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15 強化の成果

 身体能力、と一口に言っても項目は多岐にわたる。

 腕力はもちろん体力や脚力もそうだね。瞬発力、感覚の鋭さと言った能力も含まれる。


 僕が施した身体強化の〔祝福(カリス)〕がどの能力を強化するかと言えば、上記の項目全てだ。いくつもの能力を包括的に強化する。

 どの能力がどのくらい伸びるかはその人の〔(アルケー)〕次第だけど、多少の向き不向きはあれ極端な差は生じない。


 ……極端な差は生じないが、多少の個人差は確固として存在している。

 そしてその点においても加賀美さんの資質は抜群だった。


「グラァッ!!」


 バネ仕掛けの如く大顎が嚙み合わされる。

 勢いよく飛び込んで来た六本脚の巨大ワニ型モンスターの一撃を、加賀美さんは鏡面を利用した大ジャンプで躱した。


「【反射】」


 すかさず鏡面を上に設置。上昇速度を反転させ急降下。落下地点は巨大ワニの頭上。

 自身の得物──長大なトライデントを両の手で握りしめ、重さを乗せて勢いよく刺突。堅牢な鱗と骨に守られた脳天にトライデントが突き立った。


「ゥ゛っ!?」

「ハァッ!」


 間髪入れず穂先の裏を蹴りさらに押し込む。

 それが致命の一撃となり巨大ワニは動かなくなった。


「ピィァァアッ」


 だが敵はそれだけではない。

 空を泳ぐピラニアのモンスターが木々の合間を縫って飛び込んでくる。

 ワニに深く食い込んだトライデントは引き抜けない。けど、それにも加賀美さんは取り乱すことなく腰に提げたハンマーを手に取り、


「【反射】、反射率五十パーセント」


 自身の手前に黒い鏡面を展開。

 そこに触れピラニアの動きが止まった瞬間、鏡面を消しハンマーを振り下ろす。


 ワニの骸の上という不安定な足場を物ともしない強撃に、体を拉げさせたピラニアは数度バウンドしたのち息を引き取った。


「ギシシァッ」


 そして攻撃後の隙を狙い、最後のモンスターが魔術を放つ。

 遠くの木の枝に巻き付いた大蛇が毒液の矢を飛ばしてきた。


「【反射】」


 けれど魔術である以上【魔力】の動きは悟られる。

 毒矢は反射され大蛇の顔面にヒット。傷は浅いけど大きく仰け反り体が半分ほど枝から離れる。


「<インビジブルインパクト>」


 そこへ見えざる衝撃が追い打ちをかけた。ピラニアへの後詰として始めていた詠唱が今しがた完成したのだ。

 斑模様の大蛇はその一撃で枝から落ち、


「【反射】、【反射】、【反射】」

「ギシャっ!?」


 下へと展開された鏡面に、トランポリンのように何度か打ち上げられる。

 そしてここでワニの死体が消えた。

 若干落下した加賀美さんは地に足を付けるやトライデントを掴み取り、投擲姿勢に入る。


 足を肩幅よりやや広く開き、トライデントを持つ右腕、右脚を引く。

 狙うのは蛇の放物運動が頂点を迎えた瞬間。

 筋肉のみならず腰や肩の捻りまでもを利用し、全身を投擲器と化して一投。


「<ウォーターバーニア>」

「ギシュアッ!」


 水流の後押しも加わり、トライデントは真っすぐに大蛇へ向かう。

 大蛇の方も毒矢を放っていたけれど、正面からトライデントに蹴散らされた。

 一切ブレずに突き進んだ三又槍は身を捩らせた大蛇の喉元を貫き、木々の向こうへと消えて行く。


「これで終わりだろうか」

「うん、大蛇はあれで致命傷、近くに敵ももう居ないよ。飛んでったトライデントと大蛇の魔石は僕が回収するね、〔原始式〕──アポート」

「悪いな」


 連戦の後なのに大して息も乱さず、僕が差し出したアイテム達を受け取る加賀美さん。

 トライデントで倒したワニのモンスター、あれは四体目(・・・)だった。

 コアモンスターの近くに通常モンスターが集まっていて、コアモンスターとの戦闘音を聞きつけて次々集まって来ていたんだ。


 綿密に連携するタイプじゃなかったのが幸いだけど、各モンスターの対処に手間取り混戦となれば脅威度は跳ね上がっていた。

 それを避けられたのはやっぱり身体強化によるところが大きい。


 この〔祝福(カリス)〕の効果量は階梯能力の成長と共に向上する。

 あの日からたったの一週間弱にして、既に彼女の身体能力は並みの第二階梯モンスターを凌駕していた。


 そしてその能力は今、一層の飛躍を見せる。


「っ、この感じは」

「【反射】は無事に【深化】したみたいだね」


 【進化】の次の段階、第三階梯に至る【深化】。

 戦闘前はもうちょっと掛かりそうだったけど、連戦が思った以上にいい刺激になったみたいだ。

 能力の階梯上昇に合わせて身体強化の効果量も増している。


 けれど【深化】の本懐はそこじゃない。


「新しい能力の名前は【濫反射(ファブリフレクション)】。その効果は──」

「──偽造、か」

「正解」


 加賀美さんが鏡面を出しトライデントを近づける。

 本物と虚像の穂先が触れ合ったその瞬間に異変は起きた。

 鏡面の向こう側から虚像のトライデントが滑り落ちて来たのだ。


「【魔力】消費は重いが投擲の弾には困らないな」

「弾、ね。弓や銃なんかとも相性よさそうじゃない?」

「それには同意だが、便利過ぎる飛び道具は階梯能力の使用機会を奪うから止めておけ、と言ったのは三葛(みかずら)君だろうに。それに偽造品は左右が逆転するから戦闘中の矢の複製には不向きだ」

「偽物の偽物をコピーすればいいとは言えそのためだけに矢を一本だけ区別して持ち歩くのはねぇ。あぁそれと武器の予備を作るのにも使えるかも。これまで使い倒して来たから結構傷んでるし」


 〔録〕でドロップ時の状態をリロードしようとし……手が止まる。


「ありゃ、コピーには偽造された時からの記録しかないのか」


 それならと〔原始式〕で損耗度をゼロにし、本物の方は電脳空間に仕舞った。


「では次の層だな」

「ちょっと待って、その前に次の〔祝福(カリス)〕を授けるよ。つい昨日完成したところでね」

「そうか、なら頼もう」


 許可が出たのでパパッとやってしまう。

 少しの間無言で自身の変化を確かめていた加賀美さんが、ぼそりと口を開く。


「これは……聞いていた以上の変化だな」

「そう? でも能力の使い勝手は変わってないはずだよ」

「そこ以外が大分変わっているじゃないか、情報量は増えたが何だこのごちゃごちゃとした表記は。私のような天才でなければすぐには呑み込めんぞ」


 新たな〔祝福(カリス)〕の効果の一つは、階梯能力の情報をより詳細に知覚できるってものだ。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 自己理解は大切かなと思ったんだけど、整理が不十分だったらしい。


「それと階梯能力の名前もだ。なんでさっきの今でもう改名しているんだ?」

「あぁ、それは僕の〔摂理(プロノイア)〕で再編したからだね。命名もこっちに引っ張られてるんだ。直そう思えばできるけどどうする?」

「そこまでして貰う程のことじゃあない……それより情報をもう少し呑み込みやすくしてくれ」


 結局ネックはそこかぁ。

 なお加賀美さんの知覚した情報を文字として表記するならこんな感じになる。



a priori【re:リフレクション・リフレイン】ver3.00[

 first(接触物を反射する鏡面を生成する, active, 381, 167, 4)[...];

 second(鏡面に接触している物体を模造する, active, -, 0, 24)[...];

]



 ……まあ確かに。初心に立ち返って見てみるとあまり見やすくはないかもしれないね。

 何も知らない人からすればどれが何を表しているのかさっぱりのはずだ。


「まあその辺の反省点は後々何とかするとして」

「本当に何とかしてくれよ……」

「今回の〔祝福(カリス)〕で一等重要なのは昇格条件の更新さ」

「素の階梯能力だと習熟度以外の条件も多いんだったか?」

「そ」


 【深化】の次に待つのは、精神の昂りに共鳴させなくてはならない【心化】。

 肉体への親和が条件となる【身化】。

 真髄を掴み取る必要のある【真化】。


 そんなもの一々クリアしていられないので、純粋に階梯能力の熟達だけで上を目指せるようにさせてもらった。

 ついでに習熟速度にもちょっとプラス補正が付いてる。


「能力名の後にバージョン番号があるでしょ」

「ああ、これか」


 【re:リフレクション・リフレイン】ver3.00の3.00の部分のことだ。


「このピリオドの前の数は階梯を表してるんだけど、」

「私の場合は第三階梯ということだな」

「ピリオドの後ろはその階梯における習熟のパーセンテージになってるんだ。加賀美さんは上がりたてだからまだゼロだね」

「ではこの数値が百になればそれだけで階梯が上がるのか?」

「正解!」


 これこそが今回の〔祝福(カリス)〕の肝だ。

 能力情報の詳細化なんかはおまけに過ぎない。

 一度与えた〔祝福(カリス)〕は取り消せないけどブラッシュアップは可能。これから見やすくすればいい。


「結局はこれまで通り鍛錬あるのみ、か」

「そうだね」


 パシンと両拳をぶつけ合わせた加賀美さんは、次の層へと続く黒い罅を潜ったのだった。



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