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第12話 源義経郎党の片岡常春として転生した陰陽師蘆屋道満が、奥州藤原氏の娘文子姫と恋に堕ちる

 マサが鳥越商事の一階事務所で煙草を吹かしていると、アヤコが銭湯から帰ってきた。事務所にはマサしかいない。


「マサ兄ぃ、ただいま」


「お帰り、お嬢」


「あれ? まだみんな集金から戻ってないの?」


「だろうな。お嬢、申し訳ねぇが、自分もこれからちょいと集金に行ってきまさぁ」


「そうなんだ。わかった。じゃ、またね。行ってらっしゃぁい」


 アヤコの笑顔が愛おしい。このままアヤコと過ごす、なにげない時間を1分1秒でも重ねていたい。が、その思いを捨て去り、マサは事務所のドアを開けた。事務所前に停めてある250ccの北川製のバイク「ライナー」に(またが)ると、千住大橋(せんじゅおおはし)を目指した。清州橋(きよすばし)通りを過ぎ、奥州(おうしゅう )街道を走る。


 昨日、千住大橋の河川敷で小学生の女子児童が殺され、身体には無残な傷が残されていたとラジオのニュースで流れていたからだった。


 異形(いぎょう)の仕業だ。神器(うつわ)は古来より、十万人に一人の割合で神器(うつわ)の資格有りとして生を受ける。しかしその多くが神器(うつわ)を覚醒することはない。そのため異形は未覚醒者を手当たり次第に襲うしか、神器(うつわ)の存在を確かめる(すべ )がないのだ。


 (あお)い光が放たれたことで、今まで静かだった東京に神器(うつわ)の未覚醒者を狙う異形が(うごめ )き始めたのか。それにしても千住大橋には以前、結界を二重に張っておいたはずだ。千住大橋から浅草までは、わずか5キロ。

 文子姫(あやこひめ)から転生したアヤコだけは、この命を懸けても必ず俺が守って見せる!!




 文子姫(あやこひめ)……初めて出会ったのは1188年の桜の咲く時期だった。

 平安の世、悪名高い陰陽師として名を()せた蘆屋(あしや )道満(どうまん )から転生した男は、片岡(かたおか)常春(つねはる)と名乗り、源義経の郎党(ろうとう )として、源頼朝から逃れるため奥州藤原氏の()べる平泉へ逃げてきていた。

 

 片岡 常春は義経一行15人の郎党と共に、招き入れてくれた奥州藤原氏の3第目当主 藤原 秀衡(ひでひら)が催す晩の(うたげ )に加わっていた。久々に酒を飲んだせいもあり、片岡 常春は月夜と庭の桜を眺め、酔い覚ましをしていた。そこへ秀衡の一人娘が片岡 常春の真横にちょこんと座わり、好奇心旺盛の眼差しを向け、名を(たず )ねた。


「私は、片岡光政太郎と申す」

あえて常春は名乗らず、先の戦さで若い自分を(かば )って矢に倒れて死んだ、源義経の四天王と(うた )われた鎌田光政の名を自身の名に加えたのだった。


「光政太郎……長ぁーい、すごぉく長い名前。うふふ。いっそのこと、半分に切って、かたおかみつ・まさたろう、なんて、いかがでしょう」


「かたおかみつ、さすがにそれは無かろう」

二人は初対面で有りながら、同時に笑った。


「だが、まさたろうの名は良いかも知れんな」

「そうでしょう、そうでしょうとも」

左の片手を口元に当て、愉快そうにコロコロと無邪気に笑う文子姫に、片岡常春は藤原氏の財力で豊かで幸せに育ってきた文子姫に羨望(せんぼう )(いだ )いた。


 それからは片岡常春が一人でいるときも、郎党と剣の稽古(けいこ )で一休みしているときでも、

「ねえ、まさたろう様、京のお話をもっとお聞かせくださいませ」

「まさたろう様、わらわと、剣のお手合わせしてくださいませ」

と、子猫のようにまとわりつくようになった。


 郎党たちは「早く文子姫を(めと )られねば、頼朝に取られてしまうぞ」と軽口を叩くようになっていた。確かに、藤原 秀衡の元には源頼朝から娘を鎌倉へ寄越すようにと文が幾通も届き始めていた時でもあった。

 けれど、転生して片岡常春となった自分は、陰陽師蘆屋道満としての過去の自分が(やま)しく、後悔も心の中に(うずたか)く集積しはじめていた。これまで人を(おとし )める呪術や、禍々(まがまが )しい異形を呼び出して呪訴した結果、殺した人間も少なくない。それなのに天心(てんしん )爛漫(らんまん )な娘に恋心を寄せ、過去の自分を知って嫌われたくない。そんな感情も募ってきている。このまま一人で逃げてしまおうかとも考えた。だが、鎌倉で呪術をつかう(やから )から義経を守るための結界を解くわけにもいかない。恩義ある鎌田光政から「私の代わりに義経公を守ってくれ」との遺言も破りたくはなかった。


 藤原家で過ごし始めた、その年の夏。片岡常春は「イワナ釣りをしましょう」と文子姫に誘われ、釣り竿を持ち、二人で衣川(きぬがわ )へ出かけた。雲一つない青空にトビが舞っている。二人は林を抜け、衣川へ着くと、川面には限りない魚影があった。

 二人(そろ )って(こけ )むす大岩に腰をかけ、釣り竿を垂らし、川のせせらぎを耳に()わせる。戦さも(いさか )いもない静かな時間が過ぎていく。が、一刻経っても小魚一匹も釣れず、「場所を変えよう」と話して立ち上がったところ、文子姫が岩の苔に足をすべらせてバッシャアーンと川へ落ちたのだった。


 緩やかと言えども川には流れがある。川の水をばしゃばしゃと手で叩きつけて流れていく文子姫を追い、片岡常春はその場ですぐに川へ飛び込んだ。かなりの深さだ。沈みかけている文子姫に追いつくと、身体を抱き寄せ、自身も流されないように、どうにか泳ぎきり、岸へ辿(たど )り着いた。


 少しの間を置いて、気を取り直した文子姫は立ち上がった。頭に結わえていた髪飾りは取れ、着物も乱れて胸の前がはだけ、身体の線がぴっちりと(あら )わになった姿で「申し訳ありません。わらわの不注意で」と瞳に涙をたたえて、片岡常春を見つめて詫びている。


「文子姫のせいではありませぬ」

文子姫の白い首筋にぽとりと(したた )り落ちる水滴が、太陽の光を反射し、まるで地上に降り立った天女のように輝いて見えた。


 「まさたろう様、わらわは……」

 その瞬間、片岡常春は込み上げてくる衝動を抑えきれず、文子姫の身体を手繰り寄せ、小さな身体をぐぃっと抱きしめ、唇を重ねた。柔らかな唇の感触と、豊かな乳房が片岡常春の身体に押しつけられ、爆発しそうなほど胸の鼓動がドクンドクンと高まる。重ねられた唇から「あぁっ」と文子姫の声が漏れ、文子姫の涙が片岡常春の頬に伝わってくる。


 愛おしい。心底、文子姫が愛おしかった。もう過去なんてどうでもいい。これからは文子姫のために生き、文子姫を守り、死ぬ時も文子姫と一緒だ。

片岡常春は決意した。



 白昼堂々、二人の男女が濡れて裸体が見えるまま、川辺で唇を重ねて抱き合っている。その様子を、屋敷を出てからずっと尾行してきた藤原秀衡の第六子で文子姫の弟、頼衡(よりひら)が眺めていた。必死に怒りを抑えてはいたが身体がワナワナと震える。頼衡(よりひら)は両手の拳をきつく握りしめた。

「おのれぇ、道満めっ。こんな真似をして許さんっ。……道満、決してただでは済まさぬぞぉ」

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