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14 〔祝福〕

 その後、三つの破片を攻略してその日は解散となった。

 初めはインビジブルインパクトの詠唱時間の長さに苦戦していた加賀美さんだけど、それにもすぐに適応していた。

 高速詠唱がないから悪魔ほど速くはないけれど、使い道はいくらでもあるのだ。


 そして次の日。全ての講義が終わった昼下がりに合流した僕達は、寂れた寺社を訪れていた。


「何もないところだけどゆっくりして行ってよ」

「いや本当に何もないが……ここは何だ?」

「見ての通り神社さ。すっかり寂れてるけどね」


 某県某市の深い山奥。かつてはそれなりに栄えた村落だったけど、近代化の波に押し流されるようにして廃村となり、この神社も長年放置されていた。

 それを〔司統概念(アリティア)〕でちょちょいと弄って、利用しやすいよう社殿をリフォームしたのである。


「……全く、罰当たりな奴だな。というか絶対何かしらの法律に抵触しているだろう」

「いやいや僕はどっちかって言うと(ばち)を下す側だよ、〔(アステロン)〕だからね。だから人間の法律にも縛られないのさ」


 まあ近似概念だから神を当てはめ名乗っているだけで、〔(アステロン)〕は天罰を下すような存在じゃあないんだけどね。

 そもそもの話、審判者としての『神』は存在しないので気にするだけ無駄だ。


 ……いや、でも僕が観測できない本物の『神』が存在する可能性は否めないよなぁ。悪魔の証明って奴である。

 念のためお賽銭でも上げといた方がいいのかも。


「なんとまあ見下げ果てた性根じゃのう。金銭で神の機嫌を取ろうなどと。そも、〔(アステロン)〕であるのならば何者にも(おもね)るでない。如何なる(とき)も己が法則(ルール)を貫いてこその〔(アステロン)〕じゃぞ」


 僕と加賀美さんへと第三者の声が掛けられた。

 声がしたのは拝殿の奥。襖が勢いよく開かれ巫女装束に身を包んだ童女が姿を現す。


 何より目を引くのは腰まである燃えるような橙色の髪。

 人形のように整った顔立ちのせいか、青い瞳さえもどこか無機質な印象を感じさせる。


「こ、この子は──」


 加賀美さんが息を呑む。

 少女の幻想的なまでの美しさに只ならぬ何かを察したのだろう。


「──誘拐して来たのか……? いくら法に縛られないとは言えそれは……」

「心外だね!? 僕がそんなことする訳ないじゃん?」


 頓珍漢な答えが返って来た。

 ごほんと咳払いをし、的外れに過ぎる謬見を訂正する。


「彼女は先代……元々のこの星の神様だよ。昨日までは本体の方に付いててもらってたんだけど、やることは大体終わったからこっちを手伝ってもらうことにしたんだ」

「以前言っていたな。だが人魂のような姿をしているんじゃなかったか?」

「支援を担うなら実体があった方が何かと利便故な、(あるじ)に賜ったのじゃ」


 加賀美さんの表情が訝し気に歪む。まるで童女趣味の変質者を見るかのような目だ。

 さらにもう一度咳払いを挟んで話題を変える。


「んんんッ、先代には主に後方支援を担う予定なんだよね。今後も何かとお世話になるだろうし顔合わせした方がいいと思って来てもらったんだ」

「そうか、ならこれからよろしく頼む、あー……何と呼べば?」

「ふむ、名か。考えておらんかったの」

「そういやそうだね」


 僕も先代呼びしかしていなかった。

 先代は少し考えてからこう言った。


「よし、ではアースとでも呼ぶが良い」

「うわっ、安直だね」

「捻っても仕方なかろう。というか(あるじ)には言われたくないぞ」

「うぐ」


 (あるじ)と呼ぶ癖に無礼な〔眷属(アコルトス)〕め。


「そうか、ではアース、よろしく頼む」

「うむ、こちらこその」


 加賀美さんが屈んで差し出した手をアースが握った。

 それから加賀美さんは一つ訊ねて来る。


「ところで彼女は戦闘には参加しないのか? 元〔(アステロン)〕なら強そうだが」

「彼女っていうか、僕が女の子っぽく作っただけだから性別は無いんだけど……まぁいいか。アースには〔(アステロン)〕としての力は一切残ってないんだ。〔(アルケー)〕を燃やし尽くしたからね。だから階梯能力もないし戦闘能力もないよ」

「うむ、歯痒いが儂には二か月後の大破片の相手は出来ぬ。頼んだぞ娘、(あるじ)の望みが叶うか否かは汝の肩にかかっておる」

「そういうことなら任せ給え。私が必ずやその大破片とやらも撃破してみせよう」


 何の根拠もない発言だけど、ここまできっぱり言い切られると頼もしく思えて来るね。

 第四階梯との戦いを見てなおこう叫べるのは才能だ。あの戦闘を見せることでやる気を削いでしまうんじゃないかとか心配してたのが馬鹿らしくなって来た。


 彼女の言葉を嘘にしないためにも本題に入るとしよう。


「挨拶も終わったし話を進めようか、今日するのは〔祝福(カリス)〕の賦与(ふよ)だよ」

「その〔祝福(カリス)〕とやらが昨日言っていたアテか」

「そうそう。平たく言うと〔(アステロン)〕が他生物の〔(アルケー)〕に授ける特殊能力のことなんだけど、これを使って加賀美さんを強くするのさ。今回授けるのは身体強化。【魔力】を巡らせて行う強化を無意識かつ常時、最大効率で適用する〔祝福(カリス)〕だよ」


 実は開発が追いついてなくてこれ以外は未完成なんだけど、と言い加える。

 〔(アルケー)〕は本質的に不可逆。一度覚えた魔術をデリートできないのと同様、一度授けた〔祝福(カリス)〕は取り消せないので慎重を期す必要がある。


「身体能力の向上はありがたいが他にも恩恵を与えられるのか?」

「いずれはね。具体的にどんな形になるかはまだ調律中だけど、スペルページなんかを参考にするつもりだよ。あれは異世界の〔祝福(カリス)〕だから」


 リバースエンジニアリングって奴だね。


「異世界の〔祝福(カリス)〕、か。スペルページ以外にもあったのか?」

「そりゃあもちろん。第二階梯以降のモンスターのフィジカルが強いのもそうだし、詠唱術とか悪魔の持つ『使い魔を生み出す能力』とかも〔祝福(カリス)〕の産物だね。細かいところだと悪魔があんな小さな翼で空を飛べるのもそう」

地球(わし)は一切〔祝福(カリス)〕を与えておらんかったからの。地球で有り得ぬ事象は階梯能力か〔祝福(カリス)〕によるものと捉えればよい」


 アースがそう補足する。


「ふむ、大体理解した。では早速〔祝福(カリス)〕を渡してくれ」

「話には聞いておったが横柄な娘じゃのう、祝福を乞う態度とは思えぬわい」

「純正の〔(アステロン)〕としては不服かな?」

「否、〔神〕(我ら)は人に礼法など求めぬよ。ただ人という種にしては珍しいと思うただけじゃ。お主はそのままで良い、(あるじ)もそれを望んでおるようじゃしの」

「…………」


 まあ事実だ。性根が小市民なのであんまり遜られると調子が崩れるし、気安く接して欲しい。

 別にそのことは加賀美さんはもちろん、アースにも言ってはいないんだけど年の功という奴か。さすが四十六億歳。


「儂が意識を得たのは二十億年前じゃ、失敬な。余計なことを考えず早う〔祝福(カリス)〕を授けよ、(あるじ)

「はいはい」


 手順自体は昨日、スペルページを取得できるようにした時と変わらない。

 ていうかアレも大まかな括りでは〔祝福(カリス)〕になる。〔(アルケー)〕にスペルページを取り込めるって性質を与えたからね。


 ただ、今回はより変化が顕著だ。

 外からじゃ分からないけど、加賀美さん本人は不意に湧き上がった力に目を見開いている。


「これは……凄いな。まるで重力から解放されたようだ。今ならあそこの木も蹴り倒せるかもしれん」


 樹齢百年は超えてそうな大樹を見て言った。


「不可能じゃないだろうね、環境破壊は褒められたことじゃないけど。ただまあ、上昇した能力には慣れないとだし少し運動して来なよ」


 それから軽く跳んだり走ったり岩ハンマーの素振りをしたりする加賀美さん。

 急に上がった身体能力に初めは戸惑っていたけど、見る見るぎこちなさは解消されて行った。


「よし、慣れた」

「はは、早いね。じゃあ行こうか。ここからは実地試験だ。先代……じゃなかった。アース、色々と頼んだよ」

「うむ。任された仕事はきっちりやり遂げよう。(あるじ)達の武運を祈るぞ」


 そうして僕達は今日攻略する予定の破片へと転移した。



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