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第4話 美男子で高身長の小学校新任教師は平安からの記憶を抱え持つ財閥御曹司

 浅草にある 柳北( りゅうほく)小学校の新任教師、 龍泉寺(りゅうせんじ ) 拓臣( たくおみ)は5階のビルの窓から王子神社の鳥居を見下ろし、大きなため息をついた。神社前の本郷通りは高度成長期のマイカーブームの影響もあって、よく渋滞するようになっており、時折鳴らす車のクラクションが騒々しい。


「君は、僕のことを全て忘れて生まれてきたというのか・・・」


 拓臣の脳裏には前生の記憶が蘇った。

 亜也子と別れたのは1904年の明治37年5月30日、日露戦争へ出征した日だった。生まれたばかりの娘、 奏絵(かなえ )を抱いた亜也子が家の門の前に立つ。新緑の柳が微風に揺れる。亜也子は細く白い指で拓臣の手をギュッと握った。亜也子の眼差しが温かい色を帯びている。


「拓臣様はきっと生きて戻られます、亜也子には軍服を着た拓臣様が奏絵の女学校入学を祝う姿も、結婚を祝う姿も見えております。拓臣様、戦地ではお辛いことも多うございましょう、苦しいことも多うございましょう。ですが、拓臣様、私の 心視()に間違いはありません。どうかご安心なさってくださいませ。亜也子は拓臣様のご帰還をきっと、きっと信じております」


 拓臣は涙を浮かべる亜也子の肩に、そっと手を置いた。奏絵はすやすやと寝息を立てている。亜也子の身体が微かに震えていた。


「亜也子、君の 心視()を信じるよ。僕は大丈夫だ。僕たちはやっと夫婦になれたんじゃないか。これまで父娘で生まれたり、姉弟で生まれたり、なかなか夫婦になれなかった。最後に夫婦だったのはいつだ。初めて出会った平安の世じゃないか。やっと現世では共にに生きてゆける・・・そう思ったら、この戦争だ。僕は君でなければダメだ。僕の人生には君だけでいい。もう君の側から離れたくはないよ」


 亜矢子の頬に涙が幾筋も光る。


「拓臣様。私も、拓臣様と共に歩む人生が訪れ、心から感謝しています。今世で、やっと夫婦になれる出逢いとなって、亜矢子は本当に嬉しゅうございます。こうして私たちに初めて子どもが授かったんですよ。この千年、どんなに長くこの時を待っていたかと思うと・・・」


 嗚咽する亜矢子の声は声にならなかった。


「亜矢子、待っていてくれ。僕は必ず君の元に帰る。心から愛している。この気持ちは永遠に変わらない」


 拓臣も涙をこらえて背を向けた。振り返って亜矢子を見たら、任務も使命も全て投げ出してしまいそうだった。 亜矢子は声を出さずに泣きながら、拓臣の出征していく背に向かい手を振り続けていた。


 亜也子の言った通り、拓臣は 旅順(りょじゅん )総攻撃(そうこうげき )で作戦失敗により左肢(ひだりあし ) 銃創( じゅうそう)を受け、9月10日に戦地から帰還した。しかし亜也子は1年のうち一番の 厄日(やくび )である9月1日、 大禍時(おおまがどき)の瞬間移動を妖魔に狙われて命を落としていたのだった。それからの拓臣は左肢が不自由なまま、軍の医者である医監の任務が解かれ、軍から徴集を受けることもなく、家業の 醫院(いいん )を継いだ。確かに、奏絵の女学校入学や卒業、更には結婚まで見届けたが、1915年、各地で治めていた 修験者(しゅげんじゃ )の一部が反旗を翻した挙句、妖魔に取り込まれてしまった。


 世の中が戦争に突入している中で二神獣しか召喚できず、妖魔との戦いで深手を負い、拓臣もまた命を落とした。やはり四神獣の力、願わくば五神獣の力を得たい、その心と亜矢子への思いから今回は早く転生した。

 亜矢子もきっと同じ思いでいるはずだ。だとしたら、いつもより早く亜矢子も転生しているだろう。それに奏絵が子どもを産んでいたとしたら、我ら一族の血を濃く強く引いているはずだ。もしかしたら奏絵もまだ存命しているかも知れない。一刻も早く、亜矢子や娘の奏絵、そして奏絵の子どもを探しあてたい。


 平安から 虎視眈々(こしたんたん)と人身を狙ってきた妖魔や鬼が、江戸末期の戦乱に乗じて随分と数を増やしている。我らの力で、戦争のない平和な大和を維持しなければならない。それがこの力を(たまわ)った我ら一族の使命だからだ。それにしても・・・と、拓臣はまた大きく、ため息をついた。

「今度の転生は失敗したのか、亜矢子・・・」

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