体が壊されかねない。


「なるほど、これはつまり──」


 顎に指を当て、僕の話を聞いていた加賀美さんが結論を述べる。


「──私のあの力が攻略の鍵という訳だな」

「そういうこと」


 正しく状況を理解している相方に僕は深く頷いたのだった。



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