17 大破片
スキルの開発からまたしばらく経った。
セミの合唱にも耳が慣れて来た夏休み後半。今日こそが決戦の日だ。
「最後におさらいしとこうか。今から三日後、このランク五ダンジョンが地上に落下する」
「そうなるとダンジョンの力場で周辺の〔節理〕が歪んで様々な悪影響が出る、だったな」
「そうゆーこと。本当は直前まで訓練に費やしたかったけど、失敗や再挑戦の可能性も考えると今日がギリギリなんだよね」
「仕方あるまい。それに私のランク五到達は間に合ったのだから上々だろう」
その通り。つい先日、彼女は第五階梯へと至っていた。
今日の決戦に加賀美さんを連れて行くことを決定した最大の要因である。
「じゃあ行こうか、〔原始式〕──テレポート」
神社の境内からダンジョン内へと景色が切り変わる。
そこは放棄された城塞。生命の気配のない寂れた城塞が目前に聳え立っていた。
「ウォームアップだ、駆け足で終わらせよう。案内を頼む」
「りょーかい。コアモンスターは城の向かって右側に居るよ」
それを聞くや、風すら抜き去る勢いで走り出した。
一直線に城の東部を目指しているため、進行方向には門扉を閉ざした城壁が立ちはだかる。
一歩ごとにグンと速度を増す加賀美さんは、そのまま五メートルはあろうかという壁を垂直に駆け上がり、乗り越えた。
「元気溌溂だね」
僕は空を飛んで追いかける。〔原始式〕のベクトル操作による飛行──フライだ。
城内に侵入した加賀美さんは早速モンスターと遭遇する。
「「「ルルルリリ……」」」
現れたのはひとりでに動く鎧のモンスター、リビングアーマーの集団。
兜があるはずの場所には青白い人魂が燃えていて、それぞれに武器を携えている。
ランク三モンスターである彼らが自身の得物の柄に手を掛けたその時、
「遅い」
加賀美さんはもう間合いに入っていた。
突進の速度を乗せたトライデントで一体目の胸部を貫き、すかさず横薙ぎで二体目を両断。
三体目は大剣を半ばまで引き抜いたところで刺し貫かれて絶命。
その隙を狙い、最後となる四体目が鋭く踏み込みレイピアを突き出す。
けれど加賀美さんは一歩横に動いて太刀筋から外れ、リビングアーマーが伸ばした腕を引き戻すより早く拳でその胸部を撃ち抜いた。
「まさに鎧袖一触だね、鎧は相手だけだけど」
まあこの結果も当然。何せ彼女の現在のステータスはこうだ。
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名前 加賀美 未来
能力値
魔力保有量 30407/30407
腕力値 189
堅さ値 222
脚力値 215
免疫値 237
先天スキル re:リフレクションリフレイン Lank5.00
後天スキル ウォーターバーニア Lank1
インビジブルインパクト Lank4
伸突 Lank5
魔弾・貫 Lank5
索敵 Lank5
護身結界 Lank4
スキルポイント 7
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ちょっと前に加えた身体能力値の項目。リビングアーマー達はこれが大体十とか二十だった。
対して加賀美さんは全て百オーバー。その差は歴然だ。
まあ数値の差がそのまま現実に反映される訳じゃないんだけど。
例えば腕力値。これは”腕力”値ってなってるけど、実際には全身の筋力なんかを総合的に測定している。
足にもお腹にも筋肉はあるからね。
もちろん、それらの筋肉を等価で判断なんてしていない。
能力値はあくまで戦闘のための指標。よって戦闘力に深く関わる筋肉ほど重みを付けている。
「……と、人間だけならここで終わりなんだけど」
例えば今虐殺されているリビングアーマー。鎧のモンスターである彼らには、当然ながら筋肉は無い。
他のモンスターもそうだ。筋肉がなかったり、あっても人間とは肉体構造が違い過ぎて、単純な筋力比較は至難。
さらにさらに、実際にはここに身体強化なんかの〔祝福〕の補正も乗って来る。
これら諸々々々々々々の問題をオールクリアして腕力値っていう一つの数字にまとめ上げるため、〔神〕の僕がその天文学的演算能力を駆使して複雑怪奇なる計算式を用意した。
結果、数値が十倍なら十倍強いみたいな単純な物差しじゃなくなっちゃったのだ。数値の上下に関してはかなり信用できるんだけどね。
なお、堅さ値は〔神〕の頭脳を以てしても良い名前が見つからなかったので、また今度皆で改名案を話し合う予定だ。
「そこの突き当りを右に曲がった大広間にフロアボスが居るよ」
つらつらと能力値に思いを馳せながらもナビゲートするのも忘れない。
実は柱の陰に一体リビングアーマーが潜んでいるけど、
「シィッ」
「リ゛リ゛リ゛!?」
わざわざ言わずとも加賀美さんは見抜ける。
新スキルの<索敵>の力だね。これもまた僕の作ったスキルで、周囲の存在を把握することが出来る。
低ランクじゃ精度も範囲もまずまずだけど、加賀美さんの索敵はランク四。
まず見落とすことはないし、応用すれば相手の生命力の偏りから急所を見つけることもできる。
リビングアーマーの弱点が心臓の位置にあると分かっていたのもこのスキルの効果だ。
「頼もう!」
大広間のドアを蹴破って加賀美さんが突入する。
「シュゥルルルルゥ゛!」
中で待ち構えていたのは全長三メートルはあろうかというリビングアーマー。
これまでの個体と違って武器はないけど、手甲の先が鉤爪のように尖っている。
四足歩行するかのような前屈姿勢と相まって人より獣に近い印象だ。
「ガルゥァッ!」
その巨躯からは信じられないような敏捷で鉤爪を一閃。
けれどランク五となった加賀美さんに対してはあまりにも遅すぎた。
鉤爪が床を割るより先に懐へ入った加賀美さんは、リビングアーマーの急所へと正確に刺突を加える。
通常個体より一割増しの強度と倍近い分厚さを持つフロアボスだったが、いとも容易く命を刈り取られてしまう。
「トライデントMarkⅡの調子もバッチシだね」
「……この戦いが終わったら堅さ値と一緒にその名前も変えようか」
「それ死亡フラグじゃなーい?」
トライデントMarkⅡ(仮称)とは僕が改良を施したトライデントのことである。
ランク三辺りと戦うようになってから武器としての性能不足が目立ってきたので、ダンジョンで入手した鉱石やモンスター素材を使って強化したのだ。
重さは増したけど鋭さと強度は別次元に高まった。
なお改良は都度都度行って来たから正確にはMarkⅣくらいだ。もしかすると加賀美さんが不服なのはこういった適当さなのかもしれないね。
「あと九つだな」
エリアボスの死体が消え、空間が割れるようにしてゲートが現れた。
このダンジョンは全十フロア。まあ最初の六フロアはランク三までしか居ないから消化試合なんだけど、気は引き締めた方がいい。
加賀美さんもこのフロアの攻略ではジョギングくらいの力しか出してないけど、第七フロアからはそうも行かないだろうしね。
「アースにも釘を刺されたことだしスピーディーに、けど気は抜かずに行こう」
そうして僕らは次のフロアへのゲートを潜った。




