401円のクリスマス
クリスマスらしい。
なんて、帰りの中、つり革を握りながら揺られている中。
チラ見したスマホで日程を確認して、ふと思った。
乗ってる電車は終電。
今日も今日とてとても忙しかった。
社会人何年もやっていて、慣れて来た疲労ではあったが。
この程度の疲労で弱音を吐いていた時期もあったのかもしれないがね。
私は1人電車に揺られ。
浮いてるような感覚のまま駅を降りた。
夜ご飯はいつもコンビニだ。
でもやけに緑色のプレートが目立ってて。
いつも食べるオムライスの反対側の、スイーツコーナーがにぎわっていた。
それもそうだ。
世はクリスマス。
あんまり考えないようにしていたわけではない。
ただ、何となく忘れていた。
何となく忘れていたで言ってしまえば、自分の誕生日もそれに該当するだろう。
気が付くと過ぎていて、歳をとっている。
私は今や、アラサーだ。
「398円です」
「袋もお願いします」
「分かりました。では401円です」
「はい」
何だか分からないが、ふとなんとなしに、スイーツコーナーにあったショートケーキを買った。
別に意味があるわけではない。
でも何となく、買ってみるか。と思ったのだ。
そういう事はないだろうか?
具体例を出せと言われると難しいが、私は案外あると思っている。
私は小さなレジ袋にケーキを入れて。
そのままフラフラと家に帰った。
マンションを上がって、冷たいドアノブを捻る。
中から流れる冷気に晒されながら、特に何も言わずに家へ入った。
服を適当に脱ぎハンガーへかけ。コンタクトを外した。
お風呂も朝入るからいいとして、私はレジ袋を開けた。
中にあったのは小さなショートケーキだ。
「……そういえば、ケーキなんて最後いつ食べたんだろう」
記憶を遡っては見るが、特に答えは見つからなかった。
友人も少ない私だ。ケーキなんぞ、今日の様な気まぐれでしか購入しない。
だから予想になるけども、多分子供の時が最後だろう。
でもあんまり覚えていないんだよね。
「うーん……?」
子供の時のクリスマスってどういう感じだったんだろうか。
なんて疑問を残しながら、私はコンビニで貰ったフォークでケーキをつつき。
真っ白く小さな雪が降る窓の外、そこから流れる冷気にあたりながら。
私はケーキにフォークを入刀し。
分けた小さな方にフォークをさして。
その甘くて柔らかい物を。
両目を閉じて、口へ投げ入れようとして。
「いただきま」
「いだだきます!!」
「いただきま~す」
「いただきっ」
「「「………………」」」
「はにゃ?」
「へ?」
「……え?」
パクっと口にケーキを含んだ瞬間。
じんわりと滲む甘味、そして、柔らかなスポンジを舌で転がしながら。
久しぶりの甘味に感動をして、そして気が付いた。
「……え?」
私が目を開くと。
目の前の小さな四角い机の先には。
「………」
小さな幼稚園児が座っていて。
私から右側に当たる場所に座っているのは。
「………」
小学生の様な女児が一人、膝で立ちながらケーキを食べており。
そして、私から左側に座っていたのは。
「………」
見間違えようのない。
その人物は、確かに私の視界内で正座して座っていて。
満面の笑みでケーキをもぐもぐとしていた。
その姿には見覚えがあった。その髪型、その鼻の位置、その制服にも見覚えがあった。
「――――」
私は久しぶりに絶句した。
彼女は、中学時代の私だったのだ。
――――。
「……えっと、もう一度おさらいしましょうか」
私は部屋の電気をつけ、暖房を回し、そのもとで言葉を紡ぐ。
そして両手を一定の位置で持ち上げながら。
混乱している自分に言い聞かせるように口を開く。
「皆さん、ご自分のお名前と年齢をもう一度お願いします」
そう告げ、私は右手をソファに座っている3人組の右端に向けた。
すると彼女はフワァと、
ジブリの女の子の笑い方みたいなのをワンクッション挟みながら。
「あたしの名前はりさ! 歳はことちで5さいっ!」
りさ、5さい。幼稚園児。
続けてどうぞ。
と右手をスライドさせる。
「わ、わたしは水戸リサっていいます。今年で12歳の、小学生5年生です」
水戸リサ、12歳。小学生5年生。
「……私は水戸リサと言います。15歳。中学3年で、来年受験です」
水戸リサ、15歳。中学3年生。
「な、なるほどね。私は水戸リサ。そろそろ30歳。会社員」
水戸リサ、30手前、社畜。
これでこの場に居る全員が自己紹介をおさらいした。
まぁ、見るからにというか。
どう見ても水戸リサ軍団であるのは変わりない。
「とりあえず。状況自体は理解不能ね」
なんて細いメガネをくいっとしながら、中学リサは言う。
そう言えばそういう癖あったな。
別に何かにハマっていた訳でもないけど。
「ええっと、これって夢なの?」
「いや、会話ができてる時点で夢じゃない」
小学リサの言葉に、私はそう返した。
夢にしてはおかしい。
だって会話ができているんだから。
彼女ら水戸リサ軍団としっかりと会話出来ている。
その時点で夢ではないし、何なら大分意識ははっきりとしている。
おかしいな。
帰ってきてケーキ食べるまで意識がふんわりしてた気がするんだけど。
まあ、この状況で目が覚めない訳がないんだけどさ。
「……」
「…………」
「とりあえず、みんなどうやってここに来たか覚えてたりする?」
私はどうしてこの場に過去の私が集合しているかを考える為。
水戸リサ軍団にそう告げた。
すると。
「けーきたべてた!!」
「ケーキを食べてました!」
幼女リサと小学リサが同じ勢いで言った。
歳が近いから、似てるのかな?
なんて思っていると、幼女リサと小学リサはお互いに顔を合わせて。
「にぃ」
「……」
幼女リサの笑顔に、小学リサが渋い顔をした。
ま、まぁ、気持ちは分かるけど。
喧嘩しないだけ偉いぞ、小学リサ。
大丈夫。その子供嫌いは、今の私にも引き継がれている。
「かわいい」
「え゛」
渋い顔のまま、小学リサは予想外の言葉を呟いた。
思わず私は野太い声を漏らす。
「ん? どうしました?」
「……いいや、何でもないよ」
ま。まぁ。ね。
私も存外、過去の私を理解していないと言う事なんだろう。
「私も自室でケーキを食べてました。その証拠のフォークも持ってます」
と空気を読んでか分からないが、ジト目の中学リサが自身のフォークを出した。
出て来たフォークは金属製の普通のフォークだった。
「それで言ったら、私ももってます!!」
「あたしも持ってるよ!!」
なんてぞろぞろ出て来たフォーク、年代別の私だからだろうがそれぞれ特色があった。
幼女リサ → キャラ物の子供用フォーク。
小学リサ → 小さめの金属フォーク。
中学リサ → 普通の金属フォーク。
社畜リサ → コンビニで貰えるフォーク。
「……何だか虚しい」
「なかないでみらいのあたち、きっとプリキュアが助けてくれるわ」
「いやっ、ね? エコには日ごろから気を使ってるのよ?」
「そのレジ袋を買わない所からエコは始まるんだよ、未来の私」
ちゅ、中学リサぁ……。
と、私は意地悪言う彼女に涙目を送る。
「だ、だいじょうぶだよみらいのあたち。女の子だったらだれでも、プリキュアになれる“しかく”があるんだから」
「今思い返すと、清々しいくらい女尊男卑だよね。プリキュアって」
なんて言い始めたのは小学リサだ。
……私の小学校の時って、こんな事言う人だっけ?
遠い過去すぎて覚えてないかもしれない。
「そこは安心して小学リサ。最近男の子のプリキュアもでた」
「おお、もしかして、未来は有望?」
「いやそうでもないけどね」
この子らに今のコンテンツの有様を見せたら悲しむだろうな……。
まあそんな事は良くて。
「とにもかくにも。みんなここに来る直前は、ケーキを食べてたって事?」
「そう!」
「そうだと思います」
「そうね」
全員が肯定した。
となると、この状況を引き起こしている事にケーキが関係している。
……と言う事だろうか?
うーむ。
まずまず過去の私達が今の私の部屋に来ること自体が眼前のファンタジーであって。
その眼前ファンタジー最中の私達が、果たしてこの現象を紐解けるのかが疑問だ。
私たちが想定していない人知を超えた力が働いているのかもしれないし。
なんて人生で言ってみたかった気もするセリフまで言うけども。
…………うーん。
「てかさ! おとなのあたち! いちご食べてないけど、食べてもいい?」
「えっ。食べたいの?」
「うん!!」
幼女リサは私がつついてそのままだったショートケーキに指をさし。
そうやって言ってきた。
「私もいちご好きだから、出来たら食べたいけど……」
「ならいいよ! あなたもあたちなら、きっと同じくらいいちごが好きだとおもうから」
「……そう、だったね」
そう言えば、そうだった。
私はいちごが好きだった。
社畜になって数年が経つけど、……そのせいなのかな?
忙しくて忘れていたんだと思うんだけど。
……いつから私は、自分の好きな食べ物を忘れていたんだろう。
「――そろそろ私、戻りたいです」
切り出したのは、小学リサだった。
「そうね。私も勉強に戻りたい」
同調するように、中学リサも同じことを言う。
とはいう物の、分かり切った話ではあるが。
「どうやったらみんな戻れるんだろうね……?」
「タイムマシンを探しましょう」
「念じるとか?」
「想いよとどけ!!」
どれも頼り無さそうなだ。
でもそうだね。みんな戻るべきだ。
みんな自分の時代へ、私の過去へ帰るべき。
「――――」
と言うか、なんでこの時代の私達が選ばれたんだろう?
「……早く戻らなきゃ、プレゼント交換会に間に合わくなる」
唐突に、私が知っている単語が響いた。
その言葉は小学リサから出た言葉であった。
「……あぁ懐かしいね、ミヨコちゃんだっけ?」
「うん。あの子すこしだけ引っ込み思案だし、心配なんだ」
その言葉でどんどん思い出してきた。
ミヨコちゃんは私のクラスメイトであり、黒髪で可愛い女の子だった。
そして確か、頭が良かった。
……そうだ。頭が良かったからクラスの子に嫌われていたんだ。
そのせいで友達が中々できないミヨコちゃん。
彼女を可哀想と思った私は、勇気を出してうちのクリスマスパーティーに誘ったんだ。
「……心配か」
「私は受験勉強中よ。ただでさえあんまり頭が良くないんだから、早く帰って続きをしないと」
と落ち着いた顔のまま言うのは中学リサだ。
また、思い出してきた。
当時私は受験勉強をしており、色んな塾を通いながら頑張っていた。
常に自室にこもり、ゲームすらもやめて、スマホすらも触らなかった。
寂しいクリスマスだった覚えがある。
でも親が気を利かせて、私の部屋に、一切れのショートケーキを持ってきたんだ。
懐かしい。
覚えているし、いい思い出だ。
久しぶりに食べるケーキの美味しさ、そして、食べた後に湧き上がって来た“力”も鮮明に覚えている。
当時は辛かったけど、でも同時に、私はよくやっていた。
だから第一志望の高校に合格できた。
……何だか虚しいな。
昔の思い出は沢山あって、悲しい事も苦しい事も、楽しい事も嬉しい事も経験していた。
でも忘れていた。
大人になって、大人として振る舞う事に喜びを覚えはしていたけど。
それは永遠に続く楽しみではなかった。
気が付くと私は、何だか壊れていた。
社会の歯車としての役割を、ブリキ人形のように繰り返して繰り返して繰り返して。
虚しいよ。本当に。
いつの間にか。
やせ我慢で自己陶酔するしか、私は生きていけなくなっていた。
過去の事をこうやって思い出すと、改めて思う。
私は馬鹿だったんだ。
「……どうしたの?」
「ううん、何でもないよ。大丈夫」
幼女リサに心配されてしまった。
小さな子はそういうのに敏感だな。
「リサ」
「ん?」
私は小学リサに向かって声をかけた。
「ミヨコちゃんはリサに声をかけられて、きっと喜んでいると思う。だからこれからも一緒に居てあげてね」
「……そうなの?」
「うん」
「……ならよかった。不安だったんだ。ずっと、少し、迷惑だと思われていたら嫌だなって」
「自信持っていいよ。ミヨコちゃんは、友達なんだからね」
「……分かった!」
私の言葉に、小学リサは笑顔になった。
あの時の私はずっと怖かった。
ミヨコちゃんに嫌われないか、そして、友達になれているかすらも。
「リサ」
「なに?」
私は中学リサに向かって声をかけた。
「受験の不安で潰れそうかもしれないけど、大丈夫だよ。努力は裏切らないって私が証明してる」
「……そう。なら幾分か、安心できる」
「だから応援してる」
「うん、ありがとう」
私の言葉に、中学リサは小さな息をついた。
あの時の私はずっと苦しかった。
辛くて辛くて、我慢をしてきて。好きな物も封印して、自分の不出来を補おうと必死だった。
苦しくて苦しくて。そして本当に寂しかった。
今思えば、あのまま何もなければ、私は壊れていたと思う。
でも壊れなかった。それはあの――ケーキのおかげだ。
ん?
でもさ。
私が今こうしてみんなと話してる訳で。
この目の前にいる過去の私が、本当に過去の私なら。
受験に困っていた時、頑張れたのって……。
「……はは、さてね」
なんて言いながら私は自分の前のケーキをつついて。
「あ」
「あー!」
「あじわってたべてね!」
いちごを一口、ゆっくりと食べた。
――――――――。
――――――。
――――。
――熱い。熱かった。
体が少し火照って、震えてて、嗚咽が漏れて。
気が付くと、私は泣いていた。
部屋は暗かった。
暖房の効き初めでまだ肌寒くて。
口元から白い吐息が具現化していた。
「あれ?」
何故泣いていたのか分からなかった。
目の前には少し崩れたショートケーキがあって。
今口の中には一つのいちごがある。
「………」
落ち着いて、私はいちごを飲み込んだ。
私は、久しぶりの甘さで感動でもしていたのだろうか。
……何だか夢を見ていたような気もする。
どういう夢だったかは思い出せない。
誰かと話していた気がするが、思い出せない。
思い出せないけども。
何故か私は、胸の底から力が湧いてきているような気がする。
昔の事はあんまり覚えていない。なんて思っていたけど。
このショートケーキを食べて、何だか思い出してきた。
私は昔、いちごが好きだったんだ。
忘れてた。そして、思い出した。
なんで思い出したのかなんて分からない。
でもとにかく、とにかく、とにかく。
何だかこのままではいけない気がした。
「……転職しよう」
なんて、401円のクリスマスの夜、唐突に思った。
貯金はある。家もある。最悪頼れる人も身近にはいる。
思えばいつでもこう想う事は出来た。なのになぜか私はしなかった。
……私は、今まで何をしていたんだろうか。
「――――」
――いいや違う。これまでが準備期間だったんだ。
私、水戸リサは生きる為に働いた。
でもそれはもうおしまいだ。
夢でも追いかけよう。
夢を追いかけて、頑張ろうじゃないか。
もうそろそろ2023年は終わって、2024年が始まる。
丁度いいじゃないか。
丁度いい節目じゃないか。
新年と同時に――――私は。
「もしもし? あ。久しぶりミヨコ! こんな時間にごめんね」
「――――」
「うん。ごめんね心配かけて」
「――――」
「唐突だけど相談があってさ、あんたの所って求人とかしてる?」
「――――」
「そっか。分かった。絵はある程度かけるのは知ってるでしょ? でももう何年も描いてないから、流石にそういう学校に行くよ。そのうえで頼みなんだけど。色々と教えてほしいなって」
「――――」
「ほんと? 嬉しい、ありがとうね。え?」
「――――」
「昔みたい? はは、そうかな。私でもよく分からないんだ。でも私も、何だか昔を思い出すよ」
「――――」
「うん。ありがとうね。じゃね」