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第7話 元人気落語家 根岸亭楽々 VS 元フライ級チャンピオン ビクトリー勝田

 パンチことビクトリー勝田が浮気ばかりしている元人気落語家 根岸亭楽々の新妻を不憫(ふびん)に思い、自分のアパートへ連れて行った、その翌日。鳥越商事に出勤してきた社員のパンチ、マクノウチとトビは、一階の事務室で競馬新聞を読みながら茶をすすっていた。そこへ入り口ドアをどぉーんと蹴り上げて入ってきたのはゼンザこと元落語家の根岸亭楽々だった。


「おーい、パンチ。てめぇ、この野郎ぉぅ。人の女房をかどわかしやがって。美花を返しやがれ」


 パンチは飲んでいた湯呑茶碗を机に置いた。

「おう、ゼンザ。随分と機嫌が悪りぃじゃねえか。昨日はよしこママの所にしけこんでいたんじゃねえのかい」


「何にぃおー、くそったれぇ、てめぇに何がわかるってんだ、このトンチキ野郎めぇー」

 ゼンザがパンチの胸ぐらをぐいっと掴む。


「何しやがる、その汚ねぇ手を放せってんだ。女のケツ見れば追いかけやがって。てめぇは盛りのついた犬かってんだ。人間様ならなぁ、少しは人間様らしくしやがれ。可愛い女房をほったらかして、泣かせるような外道(げどう)なマネをしていやがるのは、どっちだ。()っちぇえ坊主抱えてよ、蝶々がどんな思いしているのか、てめぇにわからねえのかよ」


「ふん、坊主だぁ。俺にちっとも似てねえ、誰の子どもかわかんねぇ、坊主の面倒見ろってかよ。蝶々だって日本全国の地方キャバレー回りしてきた女なんだぜえ、どこの馬の骨とくっついて、腹の子しこんだのか、わかんねぇじゃねえか」


 ゼンザの突飛な言動に上野池之端の大工で棟梁鳶辰の息子、池之端の辰一トビは小さく呟く。

「そりゃあ、ちょっと言い過ぎなんじゃねえか・・・」

 ここに元浅草金杉組の若頭だったジンギがいたら血を見てたな、まだ出勤してなくて良かったぜとトビは心の中で思っていた。


「それでもよ、男だろ、てめぇ。惚れた女のためなら、女を信じるのが筋じゃねぇのか。産まれたときは、てめぇの子だって喜んでたのは嘘っぱちだったのかよ。」

 


 鳥越商事の二階の居間。

一階から響いてくるゼンザの怒声は、朝食を取っている祖父の政太朗と孫のアヤコの耳にまで届いた。アヤコはごはん茶碗を座卓に置き、階下へ降りて行こうとして、政太朗に腕を掴まれた。

「すぐ終わる。いいから、ご飯を食べてなさい、アヤコ」


「だってぇ、おじいちゃん。パンチさんが喧嘩したら、大変なことになっちゃうよ」


「そろそろマサもやって来る頃だろう。心配いらん」

 唇をふくらますアヤコに政太朗はピシャリと言い放った。


 一階では二人の喧嘩のやり取りはまだ続いている。

「おう、おう、おう。何度だって言ってやるさ。てめぇって男はよ、女とねんごろになった途端、すぐに別の女に入れあげる。芸を極めるから遊びつくして女房を泣かせるっての「芸」があってのことじゃねえか、芸のねぇ、落語も辞めちまったんだ。そんな昔のことはきれいさっぱり忘れやがれ。てめえって男の性根はよ、反吐が出るほど腐っていやがる。いったい何人の女を泣かせたら気が済むんだぁ」

 パンチの発言は正論だ。トビもマクノウチもうんうんと(うなづ)く。


「黙って聞いていりゃぁ、調子に乗りやがって、このボクサー崩れがよ。パンチ、てめぇ、いったい何様だ。俺に説教できる身分かよ。てめぇだって、事故を起こして大勢に迷惑かけてきたクチだろうがぁ。俺はなぁ、確かに浮気はしてきたさ。けどなぁ、師匠の家を潰すような外道な真似はしちゃいねえ。てめぇのいた橋口拳闘ジムはどうなった、せっかくのボクシングブームになっていたのによぉ、チャンピオン選手を失って、選手はみんな逃げちまい、挙句の果ては倒産じゃねえか。育ててくれた師匠に後ろ脚で砂をかけてきたてめえが、俺に説教だぁ、笑わせるんじゃねえ」


 得意満面に言い放ったゼンザは、その勢いのままパンチに向かって殴りかかろうとしたが、パンチにヒョイと交わされたはずみに、身体のバランスを崩して前のめりに突っ伏した。その一部始終を傍観していた元前頭力士の五月海山ことマクノウチが、ぷっと吹き出す。

「元チャンピオンにボクシングで勝てるわけないわな」


 ゼンザの右フックはよけたものの、パンチは心の傷を皆の前で暴露され、てめぇこそ、何様なんだよォォ、クソぉーと心で叫んだ。


 痛てててぇてぇ。ぶつぶつ言いながら立ち上がったゼンザは、

「てめえら、俺のことをバカにしやがって、畜生、美花を返しやがれ、バカヤローどもがぁぁぁぁああぁ」

そう言うなり、いきなり、ウォォォーンと泣き喚きはじめて、その場を立ち去るべく入り口のドアを開けたが、ちょうどドアの向こうには出勤してきたジンギとマサがいて、これまたドンとぶつかった。


「畜生っ、どいつもこいつも、みんなで俺をいたぶりやがって。てめえら、覚えてろ、このままで済むと思うなよ」

 ジンギもマサも「何か一悶着あったな」と察したが、走り去るゼンザの後ろ姿をそのまま見送っていた。


 ゼンザはその捨て台詞を残したっきり、会社にも借りていたアパートにも戻らなかった。

 間もなく、新しく借りたアパートではパンチが蝶々美花と子どもの3人で暮らし始めていた。

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