13 超常
「いやー驚かされたよ、根性あるねぇ」
肩で息をする加賀美さんに賞賛の言葉を贈る。
勝算は低いと思っていたのにまさか一人で勝ってしまうなんて。
殺気立っていた彼女は、血の混じった唾を吐き捨てるといつもの勝気な表情になる。
「ふ、私にかかれば悪魔などこんなものだ。戦利品の確認をしてくれ」
「その前に回復させるよ。〔原始式〕──リカバー」
損傷度を数値化し、それをゼロにすることで傷を癒す。ついでに流れた血も消し、服の修繕も行った。
彼女は二度三度と手を握ったり開いたりしてから礼を言った。
「それと戦利品だね。魔石とスペルページが落ちたよ。書かれてる魔術は<インビジブルインパクト>」
加賀美さんは遠距離攻撃手段に乏しい。
今回の悪魔のラインナップなら<インビジブルインパクト>は一番のアタリだろうね。
「魔石もこれまでの物より品質がいいな。込もっている【魔力】も他の第二階梯使い魔より一回り以上多い」
使い魔の魔石は少し歪だけど、悪魔の魔石は表面のつるりとした球形だ。
異世界で悪魔の魔石が通常魔石と区別して呼ばれていたのも頷ける。
まあ見た目と内包【魔力】の量くらいしか違わないから僕は分けるつもりはないけど。
「それじゃあちょっと待ってて、次の層は僕がサクっと攻略して来るから」
「おいおいまだそんなことを言うのかい? 見ていただろう、私の勇姿を。次の層の相手もこの私に任せてたまえ」
「いや、たしかに加賀美さんは僕の想定を超えてたけどそういう次元じゃないんだよ、第四階梯モンスターは。マジで戦いにすらならないんだから」
腕を組んだ加賀美さんは憮然と言う。
「そこまで言うなら確かめてみようじゃないか、第四階梯がどれ程のものなのか」
「まあ見学くらいなら良いけど、勝手にどっか行ったりしないでね」
「私は幼子ではないぞ」
幼子みたいなものなんだよ、戦力差的に。というのはさすがに言わなかった。黒い罅に触れ次の層に移動する。
そこは凹凸の激しい原野だった。
あるいは、モンスターの暴威によって生まれた丘陵地帯と言い換えてもいい。
〔録〕で視た過去の光景は、台風に吹かれたレジ袋みたいに舞う天幕と、散り散りに逃げて行く遊牧民達。
前脚でクレーターを作るような化け物から逃げきれたのかは語るまでもないだろう。
そもそも、化け物は一体だけではないのだから。
「見つかった」
だだっ広い荒野をうろつくモンスターの一体が、出現したばかりの僕らの存在に気付く。
となれば当然次の行動は、
「来るよ」
僕が左側を指差すと同時にそいつはスタートを切った。
加賀美さんがそちらへ顔を向けるより早く、豆粒ほどだったモンスターは爪腕を振り被っている。
──ゴオ゛オオオオオオォォォンンッ!!
余波だけで小石が浮き上がった。唸る右爪を受け止めたのは球状に張り巡らされた半透明の薄膜。
ごく微量の〔神力〕を広げて作ったこの薄膜は、〔原始式〕と〔録〕で防御性能を飛躍的に高めている。
この層のモンスターでは破ることはまず不可能だ。
「速──」
速すぎる、と言おうとしたのだろうか。
加賀美さんが口を開き、しかし言葉を言い切るより先にモンスターは六度爪撃を叩き込み、効果が薄いと見るや僕らの背後に回り込んだ。
薄膜の強度に差があると考えたのだろう。実際は強度は全方向均一なんだけど。
「……これが第四階梯の戦闘か」
「そうだよ。現代の部隊じゃ第三階梯までしか対処できないって昨日言ったと思うけどこれがその理由。追いつけないんだよ、相手の動きに」
モンスターは階梯が上がると身体能力も上がる。
そしてその上昇幅は、階梯が高いほど爆発的に大きくなる。
第四階梯ともなれば凡人の動体視力じゃ影も掴めない。
そしてもちろん俊敏性だけじゃなく膂力や耐久力も生物の域を遥かに超えている。討伐には大量破壊兵器が不可欠だ。
そんな話を聞いた加賀美さんは一度大きく息を吸い、時間を掛けて吐き出す。それからポツリポツリと話し出した。
「口惜しいが……認めよう。私では……未だに敵の姿すら視認できない私では、こいつの相手は、務まらなかった、と……」
「そんなに嫌なら別に認めなくても……」
「私が自分の過ちも認められない愚人だと???」
面倒くさいなぁ。
視線を逸らし薄膜の向こうの火炎を見る。
言うまでもなくこの火炎はモンスターの魔術だ。耳目はないが異様に大きな口を持つ、大型車くらいの猟犬が僕らを襲っているモンスター。
そして火炎に吸い寄せられるようにこの層のモンスター達が続々集まって来ていた。
その中にはコアモンスターである双頭の猟犬も混ざっている。
「もういいかな」
〔原始式〕により層全体の敵の動向を見ていたけど、特に気に掛けるべき事柄もない。
〔神力〕を集わせ〔司統概念〕を振るう。
「〔録〕──プレイバック」
刹那、大気が砕け散った。
そうとしか形容できない轟音が薄膜の外の草原を揺らし、ソニックウェーブが土煙を巻き上げた。
どこかから吹いた突風が土煙を晴らし、そこに広がっていたのは死屍累々。
首から上が消し飛んだモンスター達が地に伏している。
傷口からは噴水のように血が噴き出しており、そこら中にあるクレーターの中に溜まっていた。
「何が起こった!?」
「再現したんだよ、隕石の落下を」
現象を記録し再生する技がプレイバック。
自然現象だろうと現代兵器による攻撃だろうと関係なく再現可能な便利な技だね。
今回は拳大の小隕石を全モンスターの頭上数メートルの地点に生み出した。
もっと大雑把な攻撃でも殲滅はできるんだけど、そこは燃費と階梯がネックになる。
速かったり大きかったり構造が複雑だったりすると消費〔神力〕は増大するし、度が過ぎると第五階梯の出力じゃ不発になる。
今だって小隕石は一つずつ再現しなきゃいけなかったしね。
「……それだけの力があっても、件の厄災とやらには敵わないのか?」
「んー、〔神〕にとって物理攻撃ってあんま意味ないんだよね。それこそ反物質爆弾をぶつけたってノーダメージだろうし。肝要なのは〔魂〕を破壊すること。厄災は〔神〕じゃないけど、先代との戦闘記録からして物理が効果薄なのは確かだし」
故に〔神〕同士の戦闘を決めるのは基本的に〔司統概念〕の出力と相性。
後者はどうにもならないけど、前者の差を少しでも埋めるために本体の僕は必死に修行しているのである。
そういった話をしながらモンスター達の落としたアイテム類を電脳空間に仕舞った。
「それでどうする? 前の層で結構頑張ってたし今日は一旦お休みでもいいけど」
「はははは、嫌みか? こんな光景を見せられて大人しく休んでいられる筈ないだろう。新しい魔術も試す必要があるんだ、すぐに次の破片に向かう」
やる気の衰えない彼女に一つ頷き、テレポートを使ったのだった。




