12 VS悪魔
「仲間、かぁ」
加賀美さんの言葉を反芻する。
面白いのは彼女が僕に隔意を抱いている点だよね。
表面上はそんな素振りは見せないけど、この破片騒動自体が自作自演だとか、明かしたこと以外に裏の目的があるんじゃないかとか、色々疑っているみたいだった。
まあそれも仕方のないことだけど。僕のポジションって魔法少女アニメ(深夜)のマスコットキャラみたいなもんだからね。
情報源が僕一人だから、もし嘘を吐いていたとして加賀美さんにはそれを看破する術がない。
ただそんな半信半疑の彼女だけど、さっき口にした「仲間として期待に応えたい」って言葉は本音だ。もちろん僕が騙してないならって条件付きではあるけども。
期待には成果を、恩には礼を、善意には善意を……対等で対称な関係を望む傾向が彼女にはある。
「見習いたい真摯さだけど、はてさてどこまで行けるかな」
考え事はここまでにしてそろそろ意識を戦闘に戻そう。
筒状の鏡面を消し去るや、岩の小槌を手に草原を駆けた加賀美さん。
なりふり構わない疾走は被弾回数を減らそうって心算なんだろうけど、その試みは徒労だ。
「発射じゃあ防がれちゃうし~、面倒だけど~、てや~~」
「【反射】……ぐっ!?」
【魔力】の気配に反応して鏡面を展開するも、悪魔の魔術は防げない。
横薙ぎにされた加賀美さんは体をくの字に曲げて吹き飛ぶ。
「な、んだ……何をされた……?」
「これは防げないんだね~」
「チィ、図に乗るなよ!」
素早く立ち上がり再び駆け出す加賀美さん。
だが数歩も進まない内にまたも吹き飛ばされた。今度の衝撃は正面からだ。
相対速度も手伝ってダメージは一度目より大きい。苦悶の声を漏らして地に転がり、それでも加賀美さんは思考を止めない。
(風の弾丸……は無いな。正面からのも【反射】で防げなかった、風切り音もしていない。それに攻撃を受けた時の感触は何かをぶつけられたというより──)
そして考えながら動きも止めない。
再度走り出すと同時、右手のハンマーをぶん投げた。
詠唱する時間がなかったから<ウォータージェット>は使わなかったけど、山なりに飛ぶハンマーはそれなりの速度が出ている。
敵の詠唱を阻害しつつあわよくば手傷を与えようという思惑の投擲。
しかし悪魔に近づくごとに減速し、やがて完全に宙で停止した。ピン止めされたかのように落下しない。
言うまでもなく悪魔の魔術だ。
「<アロ~キャッチャー>~~」
(この挙動、『防ぐ』より『絡め取る』に近いな。加えて攻撃された時の突き飛ばされるような感触。恐らくこいつの魔術は──)
「からの~<スリングスロウ>~」
適した武器が手に入ったからか、それとも意趣返しのつもりか。通じないと判明しているはずの射出魔術を悪魔は使った。
けどそれは悪手中の悪手だよ。
「【反射】!」
「なっ!?」
弾かれたように加賀美さんへ射出されたハンマーが、一メートルも行かない内に鏡面にぶつかり跳ね返る。
この戦闘において【反射】は反射率五十パーセントでしか使われていない。不意を突かれた悪魔は防ぐことも出来ず胴にハンマーを受ける。
「ぎゃぅっ」
「──お前の魔術の基盤はテレキネシスだなッ」
「正解だよ、加賀美さん」
テレキネシス、サイコキネシス、念動力。
色んな呼ばれ方があるけど、要は手で触れず物を動かしたりするアレだ。
土を圧縮したり、勢いよく撃ち出したり、物を宙に縫い留めたりっていう魔術も、言ってしまえば念動力の応用に過ぎない。
能力の正体を看破し、彼我の距離は十メートルを切った。
跳ね返ったハンマーで呻いていた悪魔は、慌てて次の魔術を発動させる。
「分かったところで~防げないなら意味ないよね~<インビジブル──」
悪魔が使おうとするのは遠くの相手を突き飛ばす魔術、<インビジブルインパクト>。
これまでに二度加賀美さんにダメージを与えた実績があり、たしかに肉体に直接作用するから反射は出来ないけど……加賀美さんだって対策を考えている。
「【反射】!」
「──インパ、あっ」
魔術が発動する数瞬前、悪魔の眼前に巨大な鏡面が広がる。
先例が示すように鏡面じゃ<インビジブルインパクト>は防げない……けれど悪魔は目に頼って狙いを付けている。
数瞬後、鏡に遮られる前の光景から当てずっぽうで魔術が行使されるも、見えない衝撃は何もない宙を掻くだけ。
加賀美さんは右へ大きく回り込むように進路を変えていた。
「お前は私が全方向を鏡面で囲ったとき攻撃をして来なかったな。射程不足や様子見の線もあったが……やはり照準も必要か」
テレキネシスの欠点……と呼べるほどの欠点でもないけど、効果対象の位置を把握してないと今回みたいに空振りする。
自動で対象を捕捉するような機能はないのだった。
ギリリと歯軋りした悪魔は、翼に【魔力】を集めて鏡面の上まで飛び上がる。
「面倒掛けさせやがってぇ~お前はぁ~ただでは殺さないぃ~~」
「【反射】」
目隠しはもう効果が薄いとの判断だろう。加賀美さんは足元に一瞬だけ鏡面を展開、踏みしめて大きく跳躍。
瞬く間に距離を詰めるが、あと一歩遅かった。
「<インビジブルインパクト>ォ~~」
悪魔の魔術が発動する。防御も妨害も最早意味をなさない。
上から下への衝撃が加賀美さんを叩き落とし、
「【反、射】ァ!」
刹那、加賀美さんのすぐ下に鏡面が張られ、そこに触れた加賀美さんは弾むように上へ。
我武者羅な突撃は容易に悪魔へと届き、引き倒すようにしがみついた。
この悪魔の飛行能力は決して高くない。
人ひとり分の体重とタックルの衝撃が加わったことで飛行に支障をきたし、加賀美さん諸共に墜落する。
高さは二メートル程とは言え、下敷きにされた悪魔は小さく呻く。
「この距離なら魔術はもう関係ないな」
「っ~~」
そこからは血みどろの泥試合だった。
殴り、引っ掻かれ、膝を撃ち込み、蹴りを入れられ、頭突きし、噛み付かれ……詠唱の暇すらない近接戦の応酬。
互いに技巧は無く、身体能力は僅かに悪魔の方が上。然して切れ味はないとは言え鉤爪もある悪魔の方が有利に思われるが、加賀美さんには【反射】がある。
ノータイムで展開される鏡面は要所要所で悪魔の行動を阻害し、着実に戦闘を優位にする。
そして戦闘開始から十分程経った頃。
隙を見て近くに落ちていたハンマーを取った加賀美さんにより、悪魔は討ち取られたのだった。




