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10 多層型破片

 破片とは〔星界(ガイア)〕の欠片。

 破片はそれぞれがコアモンスターを持ち独立して存在しているけど、親和性の高い破片同士が合併することがある。

 それが多層型の破片だ。


 ……こういう言い方をするとまるで多層型が例外側のように聞こえるかもしれないけれど、実のところ破片の大多数は多層型だったりする。

 親和性アリの判定は結構緩いのだった。


「この黒い罅に触れれば次の階層に行けるんだな?」

「そうだよ」


 角バッファローの骸と入れ替わりに現れた真っ黒な亀裂。

 それを加賀美さんは訝し気に睨んでいる。


「しかし……これ、次の階層は安全なのか? 三葛(みかずら)君の力ならどうとでもなるんだろうが、出たところが溶岩の上だったりしたら一瞬で焼死だぞ」

「それに関しては大丈夫だよ、この罅の先はここと似たような草原だから。加賀美さんも【魔力】を上手く眼に集めれば視えるはず」


 この技術は比較的容易なので、手本を見せてやり方を覚えてもらう。

 魔石からの【魔力】吸収技術で下地が整っていたのもあってすぐに習得できた。


 もっとも、最たる要因はやっぱり規格外の才覚だけど。

 さすが外れ値の中の外れ値、もうほぼ完全に【魔力】を御せている。

 体外に漏れる【魔力】も最小限に留めているから、【魔力】感知で気取られることもない。


 そんな加賀美さんはしげしげと黒い罅の向こうを眺めています。


「確かに罅の向こうの景色が見えるな。【魔力】にこんな使い道があったとは」

「【魔力】は〔(アルケー)〕から生まれたものだからね。自分の体に流せば〔(アルケー)〕の強度に合わせてスペックを引き上げられるんだ」

「何だと? それなら全身を強化すれば戦闘はずっと楽になるんじゃないか?」

「それはそうなんだけど、今は階梯能力の修行に集中して欲しいくてね。それに明日(・・)になればこの技術は実質無用になるから」


 あっけらかんとした物言いに、彼女は怪訝そうな顔をする。


「明日か……トライデントの重いという話をした時もそのようなことを言っていたな。明日は何があるんだ?」

「それはまあ、サプライズということで」

「事前に『ある』と知られていてはサプライズにはならんだろう……」


 いやぁどうだろうね。

 イベントの広告とかで『当日にはサプライズゲストも!』みたいなのはたまに見るし、ある程度情報が隠されてたらそれはサプライズになるんじゃない?


「それじゃ、魔石から【魔力】も吸収できたことだし次の階層に行ってみようか」

「ああ」


 加賀美さんが黒い罅に触れる。すると吸い込まれるようにしてその姿が消えて行った。

 僕もすぐに後を追う。


「第二層……と言ったところか。草が高くなったな」

「たださっきまでと違って起伏はほとんどないみたいだね。日本じゃあんまり見ない地形だ」


 開拓されていない広い平地というものを見渡し、一頻り感心してから道案内を始める。

 腰の辺りまである高草を掻き分けながら進むこと数分、第二層最初のモンスターが襲って来た。


「グワァッ、グワァッ」

「鳥系か。まあそういう種類も居るか」


 翼を含めると二メートルを超える大鳥。羽毛がなく皮膚が剥き出しになった頭部は、ハゲタカによく似ている。

 猛禽類特有の鋭い目で僕らを見下ろし、そして攻撃を仕掛けて来た。


「攻撃のため降りて来たところを【反射】で落として──」

「どうやらそうは行かないみたいだね」

「グワァァッ!」


 地上三十メートルくらいの高度で滞空するハゲタカが、強く羽ばたいたかと思うと、風切り音が迫って来た。


「っ」


 そこに込められた【魔力】を感知した加賀美さんが咄嗟に【反射】を使う。

 直後、高草が舞う。加賀美さんの周囲は無事だったけど、そこ以外の地点の高草が切り裂かれ、地面にに切り傷が刻まれていた。

 地味に僕も巻き込まれたけどこっちはノーダメージなので問題はない。


「風の刃と言うわけか」


 加賀美さんが相手の能力を分析し、高空の敵を睨む。

 見えない攻撃なので角度調整に失敗したのか、反射した風の刃はハゲタカに当たらなかったみたいだ。


「倒せそうですか? あのハゲタカ」

「フッ、愚問だな。私にとってあいつはハゲタカではない、ただのカモだ」


 言い終わるや、加賀美さんは跳んだ。

 続けて宙に【反射】の鏡面を張っていき、多段ジャンプの要領でみるみる高度を上げていく。


「グァッグァッグアッ!」


 けれど加賀美さんの到達よりもハゲタカの第二射の方がずっと早い。

 収束した【魔力】が風の刃となって放たれ、


「【反射】」


 すぐ目の前に展開された鏡面に跳ね返され、ハゲタカをズタズタに引き裂いた。間合いはとっくに二十メートル圏内──【反射】の射程だ。

 墜落を始めたハゲタカはどうにか途中で体勢を立て直し落下速度を緩めるも、そんな隙を見逃す加賀美さんじゃあない。

 鏡面を踏みしめ宙を翔けハンマーをハゲタカに振り下ろした。


 今度こそ地に落ちたハゲタカは、続く加賀美さんの攻撃で完全に息の根を止められたのだった。


「ざっとこんなものだな。しかし……このモンスター、やけに強くなかったか? 取り分け魔術の性能はこれまでのモンスターのとは段違いだったように思う」

「第二階梯のモンスターだからね、身体能力も高くなってるんだよ。結局は鳥だからあんまり違いは分からなかったと思うけど」

「モンスターにも階梯があるのか?」

「そうだよ。階梯は原則全ての生物に存在するからね。階梯が上がると肉体は強くなるし魔術の効力も増す。上位モンスターには複数の魔術を使う個体も多いよ」


 ハゲタカの魔石から【魔力】を吸収しながら加賀美さんは頷く。


「ならば問題はどのくらい第二階梯のモンスターが居るかだな。コアモンスターは確定として、他のモンスターの中には何割程度混ざっている?」

「三割くらいだね、残りは全部第一階梯」

「そうか、なら()したる問題にはならないか……。ところでこの破片は全部で三層だと言っていたな」

「言ったね」


 多層型破片の説明をするときに、流れでこの破片についても話したのだ。

 正しくは『加賀美さんに攻略してもらうのは三層』だと言ったんだけど。本当の最終層である四層は、今の加賀美さんには荷が勝ち過ぎる。


「三層のコアモンスターも第二階梯なのか? それとも今度は第三階梯か……逆に第一階梯に戻るということも考えられるが」

「いや、戻ることはあり得ないよ。破片は奥の層ほど強いモンスターが居るからね」

「そうなのか?」

「比重の重い物ほど沈みやすいのと似たような原理さ。コアモンスターの〔(アルケー)〕が強大な破片ほど奥に埋まる。ここの第三層のコアモンスターは第二階梯だね」


 まあそいつはちょっと特殊で、普通のコアモンスターとも違うんだけど。

 そう言った僕を問い詰めようとした加賀美さんを遮り、草むらを指さす。


「来てるよ、新手が」

「ちっ。こんな時に。第三層のコアモンスターについては後で教えてもらうからな」

「もちろん然るべき時になったら教えるよ」

「……前々から思っていたが、君、無駄に思わせぶりな言い方をする癖があるよな」


 じっとりとした視線から逃れるように、僕は透明化したのだった。



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