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11 悪魔と使い魔

「この世に二種類の人間が居るように、モンスターにも二種類いる」

○○(まるまる)な人間とそうでない人間が居る、みたいな言い回しはたしかにしばしば耳にするが……藪から棒にどうした」

「そろそろ二種類目のモンスターに遭遇しそうだからね、先に伝えておこうと思って」


 第二層のコアモンスターであるカンガルーもどきが倒されたところで僕は切り出した。


「それは是非とも聞いておきたいが、三葛君が人間をどう二分しているかの方にも興味があるな」

「一般論として挙げただけだから特に考えてないよ」

「なんだそうなのか」

「そもそもの話、人間を二つに区別しようってのが間違いなんじゃないかな。人間の心や振る舞いは常に一定じゃあない。その時の気分次第で言動は変わる。そういう複雑さを指して十人十色って言うんだしさ」

「まあ、それは一理あるな」


 心なしか面倒そうな顔をしながら肩を竦められた。


「けどモンスターの『二種類』はそういうのとは違う。生まれた時から変わらないものだよ、悪魔か使い魔かって差異は」

「悪魔と使い魔?」

「そ。これまで加賀美さんが戦って来たモンスターは使い魔。悪魔の生み出した手下なんだ」

「コアモンスターもか?」

「そうだね、『コアモンスターか通常モンスターか』ってのと『悪魔か使い魔か』ってのは別軸の区分なんだよ。前者は〔星界(ガイア)〕が砕かれたことで出来た枠組みだけど、後者は異世界に元からあったシステムさ」


 僕が消して来た破片の中にも何体か悪魔が居た。

 こうして話している知識は彼らを解析して得たものだ。


「悪魔と使い魔の違いはなんだ?」

「一番の特徴は魔術かな。低級使い魔は多くても一、二種類しか魔術を使わないけど悪魔は人間みたく魔術を派生させて色々してくるよ。それに潤沢な【魔力】と巧みな【魔力】操作が合わさるから、戦闘力で言えば同階梯の使い魔三体分くらいにはなるんじゃないかな」

「三体分ならどうにかなりそうだな」


 加賀美さんは周囲を見回して答える。

 そこには三つの亡骸。コアモンスターと、その取り巻きだった二体の第二階梯モンスター。

 単純比較はできないとは言え、魔術攻撃が主体の悪魔ならまず間違いなく加賀美さんが有利だ。


「あと本来は契約能力とか高い知能とかもあるんだけど、でも破片に居る個体は『厄災』の影響で一種の暴走状態に陥ってるんだよね。そのせいでどっちの力もイマイチ発揮できてない」


 そこでコアモンスターの体が消え去り、黒い罅が現れる。


「お、今日は引きが強いね。コアモンスターの……悪魔のとこまで直通だよ」

「無駄な消耗が避けられるのはいいな、少し疲れて来ていたところだ」


 【魔力】を完全回復させ、加賀美さんが第三層へ。自身に透明化を施し、僕もすぐに続く。

 色褪せた短草がどこまでも続く平原。その果てに人型の影が一つ。


 全身が薄茶色の毛皮に覆われていて、気怠げに丸められた背には、手のひらサイズの黒い翼が生えている。

 何より目を引くのは異様に長い腕。肘が腰の辺りまであり、先端には三本の鉤爪が付いていた。


 頭には悪魔であることを示す二本の捻じれ角。

 ナマケモノに似た容姿のそいつは、緩慢な動作で振り返り口を開く。


הא(あれれ)~? בן אדם(ニンゲンさん)~~?」

「鳴いた……いや、喋ったのか?」

「正気だった頃の名残だね。譫言(うわごと)みたいなものだよ、そもそも普通の悪魔は異言語の話者にも念話でやり取り出来るし。まあ言葉が通じたとして、悪魔は悪意の塊だから対話で解決とはいかないけど」

אני שמחה(うれしいなァ)~」

「それでも話せはするんだろう? どうにか会話する方法はないのか?」

「まあ出来なくはないよ。(〔神〕)が念話で中継しても良いし、この悪魔が使ってる言語も解析済みのだからそれをインプットすれば加賀美さんも行けるはず」

「インプットしてくれ、言葉を話す者を一方的に殺したくはない」

「分かったよ。人間界セルメゾ大陸ローローク地域の言語データを抽出して……〔録〕プラス〔電脳〕──ノウレッジインプット」

「退屈で~、退屈で~、退屈で~、退屈で~~~……ちょうど玩具が欲しかったんだァ~」


 【魔力】の気配。

 悪魔の周囲に土が浮かび上がり、四つの塊に圧縮された。


「<ソリディファイ>からの~、<スリングスロウ>~~~」

「【反射】、五十パーセント」


 四角錐になった土塊が矢の如く放たれ、大きな黒い鏡面に受け止められた。

 反射率五十パーセントだと光が鏡面で跳ね返らないため黒色に見えるのだ。


「君、少し話をしないか」

「防がれちゃった~、メンドくさ~い」

「私達に争う気はない。矛を収めてはもらえないだろか」

「でも~、あたしの魔術を防いで傷一つないんだから~、同時に何個もは作れないよね~」

「……おい、聞こえているか?」

「ダルイけど~、こう攻撃したらどうする~?」

「っ、【反射】、五十パーセント円筒型」


 新たに作られた土の鏃は、今度は回り込むような軌道で四方八方から襲い来る。

 加賀美さんは苦虫を嚙み潰したような顔で再び黒い鏡面を展開した。

 ただし普段の板状ではなく、自身をすっぽりと覆う筒形で。形状の自由度の向上も【進化】の恩恵だ。


 黒い円筒の中で加賀美さんは叫ぶ。


「アイツ、全然話通じないなッ」

「だから言ったじゃん。悪魔の精神は『厄災』にほぼ塗り潰されちゃってる。目的が殺戮以外に変わることはないし、甘言で油断させるみたいな知恵も残ってないんだ。言葉を話すからって通じ合えると思っちゃ駄目だよ」

「そのようだな、理解した。ここからは本気で殺しに掛かる」

「あ、それなんだけど少し難しいかも」

「なんだと?」


 不可解そうな加賀美さんに、〔(アステロン)〕の眼から視た戦力分析を伝える。


「あの悪魔の魔術、【反射】と相性が悪いんだよ。これまでの戦闘で普通の攻撃は通らないって学習しただろうし、そろそろアレを使って来るはず。僕も多少は手を貸すよ」


 具体的には身体能力の強化とかね。

 第二階梯モンスターはフィジカルも若干強いので、素のままじゃあ力負けしてしまう。

 そう思い提案してみたものの、加賀美さんは憮然とした表情で答えた。


「それは必須なのか?」

「と言うと?」

三葛(みかずら)君の手助けがなければすぐに殺されるのか、という意味だ」

「んー、そこまで殺傷力は高くないかな。【反射】と相性が悪いってだけで」

「ならばまずは私だけの力で戦わせて欲しい。死ぬつもりはないが、勝てそうにないからと早々に力を借りたくはない。何せ君は私を仲間と見込んでスカウトしてくれたのだからな。その期待には最大限応えよう」

「そんな気負うことないんだけど……」


 人間の力には限界がある。

 加賀美さんは自信家で、実際それを自負するだけの才覚はある。

 けれどそれだけなのだ。


「でも分かった、そういうことなら僕は静観してる」


 加賀美さんは自信家だけど、人間の力にはかなり低いところに限界がある。

 人間の力には限界がある。当人が思うよりも低いところに。



 それに頷いた加賀美さんは、重心を低くし、黒い鏡面を消すと同時に駆け出したのだった。



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