好感度
お久しぶりです。小南葡萄です。全ての人に好まれたい。
取り出すと、同じ形が二つ重なっており、開いてみると、軸を持って開き、俺を照らし始める。十八時四十分と横文字で書かれていて、ボタンらしきものも光だし、俺の知っている文字と数字が書いてあった。恐る恐る真ん中にあるボタンを押すと、メールと、平仮名で
『れんらくさき せってい』
と横字で縦にに並んでいる。『れんらくさき』を見ると、
『ダグラス・メイデュー』
ただ一つだけ、その名前が入っている。知ってる、知ってる名前だ。ポッケの中に入れておいた名刺の名前を確認する、やっぱり。同じ名前だ。Bはこの人を知っているのか。でも、木箱の中に、しかも雑誌を山積みにして隠していた。何のために。これもしかして、昔のスマホなのか。Bの寝息が急に大きくなった気がして、咄嗟にポッケに隠した。
急いで、でも静かに木箱も元の状態に戻して、縛っていた雑誌や漫画を解いて隠すように元の山積みの状態に戻す。
足音を立てないようにBの部屋を出て、こっそり玄関を開け外に出る。Bに隠し事を始めたからか、今日の寒さは鋭く感じた。ブルっと体を振るわせ、名前を押すと、『でんわ』と書いてあるところで震えながらボタンを押し、音楽が鳴り始め、少しして止まった。声が聞こえてきたので、唾を飲んで、ひっそりと耳に当ててみた。
『おいB。何かあるときはこちらから連絡すると言っただろ』
この声、やっぱりそうだ。俺の救世主。体が緊張で蝕まれる。
「ち、違うんです。俺、Bじゃないんです。」
『誰だ。殺し屋のBが殺されちまったか?』
殺し屋?Bが殺し屋?Bの、
(私のことはせんさくするな)
という声が聞こえた気がした。
「殺してなんかない!」
と構わず反射で話してしまった。
『ははん、きみかねシモ』
「シモ?俺はゼブラだ。」
『ほおそうか。いい名前をつけてもらったなシモ。お前らしい名前だ。』
謎が謎を呼ぶ。ハッと、俺は伝えたいことがあるのを思い出した。
「あ、あの、コインランドリーでは助けてもらって、ありがとうございました。」
一間の沈黙が訪れる。強く、風が吹いた。
『きみか、きみなのか。はっはっは。面白いこともあるもんだ。』
一瞬驚いたような声をしていたが、急に声色を変えて、まるでいいニュースをもらったかのように続けた」
『私の会社に来たまえ。いやあ、きみにはね、最高の環境を用意するように上から言われているんだよ。最高の食べ物に、最高の酒、それに』
「俺が言いたかったのはそれだけなんで」
『よし、私の名刺の裏に、会社の住所があるはずだ、そこに向かって』
「文字があまりわからないんだ」
『そうか、ではこちらで車を手配しよう。Bのことも教えてやる』
私の言葉を半分無視して彼は続ける、少し気になるけど、
私のことはせんさくするなと言われているし、知っても何も変わらないだろう。
「大丈夫です。」
『なあ。Bが、きみを殺すために拾ったとしても?』
一瞬、黙ってしまった。その瞬間にBとカフェに行った時を思い出す。
「じゃあなぜすぐに殺さない。いつだって俺のことを殺せたはずだ」
『騙されているんだよ。殺す命令が来るのを待っているんだ』
俺を殺そうとした荒いナイフを持ったあいつの顔を思い出す。あいつを追い出して、俺のことを助けてくれた救世主が、あいつと、同じことを言っている。
『君が知りたくないというのなら私は忙しいから切るよ』
「待て、わかった。十六時、コインランドリーだ。」
『あいわかった。丁重にお迎えするよ』
プープープー
電話が切れた。
声から察するに、この人の言っていた最高の環境というのは本当だ。おそらく、俺はこの救世主に必要とされている。なぜかは今のところわからない。Bにはお世話になったけど、酷い扱いも散々されてきた。この最悪な環境を出られるならそれ以上にいいことはない。Bが良くなったら、Bには悪いけど、内緒で出ていくことにしよう。でもなぜかモヤモヤが残ってしまった気がする。
玄関を開けて、閉めると、しんしんと小さい雪のような埃が降り始める。ふう。とついため息をついてしまう。自分の決めたことは、契約書にもないが、決して破ってはいけないことな気がしてきた。
Bの部屋に向かうと、まだBはしかめっ面をしながら寝ていた。ふっ、かわいい。
「ゼブ…ゼブ…」
「何?」
「ゼブ…」
寝言か?俺も横になり、Bの邪魔しそうな髪をかきあげてあげる。Bが少し顔を緩めた。
Bの寝顔をこんなまじまじと見るなんて初めてだな。思わず、頬を撫でる。刺激しない程度に、優しく撫でた。横になって急に緊張が取れたからか、瞼がだんだん重くなってきた。
ふとしたら朝日が俺を照らし始めた。眩しい。ブランケットがかかっていて、俺は布団の上で寝ていた。寝ぼけながらリビングに行くと、Bがパンを食べながらテレビを見ていた。焼かれていないパンにおそらくバタターだけが塗られてあって、ビールと一緒に食べている。
「起きた?お前さ、横で寝るとか気持ち悪いから」
いつもように朝から悪口を言われたが、声が明るく、顔が少しニヤついており、とても機嫌が良さそうだった。その瞬間に俺はガクッと体に力が無くなり、倒れてしまった。Bの腰元が顔の近くに現れる。
「大丈夫?熱うつった?」
よく考えると、俺は昨日は一食も食べていない。急なイベントばっかで食べるのを忘れていた。
「お腹すいた」
「そっか、ちょっと待ってて」
Bがそう言うと、腰元が俺の顔から離れていく、俺はゆっくりと力をためて、ようやく、ローテーブルの方まで座れたと思うと、力が抜けてローテーブルに倒れてしまう。
「邪魔」
ビクッと体が起き上がる。
コトっと置かれる音に反応して見ると、目の前にはパンが何枚もあって、いろんなジャムが置かれていた。コップに、牛乳も。
「どーぞ」
そういうとBは俺の隣に座ってまたテレビを見始めた。
「ありがとう」
心からそう思った。ジャムの硬い瓶が開けてあって、スプーンまで刺さっている。ジャムを掬い上げ、パンに塗ってかぶりつく。うまい。牛乳をごくっごくっと飲んで、思わず、ぷはーと言ってしまった。ふとBを見ると、恥ずかしそうに微笑んでいた。その後、すぐに真顔に戻って
「いただきますは?」
と怒られた。
「いただきます」
Bはまた笑ったかと思うと、すぐにテレビの方に向いてしまった。
同じパンなのに、こんなにうまいのは初めてだ。
気づいたら、俺は、パンを全て平らげてしまった。
「お前全部食べたの?キモっ」
と言いながらまた笑って、急に俺に優しく抱きついてきた。押し倒され、床に頭をぶつけたはずが痛くない。
Bの左手が、俺の頭の後ろまで来ていた。
「ありがとうな」
暖かく包む腕、耳元で囁かれ、女のいい匂いがふんわりと香る。俺も自分の意思で腕を絡めた。
「でも、元はと言えば俺が」
急に少し離れ、Bの顔がよく見えた。俺は頭をぶつけ、Bは急に渋い顔をし始める。
「そう!風邪ひかせたのはお前!」
と言ってまた抱きついてくる。
「でも助けてくれたのもお前」
「でも、ハグするのは謝る時じゃ」
「キモいなお前」
と甘い声で囁かれ、しばらく、硬直してしまう。俺はどうしたらいいかわからず、とりあえず腕をもう一度からめた。ただ、幸せだった。
その後、Bが寝るまで、俺は彼女のそばに居続けた。
Bが寝たあと、あの救世主の声を思い出し、外をみると、まだ明るい。Bにブランケットをかけてあげて、少し、Bが気持ちよさそうに寝ているのを見てから、まだここにいたいと思ってしまう。でも人と約束したことは守らなければならない。これもBに教わったことだ。救世主が畳んでくれた服を着て立ち上がり、俺は玄関のドアノブを持って、振り返り、またBを見てしまう。Bは気持ちよさそうに寝ている。ドアノブをこっそり捻り、ゆっくりと、外を出た。
古臭いアパートを離れ、高層マンションを通って、高級住宅街を曲がってコインランドリーに向かう。
だんだん、夕陽が落ち始めているのが見える。昔のスマホを取り出して、開けてみると、三時四十分と書かれていた。
ご視聴ありがとうございます。無理だってわかってても好かれたいと思ってしまうよね。
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