誰が太刀打ち出来ないって言いましたか?〜残り物の貧乏クジだと思っていた嫁が一番ヤバい奴でした〜
あるところに、大きな大きな国がありました。
国王陛下には五人の息子がいて、それぞれ優秀でとても美しい王子たちでした。
あるとき、国王陛下は、国に仇為す悪い魔女の討伐を命じます。
国の兵士や魔法使いたちは力を合わせ、どうにか悪い魔女を倒すことに成功しましたが、悪い魔女は倒される寸前、最後の力で呪いを放ちました。
魔女の放った呪いは、五人の王子たちを襲い、可哀想な王子たちは、強力な呪いに囚われてしまいました。
困った国王陛下は、国中と周りの属国に命じます。
王子の呪いを解くために、強い兵士と賢い魔法使い、そして優秀な姫を集めよ。
そうして哀れな王子たちのために、五人の兵士と五人の魔法使い、そして、五人の姫君が集められました。
集められたものたちを前に、国王陛下は王子たちへ告げます。
おまえたちにひとりずつ、兵士と魔法使いと姫君を与えよう。与えられたものを巧く使って、呪いに打ち勝ち、優秀さを示した者を、次の国王にする。
王子たちは兵士と魔法使いと姫君をひとりずつ選び、呪いを解くために奮闘を始めました。
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「その、五人の王子なかで、いちばんのミソッカスが僕ってわけ」
「いやー、いつ聞いてもおとぎ話ですよね、坊ちゃんの身の上って」
「うるさいミソッカスその二」
クタクタのローブを羽織った男は、暴言に怒った様子もなくカラカラと笑った。
「まーオレ無名ですからねー。あの五人の魔法使いの中じゃミソッカスですわ」
「ご高名な偉ぶった奴らより、僕はお前の方が気が楽だし良いけどな」
「そりゃどーも」
ケケッと笑った男の顔立ちは、随分と若く見える。僕より歳下にすら見える、少年のような容貌だ。
だと言うのに髪はパサパサで皮膚もカサカサ、着ているローブはクッタクタで、清涼感の欠片もない。
無名とは言え五人の候補に入ったのだから、優秀な魔法使いに違いないのに、露ほども威厳を感じられない姿と態度だ。
「むしろこっちが申し訳ないよ。僕の下に着いたんじゃ、ろくな出世も望めない。この出来レースが終わったら、せめて良いとこに推薦状書くからな」
「いやいやオレとしてもね?堅苦しかったり傲慢だったりする王子さまより、坊ちゃんの方がよっぽど良いですわ。出世する気もありませんし、のんびり行きましょうや」
「お前がそれで良いなら良いけどな」
それから、部屋の端へと目を移す。
褐色の肌に、刈り上げられた艶のない真っ黒な髪。黒い瞳。
「きみも済まない。こんな貧乏クジで」
「いや」
顔に派手な刺青を入れた華奢な青年は、静かに首を振った。
「自分は元々、奴隷にされてもおかしくない身分だ。正式な兵士と認められて、衣食住に給金まで保証されるなら、悪いことなどなにもない」
「そう言って貰えるとありがたいよ」
苦笑して、僕はため息を吐いた。
「姫君も、僕に来るのは残り物だろうからね。せめてプライドの高くない子が、来てくれると良いけど」
見下ろせば、バター色の肌が目に入る。落ち掛かる髪は黒鹿毛。瞳も茶褐色だ。
肌は白ければ白いほどもてはやされ、髪色は金髪が、目の色は青が至高と言われるこの国では、お世辞にも褒められることのない色合いだ。
いや。それどころか、肌色は移民のようだと顔を顰められさえする。
移民から愛妾になった、今は亡き母譲りの色。
五人の王子のなかで唯一の妾腹である第三王子の僕は、正妃と側妃の産んだ兄や弟たちから、常に蔑まれて来た。
父である国王が用意した人材を選ぶにも、当然ながら先に選ぶ権利などない。
ほかの兄弟たちが選んだあと、残された余りものを貰い受けるのが、僕に与えられた役目だ。
ё ё ё ё ё ё
そうして迎えた、姫君たちとの対面の日。
人質として、脅し取ったのだろう。
集められたのは全て、属国の王族たち。
宗主国の機嫌を損ねて攻め入られては堪らないからか、めいっぱいめかし込んだドレス姿の姫君たちのなかで、ひとり、地味な生成りの平服に身を包んだ、バター色の肌の娘がいた。髪を結い上げもしていないので、栗色の髪が顔を隠してしまっている。
呪いを解くことが出来るかと問われた姫君たちが、魔法が得意だ、知識がある、ツテがあると自分を売り込むなかで、その娘が言ったのはたった一言。
「その呪いですか?わたしでは解くことは出来ませんね」
きっぱりとした宣言に、瞬間その場を沈黙が支配した。
慌てたように、ほかの姫君たちが取り成す言葉を口にする。
僕の妻になるのは彼女か。
見えた結果に浮かびそうになる苦笑を堪えながら、でも、と思う。
気休めを言わない正直さは、むしろ好ましい。
負け惜しみではないが、選ぶ余地もなく下げ渡される残り物たちが、実のところ自分には合っていた。
混血であることが明らかな容姿を持つ王子は、城の使用人にすら陰では蔑まれている。
だと言うのに、僕のところに来た兵士も魔法使いも、僕を下に見たり、境遇を憐れんだりしなかった。
もし高名な魔法使いや、名の通った兵士が、僕の下に着けと言われたら、きっと嫌がったし従わなかっただろう。
そう思えば残り物でも、悪くはない。
同じバター色の肌に、暗い色の髪同士ならば、その色味で忌避することもないし。
案の定残されたその姫君の手を取るのに、だから僕は少しも悲観していなかった。
すでに諦めきっていた、とも言えるかもしれない。
呪いを解いた者が次の王にと言うこの状況。所詮は出来レース。茶番だ。
兵士や魔法使いや姫君がどうであれ、正妃腹の第一王子にはそれ以外の味方が山ほどいて、そのうち呪いを解く方法も見付け出すのだろうから。
ほかの四人はともかく、僕の呪いは、そこまで深刻なものでもないし。
「よろしく、姫君」
言って手を差し出せば、弾かれたように上げられた顔が、僕を見上げる。小柄な娘だ。僕より頭ひとつ小さい。
顔を上げた拍子に顔を隠していた髪が割れ、大きな琥珀色の瞳が覗く。
まるで、狼のような、強く美しい瞳。顔立ちも、彫りは浅いが愛嬌があって好ましい。
姫君は僕の顔と差し出された手を見比べると、おずおずと手を伸ばした。小柄な身体に似つかわしい、小さな手だった。
そっと握れば、ほんのりと温かさが伝わって来る。
「ここじゃ落ち着かないだろう。僕の部屋に案内するよ」
「ありがとうございます」
返された声は思いの外素直で、それもまた好ましかった。
ё ё ё ё ё ё
「あら、可愛い子じゃないですか」
姫君を部屋に連れ帰ると、魔法使いが早速見物に寄って来た。
「どうも、姫君。オレは坊ちゃん専属の魔法使いで、名前は阿呆みたいに長いんで、ロジャーって名乗ってます。どうぞよろしく。ほらほらジャックさんも」
「殿下の兵士のジャックだ」
魔法使いと兵士、ロジャーとジャックの顔をきょろきょろと見た姫君は、最後に僕をちらりと見てから口を開いた。
「リン、です」
「リン、えーと、さっきも名乗ったけれど、僕は第三王子のユール。これからきみの夫と言うことになる。きみの部屋もここになるんだけど、普段この部屋にいるのはこのふたりだけだから、誰か、きみの侍女を雇おうか」
「いいえ」
自分を蔑む使用人を側に置きたくないので、身の回りのことは基本自分でこなしていた。姫君にまでそれはさせられないと思ったが、姫君、リンは首を振って要らないと言う。
「自分のことは、自分で出来るので」
それより、とリンが首を傾げる。
「わたしは、なにをすれば?」
「え?」
王命は呪いを解くことだが、リンは呪いを解けないと宣言していた。だから僕は、リンになにかをさせるつもりはなかった。
「自由にしていてくれて構わないよ?」
「ですが、陛下は役目を果たすようにと」
「あー、うん」
どうしようかなと首を傾げて、夫婦になるのに隠し事もなにもないかと開き直る。
「見苦しいものを見せることになって、申し訳ないのだけれど」
「?」
上半身の服を脱いで、リンに素肌の背中を見せる。
「背中が鱗で覆われているだろう?」
「ええ……綺麗ですね」
「えっ」
綺麗と言われるとは思っておらず、ぎょっとして振り向く。
「綺麗、では、なくない?」
「そうですか?白龍の鱗、白蝶貝を貼り合わせたようで、とても綺麗だと思います」
リンの目は、おべっかを言っているようには見えなかった。
「あ、リンちゃんもわかりますー?坊ちゃんの鱗、綺麗ですよねー。これ、硬度も高くて、その割に身体の動きは阻害しなくてね!背中を覆う分には、むしろ最高の鎧なんですよ!」
「背後からの奇襲対策には良いと、自分も思う」
ロジャーとジャックの言葉に、思わず額を抑えてしまう。
「恨まれて掛けられた呪いを、そう褒められても複雑な気持ちなんだけどね……」
「呪い。これが」
触れても?と問われて、構わないと頷く。
控えめに背を撫でる手は、鱗越しにも温かかった。
「年々広がって行っているから、十年もすれば身体中鱗に覆われることになると思う。そう言う呪いだ。僕は鱗だけれど、兄弟は皮膚が石に変わって行っていたり、狼のような毛が生えて来ていたり、身体から植物が生えて来たりと、散々でね。
父上はこの呪いを解けと、僕らに命じている」
「解いてしまうのですか?」
少し残念そうにしないで欲しい。
「背中が鱗で覆われているくらいなら良いけれど、身体中だと見た目も悪いからね。それ以上の悪いことが、起きないとも限らないし」
「背中だけでも残しては?」
「そんなに気に入ったの?」
悲鳴を上げて気味悪がられるよりは良いけれど。
「まあ呪いを解く方法もないし、僕の呪いはこのままだから、嫌われなくて良かったけど」
「悪いことが起きないなら、背中だけ残してくれますか?」
「うん?」
言われた意味がわからなくて、首を傾げた。
「オレも背中だけなら残した方が良いと思う!」
「背中を守るのは良いことだ。丁度うなじも腰も覆われているし、今の状態はとても良い」
「いや、そもそも呪いに太刀打ちが出来ないから、そんな都合の良いことは出来ないって」
僕が苦笑して言うと、リンがきょとんとして僕を見上げた。
「誰が太刀打ち出来ないって言いましたか?」
「え?」
誰がって。
「きみ、呪いは解けないって」
「はい。その呪いは解けません。術者が死ぬことで、すでに完結していますから」
「それなら、」
太刀打ち出来ないじゃないか。
そう言おうとした僕が言葉を続ける前に、なんてことないようにリンは告げる。
「ですから、上書きして効果を消してしまえば良いでしょう」
「上書き?」
「あー、やっぱりそうなります?」
意味が理解出来ない俺の横で、ロジャーがうんうんと頷く。
「そうじゃないかとは思ったんですけど、オレ、呪いは専門外だから下手に弄れなくってねー」
「賢明な判断ですね。確かに、下手に弄ると殿下を殺してしまいかねません」
「リンちゃんなら出来るでしょ、でも」
僕をよそに進んで行く話。
「ええ。これはおそらく表面を覆い尽くしたあと、内面も鱗で覆われて死ぬことになる呪いです。上書きして、進行を止めてしまえばなんの問題もありません」
「呪いの上書きなど、相当の実力者でなければ出来ないと聞いていたが?」
「うん。呪いを掛けた者より知識が豊富で、技術も高くて、魔力も上回ってないとほぼ無理。でもその、相当の実力者が、リンちゃんってことですよー」
まさかのジャックまで会話に参戦して、完全に僕だけ置いてけぼり状態だ。
「呪いを掛けた魔女は、かなりの大魔女だったはずでは?」
「それはそう!でも死にかけだったし、五人を呪ったから、坊ちゃんに全力を掛けたわけじゃない」
「そう言うものなのか」
ジャックは納得したようだが、僕はちっとも納得出来ていない。
「あのさ、」
「たぶん」
発した声がリンのものと被って、顔を見合わせる。
「なに?リン」
「魔女は殿下のことは、そこまで傷付けるつもりはなかったのだと」
「呪ったのに?」
「魔女が呪ったのは」
琥珀の瞳が、僕を見据える。
「自分を虐げたものであって、同じように虐げられるものではない、から」
討伐された悪い魔女は、黒い髪に黒い瞳、それから、バター色の肌をしていたと言う。
「白龍は吉兆の使い。わたしの故郷では、白蝶貝のペンダントを、生まれた子の幸運を願って贈ります」
ハッとして、首元に触れる。
白蝶貝のペンダント。幼い頃に死んだ母の、数少ない形見。
「もしも魔女が五人の王子の、ひとりだけ呪わなかったなら」
「僕は疑われて、殺されていてもおかしくなかっただろうね」
真実がどうであれ、上のものが黒と言ったら黒だ。疑わしきが移民の子であったならば、罰せられるのがこの国。
ああそうか。
僕は、守られていたのか。
この、蔑まれるばかりの移民の血のお陰で。
「魔女は僕が疑われないように、この呪いを掛けたのか」
「もう亡くなられた方のことですから、想像でしかありませんが」
すべらかな、白い鱗をリンが指先でなでる。
「鱗、すべて無くすことも出来ますが」
なんてことないように、リンが言うのに、首を振った。
「いや。消さなくて良い。消えると呪いが解けたと知られてしまうからね。進行だけ止まれば、それで」
そんなことが、本当に出来るなら。
リンは、わかりましたと頷いて、僕の背中に指を滑らせた。
しゅわりと、なにかが背中に広がった心地がする。
「もう、鱗が広がることはありません」
その宣言まで、十秒となかった。
言われた意味を理解出来ずに、思考が止まる。
「まじか早かったなー。さすがリンちゃん」
「こんなに簡単に書き換えられるものなのか」
僕の魔法使いと兵士の言葉で、ようやく状況を理解する。
「え、もう、解けたの?そんなに、あっさり?」
そんなこと、あるのだろうか。
この国の技術の粋を集めても、解けなかった呪いが、こんなにも簡単に解けてしまうなんて。
「解けてはいません」
リンは首を振り、僕の背中をなでる。
「完結した呪いを解くことは、わたしには出来ませんから。ただ、書き換えただけです。呪いは殿下に残ったまま、この鱗はもう広がることがありませんが、一生、殿下の背を覆い続けます。刃物だろうが炎だろうが、傷付け剥がすことは出来ません」
それはもう、呪いとは名ばかりの、強力な盾じゃないか。
それでも。
「呪いが解けていないなら、報告は出来ないな」
そんな言い訳をするには、丁度良い書き換えだった。
「お役に立てず、」
「いや、立ってる立ってる。すごく立ってるよ。鱗で死ぬ心配がなくなったって、すごいことだよ」
申し訳なさそうな声を出したリンを、振り向いて取り成す。
リンは振り向いた僕に驚いたように両手を挙げてから、ぱっと顔を赤くした。
「あの、服を、」
「ああ、ごめん」
鱗に覆われた背中にはぺたぺたと触ったのに、素肌の胸を見るのは恥ずかしかったらしい。不思議な子だ。
シャツで肌を隠しながら、うーん、と首をひねる。
「どうしようか」
「これから、ですかー?」
「そう」
やるべきことは呪いを解くことだったが、進行が止まったならそれで良い。と言うか、下手に兄弟より早く呪いを解いて、恨まれたら面倒だ。
かと言ってなにもしていないと、不審に思われかねないし。
「呪いを、解こうとするフリをしつつ、旅行でもする、か?」
ジャックが首を傾げつつ、提案した。
「城にいても、良いことはないのだろう」
「そうだね」
城にいても、蔑まれるだけだ。
僕はもう慣れたが、三人が巻き添えになるのは遠慮したい。
「それなら、遺跡巡りでもしますー?古代遺跡、いっぱいあるじゃないですか、宝探ししましょうよ」
軽いノリでロジャーが言う。
「古代遺跡って、危ないよ」
「いやいや、なんのための兵士と魔法使いですかー。オレとジャックさんで守りますって、ね?」
「ああ。心配いらない」
ё ё ё ё ё ё
そして僕らは、旅に出た。
ジャックもロジャーも強かったが、なによりリンが規格外に有能で。
僕らが危険な古代遺跡を次々と攻略する遺跡探検家として名を馳せるようになるのに、さして時間は掛からなかった。
このまま、冒険者として身を立てても良かったけれど。
四人の王子は誰ひとりとして、呪いに打ち勝つことが出来ずに死に絶え。
唯一生き残っていた僕に、国王の座が巡って来るのは、それよりあとの話。
国を継いだ僕は、兵士と魔法使いと姫君に支えられて、歴史に名を残す名君になった。
後の世では、僕の功績はとある格言と共に伝わっているらしい。
曰く、残り物には福がある、と。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました