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麗しの歌声は、砂漠を潤す  作者: 水花光里
9/15

伝説の乙女は、陽扉艦を導く

ついに龍神の宝が…

         伝説の乙女は陽扉艦を導く

 北西に向かって進んでいくと、少しづつ、緑が、少なくなっていくようだった。

 大きなむき出しの岩が目立つようになってきた。

「ナハル、ロック砂丘の泉に、龍神様が住んでいたって、本当?」

「うん、そう言われているね」

「そう、神秘的なところ?」

「いや、岩だらけの、殺伐とした所だよ。作物も育たないから、誰も住んでいない。一応龍神の城といわれているので、管理はされているが、殆ど人はいない」

「ナハルは、行った事があるの」

「僕は、何度も行ってる。其処に行けば、伝説の乙女に会えるような気がして。実際は、エルドに居たんだから、無駄足だったけどね」

「何もせずにいられない気持ち、わかるわ」

「君も、同じような気持ちだった?」

「…そうね、陽扉艦ようひかんを探して、見つけたら、龍神様に会えるような気がして、夢を見るたび、湖へ出かけたの」

「ところで、君は、龍神に会えたのかな?」

「え…? 会えたの…かしら?」


 ガナーは、思いがけない言葉に驚く。

 考えても見なかった。

 しかしもし、ナハルが龍神の化身の生まれ変わりなら、会えたことになるの?

「もしかして、気づいて無かった?」

「え、ええ…」

「ナハルが龍神様なら、夢に出てきた龍神様はどうなるの?」

「君に呼びかけていたのは、源命艦げんめいかんだと思うよ」

源命艦げんめいかん?龍神様じゃなくて?」

「源命艦も、龍神の一部だけどね。源命艦が、その波動を受け取れるものに力を与えて、龍神の宝を操れるようにしている」

「と言う事は…、源命艦は、今、危機を感じる場所にあって、救いを求めているの?」

「うーん、湖の中にあって、湖の呪いに巻き込まれているとか?」

「え!」


 ガナーが、青くなる。

 湖の呪いは、まったくの迷信とは言い切れないからだ。

「ところで、ナハル。君が龍神と同じなら、陽扉艦ようひかんを導き出して扱えるんじゃないのか?」

「それは、僕だって何度も試してみた。癒しの歌だって学んだ。でも、何も起こらなかった」

「何故だ? 本来なら、自分の力の筈なのに」

「源命艦を手にしないと、僕は、力を使えないらしい」

「源命艦? それを手にしたら、龍神になってしまうのじゃないのか?」

「おそらくね。龍神の宝を操れるのは、女だけだ。男ではきっと、龍神と波長が合いすぎて、龍神になってしまう恐れがあるからかもしれないね。だから龍神は、わざわざ源命艦にその力を封印したんだと思う」

「龍神になったら、どうなるの? ナハルじゃなく成っちゃうの?」

「…それは、無いと思う。歌姫と結婚してるわけだから」


 ナハルの反応は、疑問を感じさせられると、マハムドは不審に思ったが、ガナーも、それ以上は追求したくないようで、別の話を振ったから、そのまま、疑問を飲み込んだ。


「如何して女性だけが、源命艦げんめいかんの波動を受け取れるのかしら?」

「鍵は、癒しの歌声にあるんじゃないかな。源命艦は、癒しの歌声に反応する。龍神は、自分に似たものより、歌姫の血を濃く受け継ぐものに、力を与えるようにしたんだ。女性の歌声で無いとダメなんだ」

「そう、…龍神は人間になりたかったの?」

「そうだと思うよ。龍神として生きるのは、とても孤独で、寂しい世界なんじゃないかな。歌姫に会って、恋をして、人間として暮らして、幸せだったんだろうね。でも、力を全てなくしてしまうには、エルメリッド王国はまだ、不安定で、先行きを心配したんだろう。それで、力を封印して、子孫に残したんだ」


 ガナーが、本当に訊きたかったのは、やっぱり、龍神は、人間じゃないのかと言う事だった。

 でも、ナハルが龍神になるなんて事は、起こる筈ないのだから、そんな事を気にするなんておかしいと、頭から不安を打ち消した。


「ナハルは、前世の記憶があるの?」

「この間の夢から、時々、昔の記憶がよぎる時があるんだけど、君は無いの?」

「ガナーは、何も覚えていない」

「だから、如何してそこで口を挟むんだ。邪魔をしないでくれ」

「邪魔をするのは私の役目だ。ふん、人間になりたかった龍神が、人間嫌いだと評判なのはおかしな話だ」

「僕は、別に人間嫌いな訳じゃない。感情を表現するのが苦手だから、そう言われるだけだ」

「ナハルは、感情を表すのが苦手なの?」

「感情を出すと、負けた気に成る」

「そうなの? でも今だって、マハムドと喧嘩してるし、よく笑ってると思うわ」

「そうだ、ガナーに対しては、感情が顔になっている」

「……」

 ナハルは、感情が顔になっている。と言われ、さすがに言葉を失くした。

 思わず、アインが噴出す。


 ナハルは渋い顔をしてアインを見る。

「アインまで笑うの?」

「も、申し訳ありません」

 アインは慌てて頭を下げて詫びた。

 ナハルが、ぷいとそっぽを向いてすねると、ガナーとアインは、顔を見合わせて、無言で会話する。


「此処は城じゃないから、龍神の威厳を気にしなくてすむ」

 いつも無表情な、ナハルが、照れくさそうに、ポツリと言う。

 こんな顔もするのかと、奇妙なものを見た気がする。

「龍神の威厳がないといけないのか?」

「僕の全てに、皆が大騒ぎをする」

「なるほど…、龍神も楽じゃないというわけか」


 ちょっと、可愛い弟のような気がしたのも、錯覚だったと思わせるような、何時もの無表情の憎たらしい顔に戻ってナハルが言う。

「まあね。ロック砂丘の泉まで、セルベスで一泊するけど。其処に、僕の側近を呼んであるから、彼らと合流して、次の日に、ロック砂丘の泉に到着する予定だ」

「何故いまさら、側近を呼ぶ必要があるんだ?」

 マハムドが、渋い顔をしてナハルを睨む。

「ロック砂丘の泉は、殺伐とした所だと話したように、治安の悪い所だ。賊や、犯罪者が、野放しの無法地帯とかしている」

「そんな危険なところに、ガナーを連れて行くのか!」

「だから、護衛として、側近を呼んだ」


 セルベスは、鉱山の町だった。緑は少なく、あちこち、切り立った岩山に囲まれている。 

 昼を回った夕刻前にセルベスにはいった所で、ナハルの側近たちが迎えに出ていた。

 ナハルが馬から降りて側に行くと、彼らは膝を折って頭を下げた。

「ダハブ王子、お出迎えに参りました」

「ああ、ごくろう。」

「城は、異常は無いか?」

「はい、突然、王子が、我々を連れずに姿を消された事意外は」

 ナハルに置いてきぼりを食らったオリバー将軍は、皮肉を言った。

「そのことは後で話す。僕の歌姫を、お前たちに紹介しておこう。おいで、ガナー」

 ナハルは、ガナーを馬から降ろし、オリバー将軍たちの側へ連れて行く。

 マハムドも馬を降りて側に来る。

 アインは、膝を折って側に控えた。


「歌姫のガナーと、彼女の兄上の、マハムド殿。それと侍女のアインだ。彼らは大切な使命を得て、ロック砂丘の泉へ行くためにおいでいただいた。皆、心して仕えてくれ」

 ナハルの側近は、オリバー将軍を含めた、七人の精鋭だった。

 ガナーと、マハムドは、一人ひとりと挨拶を交わした。

 ガナーは、ブルカを深く被っていて、顔も解らない。

 見えるのは、ブルカから少しだけ覗いた

やたら白い、細い指先だけだが、その、良く手入れのされた指先から、ただの町娘ではない事を彼らは感じていた。

 兄だと言う、マハムドと言う青年も、堂々とした風格がある。

 端整な顔立ちに、りりしい眉は、意志の強さを表している。

 服装も、身分のあるものが身につけるような立派な装いだ。

 クルターの上にシャルワニをはおり、頭にクーフィーヤを被るのは、東側の国々に残る服装だと思う。


 王子は、伝説の乙女を探していたはずだ。 

 伝説の乙女がいるとしたら、エルメリッド王家の血筋であるはずだ。

 まさか、エルドの王女? いや、さすがにそれはありえないだろうと、オリバー将軍は首を傾げる。

 一体何処で、歌姫を見つけてきたのだろう。

 

 ロック砂丘の泉と言えば、思いつくのは、龍神の宝が眠っていると言われている。

 王子も良く訪ねていた。

 やはり、伝説の乙女なのか? そうすると、エルドの王女と言う選も、否定できない。

 いや、しかし、王女がそんな無謀な事をするとは思えない。

 しかし、もし王女が、伝説の乙女だとしたら…メリド、エルドの関係はどうなるのだ? 

 メリドは、エルドに支配されるのか? 

 伝説の乙女の存在は、そのくらい大きな力だ。 

 オリバー将軍は、懸念する。

 又、百年前のような争いになるのではないか?


 セルベスの館は、ロック砂丘の中継地点で、ナハルがロック砂丘の泉を訪れる時にいつも使っている館だ。

 物々しい門構えと、軍備が整えられて、今にも襲撃に備えて出陣できる体制に見えた。

 門の中に入った途端に、まるで戦地に入り込んだかのような景色だった。

 びっしり武具が並べられ、武装した兵士が行き来してる。

 彼らは、ナハルを見ると敬礼して頭を下げた。

 その中をナハルは皆を従えて悠然と進んで館の中に入っていく。


 ガナーも、アインも、ナハルの後に続きながら、少し怯えたように周りを見回している。

 マハムドはその物々しさに違和感を覚えて懸念する。

 メリドは戦争を仕掛けるつもりはないと言っていたが、まさかエルドに攻め込むつもりがあるのか…?

 もはや、ナハルがガナーを捕らえるようなことはしないと思っていたが、警戒せざる負えない状況である。


 マハムドは眉間にしわを寄せてナハルに詰め寄る。

「ナハル、何故こんなに軍備を整えているんだ。ガナーに危害を加えるつもりじゃないだろうな」

「そんなわけないだろう! ここは常にこの状態だ。イレックの国境が近いからね」

 イレック…。そうか、確かに、敵はメリドだけではないということだ。

「イレックとは、そんなにしょっちゅ遣り合っているのか?」

「ああ、ここの所、イレックは代替わりが近いようで、大人しくなっているが、何かあったときには、真っ先にセルべスの軍隊が先陣を切る」


「なるほど…」

 確かに、ガナー一人を捕らえる為にこの軍勢は必要ないし、エルドに攻め込むなら、軍を招集するのはセルべスより、ガナムあたりだろうと思う。

 杞憂だったようだが、メリドとイレックの戦争に巻き込まれるようなことは避けなければならない。

 何もなければいいがとマハムドは嫌な予感に襲われた。


 ナハルが一人になると、オリバー将軍は関を切ったように問い詰めた。

「王子、この私を置いてきぼりにしてまで、一体何処に行っていらしたのですか?ガナー様とは、一体何処のどなたなのですか? 彼女は、伝説の乙女なのですか?」

「オリバー、その質問で答えられるのは一つだけだ」

 オリバー将軍は幼いころからダハブ王子の側にいて、誰よりも良く解っているつもりのだ。

 だが、ダハブ王子の表情は、相変わらず無表情で、何を考えているのか良く解らない。

 冷静に一言返され、引き下がるしかなかった。

「では、その一つにだけ、お答えください」

「彼女は、間違いなく伝説の乙女だ。旅の途中、何度か湖の増水に会ったが、そのたび、彼女に救われている」

「では、王子の捜し求めておられた方なのですね」

「そうだ」


「それでは、ガナー様は、エル…」

「オリバー! それ以上口にするな」

 オリバー将軍の言葉を、ナハルが遮った。

 それが何を意味するのか、オリバー将軍には、理解出来てしまった。

 オリバー将軍は、言葉を失くしてナハルを見た。

「今は、胸にしまっておけ。他の皆にも、もし、気づく者がいても、口にしないようにしろ」

「王子、龍神の宝は、危険な武器なのです。それを…」

「彼女は、湖の異変を止めてくれる。人々を救う為に危険を冒して、女の身で来てくれた。危害を加えるものは、私が許さない」

 ナハルの瞳がゆらりと燃え上がる。


 オリバー将軍は言葉を飲み込んで固まる。

 彼が、こんな表情をするのは、めったにないことだった。

 そして、その瞳に逆らうことは決してできないということを身に染みて知っている。

 それだけ大切なのだと解る。

 ダハブ王子が本気なら、この世界と引き換えにしてでも、ガナー様を護るのだろうと思えた。

 ダハブ王子は、龍神にもなれる人なのだと、オリバー将軍は信じていた。


 それにしても、引っかかるものがある。

 確か王女は、世継ぎで、男の兄弟はいなかったはずだ。

 そうすると、マハムド様というのは何者なのだろう?


 翌朝、いよいよ、最終地点のロック砂丘の泉に向けて出発した。

 先頭を、三人の兵士が守り、次にガナーをはさんで、右側が、ナハル。

 左側が、マハムド。

 後ろにアインが続き、

 オリバー将軍率いる、精鋭の側近たち残り四人が後ろを守った。


 彼らは、朝からそわそわしていた。なんといっても、絶世の美女と言われるアザリー王女が、目の前にいるかもしれないのだから。 

 確かに、品のある優雅な動作で、後姿も、ブルカを被っていても、スラリと姿が良い。 

 皆、口には出さないが、つい目が、彼女を見つめてしまっていた。

 オリバー将軍は、後ろを振り返り呆れ顔でそっと、注意する。

(こら! お前たち、あまり、ガナー様を見るんじゃない! )

 しかし、エルドの王女といえば、男達の憧れの的だ。若い彼らが、見惚れてしまうのも無理は無いだろうと思う。


 いや、しかし、それよりも何より、王子の変わりようにも驚かされる。

 ガナー様を挟んで、三人とても楽しそうに話している。

 信じられないのは、ガナー様を見つめるダハブ王子の笑顔だ!

 あんな顔が出来たのかと、初めて知った。

 あんなに骨抜きにされてしまって大丈夫なのかと、いささか心配になる。


 ガナー様とは、一体どんな方なのだろうか。

 ダハブ王子を見守ってきた彼は、年長者として、見極めなければと、アインの隣に並んで馬を寄せた。

「あなたは、アイン殿とおっしゃられたか?ガナー様にお使えして長いのですか?」

「はい。ガナー様が、お小さい頃からお側においていただいてます」

「そうですか。お三人は、何時もあのように和やかに旅をしてこられたのですか」

「はい。最初は、行き違いもありましたが、色々な困難を、力を合わせて乗り越えていらっしゃって、今は打ち解けられて、とても信頼しあっておられます」

 打ち解けすぎじゃないか? オリバー将軍は、嫉妬に近い気持ちだった。


 其処に、三人の笑い声が聞こえてきた。

 王子の笑い声なんて、初めて訊いたぞ!  

 オリバーは、ビックリして、ナハルを凝視する。

 確かに、ダハブ王子だ。小さい頃から見守ってきたその人に違いない! はず…。

「ア、アイン殿、王子は、何時も、あのような様子でしたか?」

「あのような…?」

 アインは、何のことかと不思議そうに首を傾げる。

「つ、つまり、笑って、話をされたり…」

「はい。何時も笑顔を絶やさず、ガナー様を見つめていらっしゃって、とても楽しそうにお話していらっしゃいましたわ」

「……」


 オリバー将軍は、目をパチクリして驚いた。 

 あの、王子が、笑顔を絶やさず? 

 嘘だろう! 

 どこかで別人と入れ替わったのではないか? 

 アインは、オリバー将軍の様子に、思い至ったようにクスリと笑った。


「そういえば、最初のころのナハル様は、とても近寄り難い雰囲気がおありでしたね」

「そうです。周りを凍らせるような厳しさを漂わせておられました。ですが、中身はとてもお優しい方で、思いやりに溢れた方なのです」

「そうですね。無表情の裏に隠された優しさは、ガナー様だけのものだったようなのですが、ガナー様が注意されてから今は、穏やかなナハル様が普通になりました」


「そんなに変わられたのですか…」

 もう一度王子を凝視する。

 均整の取れた後姿は、間違いなくダハブ王子だ。

 彼は、ダハブ王子が、クーフィーヤを被っていても、後姿だけでダハブ王子を見分けられる。

 見慣れた、頼もしく思える自慢の王子の姿だ。

 ほんの少しの間に、そんなにも成長された王子を、お側で見られなかったのが悔やまれるが、ガナー様のために其処まで、と思うととても感慨深かった。

 なんてけなげでいらっしゃる。

 純粋な王子の心に感動していた。


 動揺しているオリバー将軍を、ナハルが振り返る。

 何時もの無表情な彼だった。

「オリバー、先に使いを出して、様子を見させてくれ。不穏な動きがあれば、ガナーを護る体制を敷く」

 オリバー将軍は、ハッと我に返り、頭を切り替える。

 一番小走りが訊いて、足の速いダリに命じる。彼は、馬を走らせて、あっという間に見えなくなった。


 目の前に、大きなまん丸な岩が目に入った。

「マハムド、見て、まん丸だわ。大きな岩ね」

「ああ、本当だ。此処は、大きな岩が多いな」

「セルベスは、鉱山の町だからね。大きな岩は、彼らの生活資源だ」

「そうなの? 石の塀は、この町からはこびだされるの?」

「そうだね。此処は王城にも近いから、城の石はほとんどが、セルベスのものだ」

 一行が、そんな話をしながら大岩の側を通り過ぎてしばらくすると、ダリが、慌てた様子で戻ってきた。


「大変です! ロック砂丘の城が、襲撃されています。盗賊集団のように見えますが、弾薬や、火矢などを使っており、おそらく、イレックが関与しているものと」

「何だって、どのくらいの数だ?」

「はい。百、いえ、それを超えるほどの数です」

 ナハルは、相変わらずの無表情だ。

 何を考えているのか解らない。

 しかし、イレックと、メリドが、戦争になる?

「とにかく、さっきの岩のところまで戻ろう。伝令が通るかもしれない」

 何時もの冷静な声でナハルが言う。


 大きな丸い岩のところへ戻ると、岩の陰から、兵士らしい男が這い上がってきたところだった。 

 皆で、手を貸して引き上げ、話を聞く。

 一時間ほど前に、急に現われ、火薬や、火矢を投げ込まれている。

 怪我人も出ており、かなり難攻している様子だ。

「城からの援護では間に合わないな。セルベスと、レクイナの軍を召集する。オリバー、私の書簡を持たせて使いを出せ」

「は、かしこまりました」

 即決だった。指令をだすナハルは、とても頼もしく指揮官の風格があった。


「ガナー、君は、此処にいてはいけない。直ぐに、セルベスまでもどろう」

「マハムド…」

 戦争が始まれば、二ヶ月、三ヶ月、いや、もっと、何年も掛かるかもしれない。

 そんなに長く国を空けられるわけがない。 

 陽扉艦ようひかんは、あきらめるしかないのだろうか?

 

 イレックの王子は、ナハルを恨んでいるのだとしたら、もし、戦争に負けるような事があれば、ナハルが殺されるかもしれない。

 怖くて身震いする。

ナハルを護りたい。陽扉艦ようひかんがあれば、助けられるかもしれない?

 陽扉艦は、神通力を持つ武器にもなると聞いたことがある。

もし、私に陽扉艦を使いこなせる力があれば…でも、陽扉艦は手元に無い。

今の私は、ナハルの足手まといになるだけ。

此処で分かれるしか無いのか?

 こんなに急に分かれて、ナハルが殺されたら、二度と会えない。

 ナハルの側を離れたくない! ナハルを護りたい。


「ガナー」

 ナハルが声を掛ける。

 泣くまいと必死に瞳を大きく見開いて、涙がこぼれないようこらえるが、ナハルを見てしまうと、こらえきれなくなってしまった。

 思わずこぼれた涙を、うつむいて隠す。


 ナハルは、穏やかに微笑んでいた。なだめるように、ガナーを優しく抱きしめてから、顔を覗き込む。

 エメラルドの優しい瞳でじっと見つめる。 

 無力な自分が悔しくて涙が止まらなかった。

 ナハルは、別れを告げるのだと思った。

 ところが、思いがけない言葉がこぼれた。


「ガナー、僕を信じて、僕に命を預けてくれるかい?」

 何のことか解らずに、ナハルを見つめ返す。

「ナハル! まさか、ガナーを城に連れて行くつもりか!」

 マハムドが、ビックリして叫んだ。


 ナハルは、マハムドに振り返って言う。

陽扉艦(ようひかんを手に入れる機会は、今しかない。約束は果たすものだ。第一、君は、こんなガナーを見て、平気でいられるのか?」

 マハムドは、とっさに言葉を失くす。

 そして、ぽつりと言う。

「平気なわけがない…」

 ナハルが笑い出す。

「君は、随分と妹に甘い兄上だな」

 渋い顔をしながら、マハムドが言い返す。

「君に、人のことが言えるのか?」

「僕は良いんだ。ナイトだから。何でも、姫君の仰せの通りさ。陽扉艦ようひかんは必ず、手に入れてみせる」

「確かに、危険を顧みない、無謀なナイトぶりだった」

「護りきったんだから、文句は無いだろ!」


「とびきり腕の立つナイトだが、此処からガナーの足で、どのくらいで往復できるんだ?それまで城は、持ちこたえられるのか?」

「そんなに簡単に落ちはしないだろうが、援軍が来るまで持つかは微妙だが…」

「つまり、敵に囲まれる可能性もあると言う事か」

「そういうこと。だが、いざとなったら、僕が龍神になって、ガナーを護るから心配は要らない」

「ナハル、冗談に聞こえないぞ」

「ロック砂丘の泉に、源命艦げんめいかんも沈んでいればの話だ」

「沈んでいなかったらどうする? 確か源命艦はエメラルドの湖にあるんじゃなかったか?」

「そうだった。やっぱり、死ぬ気でがんばるしかないかな」

「最初からそう言え」

「龍神になると言ったほうが夢があるだろ」

「夢なんかあるか! 君のはシャレにならない」


「あ、あの、王子」

 二人の掛け合いに、口を挟めずに居たオリバー将軍が、やっと口を挟む。

「ん? 何だ、オリバー」

「自分も、連れて行ってください。王子を、お守りするのは、自分の使命です」

「城の護りも気に成るし、アインと、誰かもう一人伝令に此処に残して、後は一緒に来い」

「はい!」

 オリバー将軍は、部下に指示を出し、準備を始めた。


 ガナーは、アインに馬を預けブルカを外す。

「アイン、馬をお願いね。ブルカは、邪魔になるから置いていくわ」

 一斉に、ガナーに視線が注がれる。皆、ガナーを一目見たくて仕方が無かったのだ。


 彼らの視線につられて、オリバー将軍も振り返る。

 長い輝くような黒髪を、後ろで一つの三つ編みにして、前髪は、真っ直ぐ切りそろえられている。

 大きな黒い瞳のまつげは、白い頬に影を作るほど長く、愛らしい真っ赤な唇。

 細い首のなおやかな身体に、丈の長いブラウスの上には鮮やかな赤い、ジャーキート。

 下はシャルワールをまとっている。

 豊かな胸と細い腰のラインも女性らしい身体。美しいとしか、言いようの無いその姿に、一緒になって見とれる。


 しかし、すかさず皆の視線を遮るように、ナハルが、ガナーの前に立ちはだかる。

 前に立ちはだかったナハルも、美しかった。 

 肩まである金髪、鼻筋の通った、繊細な顔立ちに、ひそめた眉でさえりりしく、切れ長な二重の目は、エメラルドの瞳だ。


 ああ、我が王子も美しい。と見惚れていると、その、美しい顔で叱られた。

「お前たち、そんなにじっとガナーを見るな。ガナーを見ていいのは、僕だけだ」

 あら、マハムド様の役目が、ナハル様にかわっていると、アインは思った。

 しかも、マハムド様より、ガードが固い。 

 ガナー様は、何時でも、誰かに護られる運命なのね。

「も、申し訳ありません。我々は、一足先にまいります」

 オリバー将軍は、ばつが悪そうにいい、穴の中に入って行った。

「マハムド、僕が先に入ってガナーを受け止めるから、君はガナーが降りるのを

手伝ってくれ」

「ああ、解った」

「じゃあ、ガナー、行くよ」

「はい!」

 先にナハルが降りて、ガナーを呼ぶ。

 マハムドの手を借りて、恐る恐る、降りていく。

 所々突き出した石を頼りに、手で捕まり、足を乗せ、ゆっくり降りる。

 下は、暗くてよく見えない。

 突然、ナハルが後ろから抱きかかえて、引き剥がすようにひっぱた。びっくりしたが、足は直ぐ地面に着いた。

「ガナーは受け取ったよ。今度は、君の番だ」

「ああ、其処をどいててくれ。飛び降りる」

 途中まで降りてきていたマハムドが答えると直ぐに、すとっと、飛び降りてきた。

「ガナー様、お気をつけて」

 穴の上からアインが、心配そうに声を掛ける。

「アイン、行ってくるわね」


 中は真っ暗で、人が二人並ぶのは窮屈くらいの、狭い通路だった。

 ナハルが、腕を絡ませるようにして手を繋いでくれる。

「転びそうになったら、僕に捕まって」

「ありがとう。ナハル」

 ランプの灯りを頼りに、ナハルと、ガナーの後ろにマハムドが続き、小走りに進む。

 ナハルが手を取ってくれているので、とても歩きやすかった。

 呪いを掛けられていた右足は、もう、違和感もなく痛みもなかった。

 本当に自分が、龍神の力を受け取れたなんて何だか信じられない気持ちだったが、酷くケロイドになって血がにじんでいた足が、嘘のようにたった一晩で治ってしまい元通りになっていた。

 伝説の乙女。

 本当に存在して、自分がその本人なのだと認識せざる負えなかった。


 ナハルのお陰で、石ころだらけの道にも、転ばずに済んだ。 

 その手の温もりと、腕の力強さに、心臓が大きく脈打つ。

 ナハルと一緒にいられることがとても嬉しい。 

 こうしていられるなら、何処にでもいける。

 何があっても恐れない。そんな思いが、ガナーの心に広がっていく。


 そんな自分を、少し不謹慎だと思いながらも、彼の力強い腕を離すことは出来なかった。

 一時間ほど進んで、やっと先に光が見えてきた。

「ガナー出口だよ。もう少しだ。がんばって」

「ええ!」

 息を切らせ、頬を染めて微笑むガナーに、抑えがたい情を感じる。

 今すぐ抱きしめたい。

 後ろにマハムドがいなければ、押さえられなかったかもしれない。 

 手に、腕に、ガナーの温もりを感じて、湧き上がる欲情を、必死で抑えている。もう、かなり限界に近い。


 こちらの出口には、階段が付いていた。

 上に出ると、其処は書物庫だろうか、本が沢山並んだ小部屋だった。

 オリバー将軍が待ち受けていて、ナハルに状況を説明した。 

 皆で、別の部屋へうつり、ソファに座り込む。隣にマハムドも座る。

「大丈夫か? 疲れただろう」

「少し」


 マハムドは、まぶしそうにガナーを見る。

 ガナーは、かなり息が上がって疲れていた。 

 オリバー将軍が、サフランジュースを配ってくれた。

「お疲れでしょう、お飲み物をどうぞ」

「ああ、ありがとう」

「ありがとう。嬉しいわ。いただきます」

 ニッコリ、微笑んで受け取る。

 汗をかいていたので、冷たい飲み物が嬉しかった。

 オリバー将軍が、ボーっと見惚れていると、ナハルが前に割り込んで来た。

 ガナーを背後に隠し、咳払いをする。


 ハッと我に返ったオリバー将軍は、慌てて視線をそらす。

 こんな、なまめかしい姿のガナーを、誰にも見せたくない。

 腕の中にしまいこんで、隠しておきたいくらいだ。


 ナハルは、ガナーの前に膝を付いて屈み、見上げる。

「ガナー、どう? 動けそう? 軽く食事をしたら、泉へ行こうと思う」

 ナハルはそう言いながら、ガナーの額に浮かぶ汗をハンカチでぬぐう。

 ガナーは、透けるように白い頬を淡いばら色に染めて微笑む。

 もし、何時か、僕の腕の中で、ガナーを乱すことがあるなら、こんなふうに頬を染めてくれるのだろうか。

 この、ばら色の頬も、にじむ汗も、全てが、僕だけのもの。

 そんなふうに考えてしまうくらい、ガナーの姿はなまめかしかった。抱きしめてしまいそうな手を、握り締めてこらえる。


「大丈夫よ、直ぐに行きましょう。こんな混乱した中に押しかけて、お食事なんて、申し訳ないわ」

 今も時々、外で爆発音が聞こえている。

「いえいえ、食べなければ、帰りまでお体が持ちません。もうそろそろ運ばれてきますので、少しだけでもお召し上がりください」

 オリバー将軍が言うのと一緒に、食事が運ばれてきた。

 せっかくなので、ありがたくいただく事にした。


 食事が運ばれる間、ナハルはガナーを窓辺の椅子に座らせて、横に立って隠す。

 その様子を、あきれ気味に見ていたのは、オリバー将軍と、マハムドだった。

 マハムドは、自分よりガードが固いとおかしくなる。

 

 確かに、頬を染めて汗ばむガナーは、色っぽくて、マハムドでさえ、手を伸ばしそうになる。

 あんな姿を、他の男には見せたくない。

 ナハルがあんまりしっかりガードするから、あきれていたが、本来なら、自分がやっていたかもしれない事を、又、ナハルに取られてしまっている。 

 このごろは慣れたのか、悔しい気がしなくなった。

 ガナーが、ナハルを見ていることを認めてしまってから、自分の出番は無いのだと悟った。


 しかし、あんなガナーを見て、彼は平気なのかと、少し気に成ってナハルを見ると、彼は、ガナーから視線を外して、窓の外を見ている。

 何だ、やっぱりやせ我慢かと、ほくそ笑む。

 ガナーは、さっきからずっと、窓の外を見ているナハルが気に成る。状況はよほど好くないのだろうか。

「ナハル、怪我人が沢山出ているの?」


 ガナーの声に、思わずガナーを見てしまった。

 引き寄せられるように屈んで、ガナーの頬に手を触れてしまう。

 薄紅色に色づいた頬は、柔らかくて、暖かい。

 手が離せなくなる。引き寄せて、胸にしまいこむと、甘い、髪の香りが鼻をくすぐる。

 頬に触れたままの手で、顔を上向かせると、真っ直ぐな黒い瞳が、見つめ返してくれる。 

 彼女は、無意識なのだろうが、こんな瞳で見つめられたら、理性など吹き飛んでしまう。

「君は、心配しなくて大丈夫だよ。援軍はきっと間に合う」


 そう言いながら顔を近づけ、唇に触れそうになった時、現実に引き戻すかのような、マハムドの声が聞こえた。

「ガナー、ナハル、早く席につけ。さっさと食べたら行かなければならない」

「ええ、マハムド。今行くわ」

 ガナーが、マハムドの方に振り返ると、顔が離れてしまった。

 ナハルは、がっかりしたのか、ホッとしたのか、わからない気持ちで立ち上がった。

 一緒に立ち上がったガナーが、よろめく。

「あぶない!」

 慌てて支えると、今度は、その柔らかい体に触れてしまう。

 思わず、ぎゅっと抱きしめてしまった。もうこのまま、二人だけになりたい。

「ごめんなさい。ナハル。沢山走ったから、足がもつれてしまって…」

「ああ、そうだね。僕が運んであげるよ」

「いいえ、大丈夫よ。ちょっと、ふらついただけ」

 ガナーは、そういいながらも、柔らかい体で、ナハルにしがみ付いている。一人では立てないようだ。

「遠慮は要らないよ」

 ガナーをひょいと抱き上げて、食卓の椅子に座らせる。


 まったく、何の試練か! と思いながら、自分も椅子に座った。

 マハムドが意味深に、横目で見ているのが気にくわなかった。

 まだ残る、ガナーを抱きとめてしまった衝撃を押さえ込みながら、食事を口に運んだ。

 せっかくガナーとの食事だが、味など全く分からなった。

 只のみこんで腹を満たした。


 食事を済ませたガナーは、ゆっくり、立ち上がってみる。

 やっぱり足が、がくがくして、直ぐに、テーブルに手を付いてしまう。

「僕が運んであげるよ。泉は直ぐ其処だから、君は歩かなくていいよ」

「ダメよ。帰りもあるのに、こんな事では」

 ガナーは、必死に足を踏み出そうとするが、がくっと、膝が崩れてしまう。

 ナハルは、又、ガナーを抱きとめる破目になる。

「ごめんなさい」

 頬を染めて、ナハルにしがみ付くガナーを、マハムドが引き剥がして、椅子に座らせる。


「まったく、見ていられない。ガナー、遠慮なく、ナハルに運んでもらいなさい。どうせ彼は、その役目を他の誰にも譲るつもりは無いだろうから」

 マハムドがチラリと、ナハルを見る。

 ナハルは苦笑いをして、マハムドを見返した。

「そういうこと。泉ではなく、別のところに運んでしまいそうだけどね…」


 ガナーは、ポツリと、ナハルが付け足した言葉の意味を理解できなかったのだろう。

 きょとんとしてから直ぐに、危険だからと、勘違いしたようだった。

「本当にごめんなさい。私、迷惑ばかり掛けているわ」

 ガナーがしゅんとすると、マハムドが、冷たい横目でナハルを睨む。

 ナハルが、ガナーをなだめた。

「気にしなくていいんだよ。深層の姫君が、石ころだらけの道を走るなんてことしないのが普通だ。こうなるのは当たり前だ。むしろ、君は、あの距離を走りぬいたことに、誇りを持つべきだ」

「私、帰ったら、もっと身体を鍛えるわ」

「それは、僕としては、あんまりお勧めじゃないな。君が何時も、こんな色香の漂う様子でいると思うと落ち着かない」

「え?」

「いや、とにかく行こう」


 ナハルは、ガナーを抱き上げて部屋を出た。 マハムドも横に並んで歩く。

 城の裏口を出て、裏庭に出ると、火矢が飛び交い、投げつけられた火薬が、あちこちでくすぶっている。

 火薬で足を怪我した兵士が、担架で運ばれていった。

 思ったより悲惨な様子に、ガナーは心を痛める。


 もし、自分に彼らを助ける力があるのなら、直ぐにも救ってあげたい! 

 陽扉艦ようひかんがあれば、何か役に立つかもしれない。ガナーは、心からそう思った。


 泉は裏庭の真ん中にあった。ガナーは、ナハルに支えられて立つ。

 泉の周りは、まるで、結界でもしかれているように、火矢も、火薬も、跳ね飛ばしてしまうようで、少しも被害が無かった。


 ガナーは大きく息を吸い込み、泉に向かって、静かに歌い始めた。

 ナハルと湖のほとりで歌った。そして、増水におびえながら、又、人々を救いたい一心で歌った祈りの歌。

 何時も、ガナーの心にあるのは、人々の健やかな幸せだった。


 ガナーの歌が響き渡ると、泉の中央から、一筋の赤い光が空に向かって伸びていった。

 ガナーは、目を閉じて祈るように歌い続ける。

 赤い光は、少しづつ広がっているようだった。

 ガナーの周りを、金色の光が包むと、髪が緑色に輝き始める。

 三つ編みに編んでいた、髪が解けて風になびく。

 彼女はもう、支えられることなく一人で立っていた。


 一心に歌い続ける。歌声に反応するように、少しづつ赤い光は、広がり続けている。

 やがて、泉全体を赤い光が包んだころ、泉から水が湧き上がっているかのように、泉の表面に波紋が広がっていく。

 その中心から、光輝く水晶が浮かび上がってきた。

「陽扉艦か? …」

 マハムドがつぶやく。


 その水晶の玉は、空中に浮かび上がると、真っ直ぐ、ガナーのほうに寄ってきた。

 ガナーは両手で、そっと、包むように受け止めると、その瞳が緑色に輝く。

 彼女はまるで、憑かれたように声を上げて歌い続ける。


 ガナーの声が、城全体を取り巻くように響いていった。

 城の城壁をよじ登ろうとして、投げたロープに捕まって、壁に足を掛けていた盗賊の一人がずり落ちてしりもちをつく。 

 彼は、上る気力を失って座り込んだ。塀の周りで、そんな光景があちこちに見え始める。 

 弓を引きかけていた者は、引くのを止めて側に放り出す。

 火薬に火をつけようとしていた者は、火をもみ消してしまう。

 ガナーは、さらに歌い続ける。


 城の周りを、金色の光が包み込み、穏やかな空気を広げていく。

 ナハルは、城の周りが静かになったと感じていた。

 何が起こっているのかは、ここからでは解らないが、おそらく、城が護られたのだろうとは思う。 

 ガナーは、一心に歌い続けている。

 しかし、ふと気づくと、ガナーの周りの光が、薄らいでいる。

 止めさせなければ! 

 と思ったときにはもう遅かった、力尽きたようにガナーが崩れる。

「ガナー!」

 ナハルは、とっさに、ガナーを抱きとめた。 

 マハムドが、驚いて駆け寄ってくる。

「アザリー!」

「アザリーは、どうしたんだ?」

「光が薄れたと思ったら、急に倒れた」

「マハムド、ガナーから、陽扉艦ようひかんを離してくれ。力を使いすぎたのかもしれない」

「あ、ああ、これか…」

 マハムドは、頷きながら陽扉艦をガナーの手から取り上げる。


「ガナーは、大丈夫か?」

 ナハルは、膝を付いて、ガナーを抱きかかえたまま頬に触れて驚いた。

 さっきも、蒸気した頬は温かかったが、そんな比じゃない。熱を持って、熱かった。

「すごい熱だ」

「え?」

 マハムドが、ガナーの額に手を載せる。

「本当だ。陽扉艦のせいなのか」

「解らない。とにかく城に戻って休ませよう」

「あ、ああ」


 戸惑う二人のもとへ、オリバー将軍がやってきた。

「王子!」

「オリバー、今、どうなっている」

「はい、盗賊たちは武器を放り出して、それぞれに散らばって、何処かへ去っていき始めています。又、残った者達は、座り込んで泣き出す始末で。何が起こったのか、さっぱり…」

 ナハルとマハムドは、顔を見合わせる。

「とにかく、ガナーを休ませる。部屋を用意してくれ」

「ガナー様は、どうなさったのですか?」

「歌っている最中に倒れた。おそらくガナーの歌が、盗賊たちに何か変化を起こさせたのだろう」

「なるほど、伝説の乙女のなせる業だったのですね」


 オリバー将軍は納得したように跪き、深く頭をたれる。

「そのか弱いお体で、わが国をお救い下さり、ありがとうございます」

 そう言ってからオリバー将軍は、きびすを返して城の中に走り去った。

 オリバー将軍が用意した、賓客の部屋にガナーを寝かせて、報告を受ける。


 城の外に残った数人を捕獲して話を聞くと、皆、亡くなった母親にあいたいだとか、亡くなった恋人を思い出したとか、里心がついて、泣いているようだと言う。

 ナハルと、マハムドは、顔を見合わせてあっけに取られる。

 又、城の中でも、収容された怪我人たちが皆、痛みに苦しむ様子も無く、安らかに眠っていると報告された。


「これは全部、ガナーのなせる業だと思うか?」

「おそらくそうだろう。ガナーの体から光が流れていくのを見た。あの光が、この城全体を包んでいた。湖の、増水を止めた時もそうだった」

「城の悲惨な様子を見て、助けたいと強く願ってしまったのだろう。それに答えて、陽扉艦(ようひかんと、泉の力が作用して、ガナーの力を上回る力を、引き出してしまったのかもしれない」

「意識を失っただけなのか? このままなんて事は無いんだろうな?」

「そんな事あって堪るか!」

 何時に無くナハルが声を荒げる。


 ナハルは、後悔の思いに囚われていた。

 何事もあってほしくない。今まで、龍神の力を受け継ぐ者達は、何事も無く陽扉艦を扱ってきたはずだ。

 体力を使いすぎて眠っているだけであってほしい。

 しかし、ガナーに無理をさせてしまった事に違いは無い。


 マハムドも、落ち着こうと話をそらす。

「これが、陽扉艦ようひかんにまちがいないのか?」

 マハムドが、透き通る水晶球を掲げてみる。

「ガナーが持っていたときは、中心が赤く光っていた。間違いないだろう」

「ガナーは、どうなるんだ?」

 マハムドは、横たわるガナーの顔を、心配そうに覗き込む。

「解らない…。急に、光が薄れた。何か、予期せぬことが起こったのかもしれない」

「まさか…、湖の呪いが?」

 湖の呪い? そういえば、ガナーは、夢に怯えていたように思う。

 もしかして、呪いを受けてしまった? 背筋を冷たいものが走る。

「そうは思いたくないが、ガナーは、龍神の夢の中に不吉な影を感じていたようで、何かに怯えていた」

「ガナーが、龍神の夢に怯えていたって? ガナーが、そう言ったのか?」

「いや、彼女の様子からそう感じただけだが、何時も、表情を曇らせる」


 マハムドは、唖然とする。自分は彼女から龍神の夢の話も、あまり聞いた事がなかった。

 長い間一緒にいて、彼女がそんなふうに怯えていたことにも気づかなかったとは情けない。

 ナハルは、自分よりもずっと、注意深くガナーを見ているのだと、思い知らされる。

 何時も無表情なナハルらしくなく、厳しい顔をしているのも、彼の心を伺える。


 其処へ、オリバー将軍が入ってくる。

「王子、レクイナの軍が到着しました」

「ああ、思ったより早かったな」

「今、一緒に、アイン殿も到着しました」

「そうか、連れてきてくれ。彼女がいたほうが、ガナーも落ち着くだろう」

「はい、直ぐに」

 まもなくアインが、部屋に入ってきた。

 彼女は、話を聞いているらしく、ガナーの様子に慌てず、てきぱきと世話を始める。

 その間、マハムドとナハルは、しばらく部屋から追い出された。


 別室で二人は、顔を突き合わせ、落ち着かない気持ちのまま向き合う。

「今日の盗賊騒ぎは、奴が、ガナーを狙って仕掛けたと思うか?」

「アジームファーザ王子が、このロック砂丘の泉の伝説を知っていた可能性はある」

「イレックは、泉に近いから、そんな話は、伝わっていたのかもしれないということか?」

「ああ、そうだ。ましてや、エルドの王女がわざわざ敵国のメリドに行く理由は他には考えにくい。直ぐに結びついただろう」

「それに加え、奴は君に相当な恨みを抱いているだろうから、今度こそはと、先手を打ったということか…」

「ああ、龍神の宝と、絶世の美女。男なら、誰でもほしくなる組み合わせだよね」

「ガナーを、そんな道具にされてたまるか!」

「まったくだ。やっぱり、あの時殺っておけばよかった。ガナーに血を見せたく

なくて、止めてしまったが、失敗だったな」


 ナハルの瞳が、ユラリと燃え上がるのを、見て、マハムドは、ゾクリとした。

 ガナーが側にいなければ、アジーム王子の命は無かったのかもしれないと思えた。

「盗賊で失敗した奴は、ガナーが此処にいることを確信して、直ぐに次の手を仕掛けてくるだろう。返り討ちにしてやる」

「この城を戦場にするのか?」

「まさか、ガナーの眠りを妨げる事はしない。迎え撃ってやるさ」


 国境の視察の報告を持ってきた、オリバー将軍を交え、三人で作戦を練る。

 ナハルは、マハムドが、優秀な軍人だと知る。

 彼の考察は、的確で、イレックの情報も熟知している。

 さすが、エルドの要と言われる人物だけある。

 敵にしたら、なかなか手ごわい相手だが、見方にしたら力強い。

 それに、ナハルと考えが合う。

 的確なアドバイスや、アイデアを追加してくれる。

 二人悪巧みでもするように、次々作戦が固まっていく。

 


凄いですね!怖いものなしです!

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