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第5話 元人気落語家 根岸亭楽々の元妻が新妻の元少女歌手16歳の蝶々美花に因縁をつける

 浅草の柳北(りゅうほく)小学校から、鳥越(とりごえ)神社裏にある福宮アヤコの家まで歩いてもわずか10分足らずの距離だった。それでも祖父の政太朗はアヤコを徒歩で通学することを禁止した。

 鴉金屋は日銭とはいえ金貸屋だ。どこぞのヤクザのように高利で貸し付けて、何か月にも渡り、全てをむしり取るような阿漕な取り立てはしない。それでも世の中には金貸しの生業(なりわい)を「金持ち」と決めてかかり、強盗や泥棒、果ては誘拐まで企む者が少なからずいる。娘のトワコを失くした今、唯一の孫アヤコだけは嫁入りするまで傷一つつけることなく育てる。政太朗はそう決意していた。いざ暴漢が現れたという時のため、信用のある4人の社員をアヤコの小学校送迎メンバーにしたのである。

 この日、小学校を下校したアヤコはいつものように迎えにきた車に乗っていた。男衆のメンバーは政太朗の右腕のマサ、パンチ、マクノウチ、トビといつもの4人。


ちょうど左衛門橋通りと蔵前橋通りの交差点の赤信号で止まったところ、元フライ級ボクシングチャンピオンのビクトリー勝田ことパンチが運転席のマサに声をかけた。


「マサ兄い、すんません。自分はここで降ります」

「どうしたんだ、パンチ」


パンチは後部座席から身を乗り出すと、交差点を指さす。

「ほら、あれでさあ、ゼンザの若い女房が古女房にとっちめられてるんでさぁ・・・」


 マサが目を向けると、横断歩道の前で、子どもを胸に抱く若い女が、着物姿の中年女に何度も頭を下げながら泣いていた。


「私も一緒に行く」

アヤコが話の間に入った。


「お嬢、心配しないでくだせえよ、俺が一人で行ってきやす」

振り向きざまにマサも、

「深入りするなよ、パンチ」

「もちのろんでさぁ」

 パンチは車から降りると交差点へ向けて駆けて行った。


「蝶々美花はとびっきりのいい女だもんな。俺だって想い想われの仲になったら、古女房なんか捨てちまうね」

そう言ってペロッと舌を出したのはトビこと、上野池之端の大工で棟梁鳶辰の息子、池之端の辰一だ。


「いい加減にしろよ、トビ公」


「おおっ、こわっ。ジンギの琴線に触れちまったか。悪かったよ、蝶々美花の話は金輪際しねえよ」


 蝶々美花とジンギにどういう繋がりがあるのか誰も知らない。ただ蝶々美花の話を持ち出すと、元浅草金杉組の若頭だったジンギこと三筋豪は、途端に機嫌が悪くなるのだった。


 パンチはゼンザこと元落語家、根岸亭楽々の最初の妻だった初音に駆け寄った。


「姉さん、交差点でみんな見てまさぁ。うちのお嬢も、ほら、あそこ。車の中で心配してるんで、どうかここは気持ちを納めてやってくだせぇ。ほら、これこの通り、俺も頭を下げますんで」


 初音は唇をヘの字に曲げ、白いベンツを一瞥してから、ふんと鼻息を荒くし、パンチを睨みつけた。


「あんたに何がわかるって言うのよ、まったく。鳥越の社長には昔から恩義があるから、今日のところは引き下がってあげるわよ。だけどね、今度、私の買い物先に、ちょろっとでもこの女が現れたら、ただじゃおかないからねっ。まったく気持ちよく買い物していたら、こんな泥棒猫を見ちまって、腹が立つったら、ありゃぁしない」

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