薬屋の老婆
ズキズキと痛む傷を擦りながら、薬屋へと向かう。薬屋のおばあさんは母親の知り合いで、昔からよくお世話になっている。特に彼女は宗教に無関心なので、エルピスに関してもただのペットか使い魔としか思わないだろう。
「ごめんください。」
帰ってこない返事を聞きながら店の奥へ、荷物をどけながら進む。
「ああ、あんたかい。」
「うおっ…そこにいたんですか、ゼマさん。」
「あんた怪我してんのかい、見せてみな。」
「はあ、まあ…お願いします。」
転がった荷物と同化したその老婆が、ボクの左手を優しくとる。もう血は止まっただろうか。包帯を取ると、ひどい色の体液で覆われた傷に、反射的に鳥肌が立つ。
「ぉうわ…」
どう見たってまともな傷ではない。ボクの親愛なる友人、テッケンならば泡を吹いて倒れるような痛々しさだ。
「…こりゃあ酷いねぇ。病院いってたらバラして研究もんかもねぇ。ヒッヒッヒ…」
「もう…変なこと言わないでください、ただの傷ですよ。」
この人は病院になにか恨みでもあるのだろうか。大人しく処置を受けながら、一応連れてきたエルピスの様子を見る。特に何も無く着いてきてくれた所を見ると、許してくれたとまでは言わないが、まだボクのそばに居てくれるようだ。
「おや、その子はどうしたんだい?」
「あぁ、祖父の部屋に迷い込んでいたんですよ。まぁ色々あって…」
「噛まれたとな?」
「まあそういうことです。」
ゼマさんは相変わらず話が早くて助かる。ボクは消毒される左手の激しい痛みに耐えながら、会話を続けた。
「エルピス…この子は少し変わってるんです。」
「ほう?それは興味があるねぇ。」
「こいつが、悪魔を…パンドラを信仰してるって言ったら笑いますか?」
「面白い、そりゃ笑うさ!でも信じるよ。あんた昨日の教会にいたんだろ?それがきっかけでそいつに噛まれた。違うかい?」
思わずゾッとするほどの洞察力に身震いした。一語一句何一つ間違っちゃいない。
「ゼマさんには敵いませんね、全くその通りですよ…」
「ヒッヒッヒ…アタシに隠し事は通じないよ。」
…年の功かな。
「…ゼマさんは、どう思いますか?悪魔信仰のこと。」
「ん?まあ面白いんじゃないかい?アタシはそれくらいしか思わないね。」
こういうドライなところが昔からゼマさんらしい。傷を治療してもらったボクは、ゼマさんにお礼を言って薬屋を後にした。