コインランドリーにて
小南葡萄です。コインランドリーたまにめっちゃ行きたくなるよね。わかる。
Bが自分の部屋で焦っているシルエットが見える。シルエットでもイライラしているのがわかり、あまり近づきたくない。
でも、俺にも近づかなきゃいけない理由がある。
何かされると思いながら重い脚を部屋の前まで持っていき、今にも鬼に変わりそうなBを、俺は爆弾処理班なんだと考えて、恐る恐る耳を傾けた。
「ねえとった?殺すよ?」
これ以上Bに刺激を与えてはいけない。簡潔に、Bでも分かるように話さなければならない。
「とってない」
そういえばあの時、Bに知らない男が入ったことをまだ言ってない。
「えっと、夜中に、知らない男がきて」
Bのシルエットが急に大きくなり、シルエットのせいで、俺よりもでかいように見えてくる。やはりもう鬼に変身してしまったのか。
「電気をつけたまま鍵まで空けといて寝ちゃったから、泥棒が入ってきて一直線に私のパンツが盗まれたってこと?」
ちょっと違うが、概ね正しい。
「そう」
「じゃあ全部お前が悪いじゃん」
シルエットが倒れて、Bの姿が見えなくなった。おそらく不貞腐れて寝てしまったのだろう。
しかし今日は週に一度の洗濯の日だ。コインランドリーに行くために服をまとめなきゃいけない。
Bの部屋をノックする。ドンドンドン。
「入っていい?」
「入ってくんな下着泥棒」
そんなことを言われても、そしたらBは今日着る服が一着もない。
「今日、洗濯の日だから」
「ああもう!いいよ!」
Bの部屋を開けると、Bはやはり布団の中に閉じこもっていた。
部屋の隅にある大きなカゴを取って、Bの服を詰めていく。その辺に落ちているものから、山になっていて汚いやつも、とりあえずどんどん入れていった。
下着などは傷がつかないように網目状のジッパーのついた袋に入れてジッパーを閉じた。
確かに、セットアップなのに一つしかない。
「こっちだけ洗っちゃっていい?」
「キモい触んな」
こもっている声だが、確実にイライラしている。一瞬躊躇したが、隠れていることをいいことにパッと入れて、パンパンに詰め終わったら、服の棚の上にごちゃごちゃにある中から小銭入れを探してとる。
「じゃあ行ってくるよ」
「どっかいけ下着泥棒」
怒りで反射でしか喋らないBを後にし、俺はカゴを持って玄関に行く。
玄関を見るとやっぱり、あの時のことを思い出す。だが少しずづ、夢を見ていたように薄れている気もする。日常が戻ったことに安心している自分がいるのかも知れない。
道路に出ると、夜中の出来事を一気に晴らすように太陽が日差しを差してくる。今日は少し暑い。
重くて揺れる洗濯物で一緒に体も動いてしまい、バランスがとるために一度よいしょと持ち直す。手ぶらの方が好きだ。というか、僕は物を持つのが苦手なのかも知れない。
赤信号で止まり、青信号で歩く。
コインランドリーが見えると、よいしょと手から落ちそうになっていた洗濯物を再度持ち上げ、早くこの重たさに解放されたいと思いながら、現場まで向かっていった。
ウィーン。
コインランドリーの生温かさが自動ドアの引力で俺の全身を舐め回す。次第に包まれていき、湿度が高いということがよくわかる。
洗濯と乾燥がどっちもできる一番大きな洗濯機に全部突っ込み、小銭を入れて洗濯機を閉めた。次第にぐあんぐあん音がと鳴り、五十分と表示された。俺はそれを見ながら待つしかない。
ウィーン。
出入り口を見ると、僕と同じようにかごを持ったおばさんがせっせせっせとやってきた。一直線に向かっていき、洗濯機をまじまじと見たあと、近くの椅子にぽすんと座った。よく見ると、カゴが空っぽだ。なるほど。待っている間に他のことをしてもいいのかもな。といっても、僕には家に帰ったってやることがない。掃除をしてもどうせBに汚される。すると、おばさんが俺に近づいてきた。太っていて、背は小さいのに、いろんなところがでかく、髪の毛がふわふわしている。ぴちぴちの服を着て、手招きをするように手がぶんぶん震えている。
「あらあお手伝い?えらいわねえ、でも今日平日でしょ?お仕事されてないの?」
仕事中は、仕事中だ。でもおそらく、この人が言っているお仕事と自分がしているお仕事は違う。
この人はスーツを着て、ビルの中に出たり入ったりすることを言っているのだろう。
「仕事は、女性のお世話ですかね」
俺はとりあえず普通に返した。おばさんは不思議そうな顔をしてから、心配しているのか相手のエピソードを楽しんでいるのかわからない顔でうんうんと頷いた。
「あらぁ。そうなのねえぇ、男の人も家事をする時代なのね。私の主人も少しくらい家事をしてくれたらいいんだけど、アハハハハハハ」
勝手に自分のことを喋って、勝手に笑い出した。Bはこんなこと絶対にしない。いや、こっちが普通か?
「俺のところも色々大変ですよ」
「あらそう、頑張ってね」
なんか、心のない頑張ってねを受け取った気がする。おそらく、この人は俺の話に興味がなかったんだ。強引に話して見るべきだったのだろうか。住む場所が違うと、会話の仕方も違ってくるのか。同じ言語なのに不思議だ。
ピーピー。
音の鳴る方を見ると、おばさんは自分の洗濯物が終わったらしく、服を一回カゴに全部入れて、その後に一枚ずつだし、丁寧に畳み始めた。なるほど。ここで畳んじゃうのもアリだな。終わったらすぐに入れて帰ってしまうので、相手が同じ状況で違うことをしているのを見ておお。と少し感動した。畳み終えたのか、かごをおもたそうに持って、ペコっとお辞儀した後、せっせっせと歩いて出ていった。ウィーン。
おばさんを見送った後、自分の使っている洗濯機の残り時間を確認する。ウィーン。四十一分。まだまだだな。何もすることがないし、寝るか。と思った瞬間だった。
「やあ。」
さっきのおばさんの声じゃない。気づいた時にはナイフが目の前にあった。荒いナイフ。衝動的に恐る恐る首だけ振り返ると、昨日のあいつがいた。うっ。ナイフを持った腕が俺の首に襲いかかり、キツく閉め始めた。昨日と同じように、また俺はやつの腕から離れようと、両手で押し返そうとする。細いのに力が強い。
「なあみろよ」
やつの顔をまた見ると、まっすぐ前を向いていた。まっすぐ先には、俺の待っている洗濯機。
ぐあんぐあんぐあんぐあん。
「洗濯機に子供を入れて、閉めて回したらどうなると思う?死にはしないんだ。どうなると思う?」
息ができなくてまともにこいつの言ってることを理解できないが、まともなことを言っていないのはわかる。ニヤニヤしている顔にゾッとし、洗濯機が追い詰めているように見えてきた。焦って足だけが地面を滑らせて逃げようとする。
「お前の弱い頭よりずっと、弱くなって体がまともに動かせなくなるんだ。体が壊れて、次に頭も壊れていく。死にたい気持ちも、口が動かせなくてしゃべれない。死にたい、死にたい。死にたいよって」
たまにマッサージ機とかココアの自販機とかあるよね。あの特別感。たまらん。