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ルールのない人  作者: 小南葡萄
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ブルーマウンテン

小南葡萄です。キリマンジャロ派。

全部洗い終わったら、食器を拭いて、決めた場所に綺麗に置く。

そういや昨日俺シャワー入ってないや。手を吊るしてあるタオルで拭いた後、テレビの方に戻ってあぐらをかき、テレビの星座占いを見ながらBを待つ。

俺が何座かわからないから、今日誰かが不幸な日で、誰かが幸せな日だと順番に言われているのを見て、なんでこんなことするんだろうと不思議な気持ちになった。

あのレジのお姉さんは何座なんだろ。

ガラッと風呂場が空く音が聞こえる。トットットットッ。ダン。これは多分Bの部屋の引き戸が閉まる音。

「入っていいよ」

Bのこもった声が聞こえて、よし。と思い、Bの部屋に着替えを…。だめだ。この服でいいか。

テレビを消して、風呂場の横にあるタオルをとって風呂場の扉を閉めた。ガララッ。

体を綺麗にするところなのに、ここはなぜこんなにも汚れていて、これをBはどうとも思わないのだろうかと毎回どうしても考えてしまう。

服を脱いで、どれかわからなくならないように自分のだけは畳んで、洗面台のところに置く。

シャワーを出すと、ジャーーという音に耳の周りが支配される。

お湯が頭に濡れて、垂れてきた水滴が目の前を通り過ぎていく。

体も次第に水が流れ、髪をかき上げると鏡が顔を映し出した。だいぶ疲れている顔をしている。

ぼやぼやと自分は何者なのかと鏡を見て考えるが、何も思い出せない。いや、大したものじゃないと思う。

今日は何か特別な日だと思ったのに。今回も、何もなかった。

ジャーーと白いノイズだけが頭を通り続ける。キュッ。

シャワーを止めて、髪と体をBの使っているやつをそのまま使う。花のふんわりした匂いが全身に包まれる。

洗い終わったら、すぐに洗い流して、ついでに蛇口の部分も少し流す。シャワーを止め、体を拭き終えると、不思議と、今日は考えるのはもうやめようという気分になる。水滴を垂らしながら体を拭いて、さっき脱いだ服を着てから、Bの部屋にしかないドライヤーを使いに行く。コンコンコン。

「入っていい」

「いいよ」

ガタンと引き戸を開け、部屋でスマホをいじっているBを横目にドライヤーを手に取った。

白い髪がススキのようにたなびいているのを頭皮が引っ張られているので感じることができる。

シャワーの時もそうだが、この無の時間にいつも何か思い出そうとして、結局何もわからずに終わってしまう。

「ここのカフェ行ってみたい」

とドライヤーを止めた途端。急にとても妙なことを言ってきた。Bがスマホを俺に見せ、何やら近くに新しい店がオープンしたという記事を見せてくる。なんて書いてあるのかはわからないが、写真では綺麗なお店だ。

しかし、Bが僕に何か誘うなんて初めのことで最初、何を言ったらいいかわからなくなった。

とりあえず、従うだけ従う。

「わかった」

「よし」

とだけ言ったら、Bはまだ人がいるにも関わらず着替え始めた。

「あ、出てって」

脱ぎかけで周りが見えてないBを少し見た後、はっと思い、たじたじとリビングに戻って、ガタンと閉められた。

かと思うとすぐにバタンと開けて

「ほら行くよ」

と玄関に向かいながら、僕の頭をサラッと撫でて、少し逆撫でされた髪のまま僕、も外を出た。

外を出た瞬間に玄関を閉めたので挟まれるかと思う。鍵を閉めて、Bについていく。

今日はちょっと寒いなと思って空を見ると、太陽の隠れきらない程度の雲が、少し暗い表情を浮かべていた。自ずと俺も少し暗くなり、Bについていくのが少しめんどくさくなった。ゆらり、ゆらりと揺れ続ける一つ結びの赤毛が、暇つぶしに見るのにちょうどいい。空気に少し、髪の匂いが混じる。顔は見えないが、早足なのは楽しみなのか、いつも歩いているわけじゃないから、外でのBの気持ちは少し掴めない。

なんなら、外にBといるのは初めて会った日以来。ほとんど覚えていないけど、そのことについてBに聞くほど対等さがあるわけでもない。Bは地面に足をつけるのをまるで誇りに思っているかのように、手をポッケに突っ込みながら堂々と歩いていて、夜に行く場所でもさぞかし偉いのだろうと思った。

信号が赤く灯る。Bはピタッと立ち止まって、僕はBにどんっとぶつかってしまった。鼻が痛い。

怒ってるかなとBの顔を見上げると、チラッとこちらを見てすぐに戻った。

大丈夫だった?なのか、次やったら殺す。なのか、彼女の考えていることは全くわからない。

「赤は止まるんだよ」

Bが前を向いたままぼやっと言葉を吐くと、青に変わった瞬間また堂々と歩き始めた。

横断歩道を歩いていると、右にピカピカの車を待たせていて、いかにも金持ちのような髭を生やしているおじさんが、俺たちのことを見つめていた。やっぱり俺らは車を持つような人から見たらおかしい奴らなのかと思う。それでもBは堂々とどんどん歩く。不思議な気分だ。

家のBと違い、外のBは少し頼りになるというか、安心できるというか。心がここにあるというか。

ついたカフェには赤と白の縞々になっているパラソルが開いた太陽があまり当たらず暇そうにしており、その下には鉄で出来た冷たそうなテーブル。その奥は三面鏡のような茶色のガラスになっていて、店内が茶色く濁りながら動いているのがわかった。無意識にその席に向かって、テーブルを感触を確かめるためにスッと触る。やっぱり冷たい。

「そこのテーブルがいい?」

と、店内に入ろうとしていたBに聞かれたので、とりあえず頷いた。Bが僕の願いを聞いてくれた。

セットで作られたような鉄の椅子に座ると、親子が歩いている様子や、横断歩道、他の建物から賢そうな人たちが忙しそうに出入りしているのが見える。

何をしている人達なんだろう。

なんで生きているのか俺みたいに疑問に思って、忘れることを繰り返しているのだろうか。でも、俺とは絶対身分も住む場所も、この国のために貢献していることも違う。きっと考えていることもまるで違うだろう。

ぼーっと見ているところに、ピントのズレたBが横切る。見ていた世界が遮断され、コーヒーが一杯、僕の目の前に置かれた。

「昨日飲めてなかったでしょ」

Bはどすっと隣の椅子に座る音に反応して見ると、いつもビールしか飲まないBが、今日は紅茶を飲んで落ち着いている。変なの。

Bは心も体も汚いくせに他人に配慮がある。意味がわからない。ほんの少しだけ頬が熱い。

コーヒーが、君も落ち着いて。と言わんばかりに香ばしい匂いを出して注意を向かせる。

多分、ブルーマウンテン。


世界一のバリスタっていう自販機にしか売ってないやつ、結構好きなんですけど、わかります?


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