16 名称整理とスキル
「っ〜〜〜、今日も存分に戦ったな」
大きく伸びをしながら加賀美さんが言った。
夏休みの昼下がり。朝から破片を壊して回った後、拠点の神社に帰還してのことだ。
「早う入れ、スイカを切っておいたぞ」
「それはありがたい」
巫女服姿のアースが橙の髪を揺らしながら顔を出す。
開いた襖から人数分の皿とスイカが見えた。
部屋中央の座卓に着き、それぞれに調味料を掛けて食べる。
「三葛君、それは美味しいのか?」
「ん? 美味しいよ。コクと塩味がいい塩梅で。加賀美さんも試してみる?」
「遠慮しておこう」
僕の付けている味噌を見ながら彼女はそう言った。意外と美味しいんだけどなぁ。
そういう彼女はスタンダードに塩を、アースは何も付けずに食べている。元が神様だから食事に無頓着なのだ。
付き合い、兼、栄養補給と割り切っている節がある。なんなら皮と種ごと食べてるしね。
僕の〔眷属〕になったことで人間に合わせた振る舞いをしてくれているけれど、本来は人類とは丸っきり精神構造の異なる超常存在なのである。
「と、そうだ。名称整理をしときたいんだけど付き合ってくれない?」
「名称整理じゃと?」
「そうそう、前に加賀美さんに言われたんだよ」
破片とかの名前は直感的ではない、って。
確かに、破片が〔星界〕の欠片だって情報は大っぴらにはしないつもりだし、他の名前を考えた方がよさそうだ。
せっかくなのでこの機会に他の諸々の名前も分かりやすくしてしまおう。
「そういうことじゃったか。ならば『異界』などで良いのではないか?」
「おー、いいねぇ。加賀美さんは何か案ある?」
「そうだな……君が設計している『システム』はゲームアプリのような形式で配信するんだろう?」
「うん、依頼を選ぶとフィールドに行けるモ〇ハンみたいに、破片に転移してモンスターを倒すアプリにするつもり」
「具体名は出さなくていいぞ」
ザクッ、とフォークでスイカを大きく抉り加賀美さんは考えを口にする。
「『ダンジョン』はどうだ? ゲームらしいだろう」
「それもいいねぇ」
他の〔星界〕の存在を示唆する名称は避けるべきか、との意見もあり破片は今後ダンジョンと呼ぶことに決定した。
その後も話し合いは続き、黒い罅は『ゲート』、層は『フロア』になった。
それからコアモンスターも細分化した。
フロアごとのコアモンスターをフロアボス、倒すとダンジョンが消失するコアモンスターをダンジョンボスとして区別することにした。
その方が色々と便利そうだしね。
「うん、これで結構分かりやすくなって来たね。ユーザビリティの高まりを感じるよ」
「それは良かった。話は変わるが少し前に〔祝福〕を授けてもらった時、〔摂理〕がどうのと言っていたな。それは何なんだ?」
「〔神〕が敷く〔星界〕の法則じゃ」
アースの言葉を僕が補足する。
「嚙み砕くと神様の決めるその星のルール……みたいな? アースは自分のルールを定めていなかったけど、空白でも〔摂理〕は〔摂理〕。ただそこに在るだけで定命に影響を与えてる」
そしてこれは僕が千日以内に〔神〕として完成しなくてはならない理由でもある。
今はまだアースの残滓が地球を〔星界〕として成り立たせているけど、やがてそれが切れれば様々な不都合が起き始めてしまう。
具体的には害鳥が来たり、蛆が湧いたりだね。
そう言った問題を起こさないため今この瞬間も〔神〕として過酷な修行に取り組んでいるし、その甲斐あって期限にはかなり余裕を持ってクリア出来そうだけどね。
「「「ごちそうさまでした」」」
スイカを食べ終えた。〔原始式〕で回復もさせたし休憩は充分かな。
「それじゃあ再開しようか」
「スキルも実戦で試したいしな」
「努々油断はせぬようにの」
そうして神社を後にし破片に突入する。
今回の環境は砂漠だった。ただし砂は真っ青で、まるで大海原の上に立っているみたいな錯覚を覚える。
地球ではまず見られない地形。だけど異世界は【魔力】の影響で変質した場所が多かったから、必然的に破片──ダンジョンにもそういった変異地形は多い。
加賀美さんはこういう変わった景色を見たり歩いたりするのが好きだそうだ。
砂の海に足を取られながら歩きつつ彼女に話しかける。
「新スキルの方は問題なく使えそう?」
「あぁ、前の破片での試し撃ちで感覚は掴んだ。後は相手が出て来るのを待つだけだ」
そう答える彼女のステータスは今、こんな具合になっている。
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名前 加賀美 未来
先天スキル re:リフレクションリフレイン Lank3.87
後天スキル ウォーターバーニア Lank1
インビジブルインパクト Lank2
伸突 Lank3
魔弾・貫 Lank3
スキルポイント 51
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以前授けた階梯能力を把握したりする〔祝福〕。あれの発展形がステータスと名付けたこれだ。
階梯能力以外にも色々な数値が解るようになっている。何せ数値化は僕の得意分野だからね。
そうそう、先天スキルと後天スキルはついさっき決めた名称だ。
先天スキルは階梯能力を、後天スキルは『スキルデータベース』やスキルページ(スペルページを改名した)から得た能力を指している。
「少し先、下にモンスターが潜んでるね。どうする?」
「深さは?」
「一メートルちょい」
「それはいい、早速こいつの出番だな。装填──」
加賀美さんが【魔力】を一点に集めていく。<魔弾・貫>の発動準備だ。
伸突と同じくスキルデータベースに刻まれているこの<魔弾・貫>は、僕が戦闘用に開発した〔祝福〕である。
ランク一スキルの<魔弾>にスキルポイントを追加で払い、ランクを上げることで得られる上位スキルの一つだ。
他にも<魔弾・爆>とか<魔弾・瞬>とかある。
【魔力】を収束させ、破壊力と指向性を付与して放つ。言ってしまえばそれだけの技だけどそこは〔原始式〕を持つ僕が作ったスキルなので、様々な性能に上方補正を掛けている。
そして<魔弾・貫>は他のバージョンと比べて貫通力がダントツだ。
「──発射」
伸ばした腕の先から半透明な弾丸が放たれる。
銃弾には劣るものの只人ではまず捉えられない速度の魔弾は、砂を容易く突き破り、奥に潜む怪物を撃ち抜いた。
「ギヂヂヂヂヂィッ!?」
長い鋏角を持つ虫系モンスターが砂を撒き散らしながら飛び上がる。
ランク三モンスター──階梯はランク呼びで統一した──の強固な甲殻を正面から破れる貫通力が加賀美さんの<魔弾・貫>には備わっていた。
「装填──」
「ヂュゥィィィ!」
「──発射」
二度目の射撃。
けれど急な装填のせいか今回は弾速が一度目よりも遅い。
加えて、魔弾は【魔力】の動きが感知しやすいのもあり、身構えていたモンスターは体をくねらせ回避した。
「反射、そして複製」
弾道上に鏡面が現れ、モンスターの背へ魔弾を跳ね返す。
それと同時、跳ね返った魔弾とは僅かに異なる角度で、鏡の中から虚像の魔弾が飛び出し、本物同様モンスターを撃つ。
厳密には物質ではない魔弾は、少ない【魔力】で複製が可能だ。
「ギュギィっ!?」
「<ウォーターバーニア>」
予想外の方向からの攻撃に仰け反ったモンスターへ、加賀美さんは淡々と追撃を加える。
戦闘開始時点からこの状況を読んでいたんだろうね。既に魔術の詠唱は完了していて、トライデントはたちまち投じられた。
三又槍は仰け反ったモンスターを下顎から貫く。
モンスターはすぐに魔石へと変わった。
「<魔弾・貫>……なかなか良いじゃないか。威力も燃費も申し分ない。さあ行こう、三葛君」
魔石から手早く【魔力】を吸収し、加賀美さんは蒼の砂漠を進む。
その何とも頼もしい背中に僕も続くのだった。




