063. 葬送の火花 (1/6) - 惑いの決別
「――俺の周りはどうしてこう、性格がひん曲がった奴が多いのかね」
その声にヒューへと顔を向けたガロワは、「それ俺のこと言ってるか?」とおかしそうに言った。
「お前が筆頭だよ。昔からそうだし、今だってそうだ。こんな場所に俺を誘い込むような真似をして……どうせ何か企んでるんだろ?」
そうヒューが問えば、ガロワは手に持っていたものを脇に置いた。そこはヒューの位置からだとちょうど焚き火に遮られてしまうため、何を置いたのかはよく分からない。しかしヒューは気にしていないのか、「火薬じゃねェよな?」とふざけるように笑った。
「まさか。ンなモンこんなとこに置いたら俺が吹っ飛びかねないだろ」
答えながらガロワは怠そうに立ち上がったが、何を置いたか言う気はないらしい。そのままヒューの方へと身体を向けると、「ま、お楽しみってやつだ」と目を細めた。
「お前の言うお楽しみは大抵楽しくねェんだよ」
「心持ちの問題だろ。ヒューも楽しめればもっと違ったのに」
「……楽しむ、ね」
それまで笑っていたヒューが苦々しく顔を歪める。そんな彼を見たガロワは「……やっぱ分かってたんじゃねぇか」と誰にも聞こえないほど小さく呟くと、「俺はお前が理解できないよ、ヒュー」と言いながら一歩前へと踏み出した。
「お前は嘘吐きだ。口では裏切り者は何度でも裏切るって言って納得しているフリをして、だが内心じゃいつだってそうしてくれるなと願ってる。だから猶予を与えたがる。そのせいで何度も痛い目に遭ってるのに、それでも何か事情があったんじゃないか、今度は違うんじゃないかって自分に言い聞かせてその甘さを改めようともしない」
「そんなことねェよ」
「あるだろ。お前はあの時何が起こったか分かってるはずだ」
最初よりも近い位置からガロワがヒューの目を見つめる。ヒューの瞳が一瞬だけ、遠くを見たかのように揺れる。
『こっちはもう通れない! 向こうならもしかしたら……!!』
耳の奥に蘇った声を追い払うように、ヒューは小さく首を振った。その間にもガロワは瓦礫を避けながらまた少しヒューに近付いていて、二人の間の空間は二メートルにも満たなくなっていた。
「ヒュー、お前はなんで他人の良い面ばかり見ようとする? そりゃそういうのが得意な奴もいるけどよ、お前は違うだろ。相手が極悪人でもどうにか良い面探し出して、そこに縋りたがって……でもお前が見つけられるのは悪人の中で相対的に良く見える面だけだ。結局一般的に見ればクソみたいな部分だよ」
そこで足を止めたガロワは呆れたように首を傾けた。近付いたことでよく見えるようになった顔にはまだ打撲痕が残っている。切れた唇や額にはかさぶたがあって、それらがむず痒いのか、ガロワは時折カリ、と指で掻いていた。
「まァ……それはあるかもな。得意な奴ってのを近くで見るようになってやっと気付いたわ」
ヒューが答えると、ガロワがつまらなそうな表情を浮かべた。
「ふうん? でも俺はお前のそんなところ嫌いじゃないぜ。お前がそういう性格だから俺のことを殺せないんだろ? 好き勝手暴れまくって一人きりだったお前の、俺が唯一の理解者だからな」
「…………」
「そんなナリで極度の寂しがり屋ってのは笑えるよな。だからお前モテねぇし賭け事も弱いんだよ。少しでも自分を認めてもらえたら、そいつのこと大好きになって全部信じちまうから」
「……否定はしねェわ。言葉はあれだけどな」
ヒューが自嘲するように頷けば、ガロワは「凄ぇな」とわざとらしく目を丸くした。
「普通は理解することを成長っていうが、お前は逆だ。理解した上で全く改めようとしねぇとは……まあ、だからこそ俺みたいな人間はお前が可愛くて仕方がないワケよ。お前に癖のある奴が寄ってくるとしたら、理由はそれじゃねぇの? お前自身が好かれてるかどうかは別としてな」
「簡単に言いくるめられるからか」
「ああ、分かってんじゃねぇか。本当に成長しねぇな、お前」
カリ、とガロワが口のかさぶたを引っ掻く。少しだけ剥がれたままぶら下がったそれを皮膚から引きちぎり、ふうと息で飛ばした。
「で? 俺を殺せないお前が誘いと分かっててここに来た理由はなんだ?」
ガロワがおかしそうに目元に弧を描く。それを見たヒューは探るように視線を鋭くして、「……お前はなんで俺を呼んだ?」と低い声で問いかけた。
「決まってんだろ、見せつけるためさ」
ガロワが胸元に手を突っ込みながら言う。そして出てきたその手には、ヒュー達から奪った小瓶が握られていた。
「まさかお前ンとこの奴が作れるとは思ってなかったが、銀狼ならおかしかねぇか。ありがたく頂戴するよ」
キュポンッと音を立てて、密閉されていた瓶の蓋が開けられる。そしてその瓶を唇に当て、傾けようとしたところでガロワは動きを止めた。
「……なんだよ、偽物か」
どんよりとした暗さがガロワの瞳に浮かぶ。
「折角苦労したってのに……お前の考えじゃねぇな? あの時お前は確かにこれを本物だと思ってた。……あの兄ちゃんの仕業か」
ガロワは口から離した瓶を顔の横に掲げた。次の瞬間、ガシャン、とガラスが地面に打ち付けられる音が響く。彼が落とした小瓶は固い煉瓦に当たって砕け散り、中の液体がじんわりと煉瓦の隙間に染み込んでいった。
「意外と驚かねェんだな」
ヒューが低い声で言う。
「驚いたさ。けどまあ、そういうこともあるだろうとは思ってたんだよ。だからお前をここに呼んだ」
「俺の反応で確かめようとしたのか」
「そうだよ、お前昔から嘘吐くの下手くそだから」
そう言ってガロワはもう片方の手に持ったままだった蓋を放り投げると、「さて、」とヒューに目を向けた。
「偽物だと分かってたなら、お前が俺の誘いに乗った理由は薬を取り返すためじゃないな。だったら本当に何しに来たんだよ」
「お前を殺しに」
「ハハッ! ハッタリがうまくなったな、ヒュー。今のはかなりリアルだったぞ」
「ハッタリじゃねェよ」
「へえ?」
ガロワが剣呑な眼差しでヒューの目を覗き込む。真っ直ぐに自分を映す焦茶色の瞳を見て、「……なるほど」と低い声で頷いた。
「本当に俺を殺せる気でいるみたいだな。ってことは尻尾振る相手を見つけたのか」
「そんなんじゃねェよ」
ヒューが目元に力を入れる。ぎゅっと強く拳を握り締めて、その手に視線を落とす。
『アタシはアンタを仲間にすると決めたんだ。だからアンタがどれだけ馬鹿やっても、何度アタシを裏切っても、アタシはアンタの仲間で在り続ける』
耳の奥で響く声を聞きながら、「そんないい関係じゃねェ」とぎこちなく笑う。
『だからアンタも何か一つ決めな、ヒュー。そうしたら今回のことは不問にしてあげる。許しはしないけどね』
ゆっくりと大きく息を吸って、時間をかけてそれを吐き出す。マフラーの中が微かに熱を持つ。その温かさに目を閉じて、しかしすぐに瞼を上げながらガロワを睨みつけた。
「一つだけ決めてることがある。今ここでお前を殺せなけりゃァ、俺はそれを守れない」
「あ?」
一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたガロワは、すぐにその顔を険しくした。「……本気か」確認するように重たい声で問う。
だがヒューは何も返さない。ただ自分を見つめたままのその姿をガロワは肯定と受け取ると、「そうかよ」と悔しげに零しながら腰に手をやって、そこから銃を引き抜いた。




