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果ての銀花と愚者の杭  作者: 丹㑚仁戻
第二章 命の選別
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049. 壊れた天秤 (3/5) - 見えない真意

 ヒューの話が終わった後、寒さに弱い者達は宿へと戻っていった。ヒューに必要なものを伝え終えたらしいリタは最初残ろうとしていたが、寒さが我慢できても怪我があるからとイヒカに追い返された。


 今、逗留所には回復者(スタネイド)である四人しか残っていない。先程から出かける準備をするヒューに、彼の後を付いて回るイヒカ。その様子を幌馬車の上から見ているグレイと、そして我関せずと言った様子で幌の中に戻ったジル。


 各々が自分達の時間を過ごし始めて三〇分ほど経った頃。幌馬車の上にいるグレイの元に、中に戻ったはずのジルが姿を現した。


「なんでお前が見張りをやっているんだ」


 呆れたように言いながら梯子を上ってきたジルは、上りきった場所で腰を落ち着けた。そこは幌馬車上部の縁。椅子に座るように両足を投げ出す格好になって、グレイに話しかけたはずなのに身体は相手の方を向いていない。


「だってイヒカは忘れてそうでしょう?」

「だからってお前がやることじゃない。それにこの状況なら必要ないだろ」

「暇潰しですよ」


 斜め後ろにいるジルにグレイが顔を向けることはない。彼に対して身体を横に向ける形で座っているジルも、相手を一瞥すらせずにいる。

 ジルは放り出していた両足のうち右足を立てると、そこに腕を置きながら「まあいい」と話を続けた。


「お前、ヒューと一緒に行け」

「珍しいことを言いますね」


 グレイが驚いたように後ろを振り返る。その目に映った黒髪の青年の顔は、彼の位置からでは横顔しか見ることができなかった。


「あいつが死ねばリタも死ぬ」

「ヒューが死にそうってことですか?」

「いつもよりはな」


 迷いのないその言葉に、グレイは不思議そうに首を傾げた。


「あんな啖呵を切ったんですよ? 心配ないと思いますが」

「ならあれはなんだ」


 そこでやっとジルは顔を動かした。だが彼が見たのはグレイではなくその先で、その意図を察したグレイも同じ方へと目を向ける。


 彼らの視線の先にいたのはヒューとイヒカだった。イヒカは先程解散してからずっとヒューの後ろに付いたままだったらしい。

 珍しいイヒカの行動に、「ああ……」とグレイが納得したように声を漏らす。それを聞いたジルは「分かったか」と言うと、横に向けていた顔を元の方へと戻した。


「あいつは馬鹿だが、他人の感情には敏感だ」

「でもあの様子ならイヒカが付いていくでしょう。なら私まで必要ないと思いますが」

「何かあってもイヒカはヒューを見捨てないだろ。そうしたら二人揃って死ぬ」

「保険ってわけですか」


 そう言って苦笑を零したグレイは遠くのイヒカ達から視線を外すと、近くのジルへと向き直った。


「私としてはこちらの方が心配なんですけどね。あの男は生きていたらまた来るでしょう? 一人じゃ製薬施設なんて襲えませんから、ヒューをどうにかする方がまだ治療薬を手に入れられる可能性がある……今度はどんな手を使ってくるか分かりません」

「少なくともヒューが戻るまでは何もしてこないだろ」

「何故そう言い切れるんです? 怪我のせい、というわけでもないですよね」

「ヒューに執着してる。隊商(キャラバン)に何かするならそれをあいつに見せたいはずだ」


 当たり前のように断言したジルに、グレイは「……なるほど」と目を細めた。続いてヒュー達に視線を戻し、小さく息を吐きながら再びジルの横顔を見つめる。


「分かりました、私も同行します。でも留守中は気を付けてくださいね。フィーリマーニももう近い……ローゼスタットもですよ」


 最後は低い声で言ったグレイに、「言われなくても分かってる」とジルが鬱陶しそうに返した。それを受けてグレイが「先にフィーリマーニに着いても勝手に動いちゃ駄目ですよ?」と笑いかければ、ジルの目が鋭くなる。


「お前、誰に向かって物を言ってるか分かってるのか?」

「勿論ジルに言ってるんですよ」


 にこにこと笑いながらグレイが言う。ジルは不機嫌そうに顔を歪め、梯子に手をかけた。


「……お前を殺す時は存分に痛めつけてからにしてやる」

「楽しみにしてます」


 その返事にジルは一層眉間の皺を深くして、トンッと梯子を使わず地面に飛び降りた。



 § § §



「なァ、本当に一人で行くのか?」


 準備をするヒューの後を付いて回っていたイヒカは、それまでの雑談が一区切りすると意を決したように口を開いた。

「ああ」ヒューが静かに答える。その後ろ姿を見たイヒカはぐぐっと顔を歪め、「やっぱなんか変だぞ、お前」とヒューに詰め寄った。


「何をそんなに思い詰めてるんだ?」

「ンなことねェよ」

「ある」


 引き下がらないイヒカに顔を向けて、ヒューが嫌そうに眉を顰める。しかしそんな表情を向けられたイヒカは全くたじろがない。瞬き一つすらしない琥珀色の目に見つめられて、ヒューは諦めたように息を吐いた。


「……ガロワのせいでリタは病に罹った。俺の責任だ」

「でもヒューはちゃんと備えてただろ? ガロワがリタ狙うだなんて予想できなくてもしょうがないじゃん。つーか普通に悪いのはアイツだしさ」

「それでもガロワのやったことは俺の責任だ」

「は?」


 イヒカが理解できないと言わんばかりに眉根を寄せる。そんな彼を横目で見ながら、ヒューは「そうやって生きてたんだよ、俺とあいつは」と言葉を続けた。


「お互いの物も、犯した罪も、全部共有して……あいつのやったことが俺の責任であるように、俺のやったことはあいつの責任でもある。ま、今もまだあいつがそう思ってるかは知らねェけどな」


 そう言って自嘲するように笑えば、「何それキモい」とイヒカが吐き捨てた。


「キモッ……!?」

「気持ち悪いだろ。子供が相手ならまだ分かるけどさ、お前ら大人じゃん。何、付き合ってたの?」

「ンなワケねェだろ! なんで俺があんなムサい男とどうこうならなきゃならねェんだよ!!」

「だってそう見えるし」

「はァ!? 嘘だろ!?」

「半分は」

「残りの半分は何だ。いや、やっぱいい何も言うな……」


 イヒカの反応に語気を強めていたヒューだったが、嫌そうな表情を浮かべると相手から顔を背けた。


「とりあえずヒューがリタのことを自分の責任だって思ってることは分かった。でもそれだけじゃねェだろ」

「それだけだよ」

「はい嘘ー。ヒューがそうやって間髪入れずに答える時はだいたい嘘ー」

「はァ!?」


 驚いたように声を荒らげるヒューに、イヒカがじっとりとした目を向ける。


「言いたくないならそう言えよ、そうしたらもう聞かないから。でも誤魔化し続けるなら『聞いて欲しい』の裏返しだって判断して聞き続けるぞ」

「なんだその迷惑な発想」

「それがオンナゴコロだって前にグレイが教えてくれた。ヒューはそれが分からないからすぐ振られるんだって」

「おいそれ詳しく教えろ」

「自分で聞けよ。で、ヒューはオンナゴコロ持ってんの? ないの?」

「質問がおかしいだろ……」


 頭を抱えるようにヒューが顔に片手を当てる。大きな溜息を吐き、指の隙間から赤髪の青年の様子を盗み見る。しかし相手が未だ自分を見続けているのが分かると、ヒューは「――だァ!!」と苛立ったような声を上げた。


「ったく、こういう時本当しつけェなお前……言いたくねェの」


 顔から手を離しながらヒューが言う。それを聞いたイヒカは表情一つ変えず、「なんで?」と聞き返した。


「答えたらもう聞かないって言っただろ!?」

「ヒューが言いたくない内容はな。今はその理由を聞いてるんだよ」

「……俺でも分かる、お前もモテねェだろイヒカ」

「は!?」


 やっと自分から意識を逸らしたイヒカにヒューが胸を撫で下ろした時、ザクザクと雪を踏みしめながらグレイが近付いてきた。

「あ、グレイ!」丁度良いと言わんばかりにイヒカが顔を綻ばせる。しかしすぐに不機嫌な表情になって、「ヒューにモテないって言われたんだけど!」と不服そうに言葉を続ける彼にグレイは困ったように笑いながら、「何の話をしてたんですか?」とヒューに話しかけた。


「なんでもねェよ。つーかなんで増えるんだ……」


 心底嫌そうにヒューが溜息を吐く。


「一緒に行こうかと思いまして」

「あ?」

「ずりィオレも!」


 にこやかなグレイから放たれた言葉にヒューは片眉を上げ、イヒカが自分もと名乗りを上げる。ヒューはやや遅れてこの状況を理解したのか、「いや待ておかしいだろ」と顔を引き攣らせながら真面目な声で言った。


「お前らは隊商(キャラバン)を守らなきゃならねェんだから残れ」

「戦力は足りてますよ。時々この面子でイースヘルムにも行くでしょう?」

「そうそう。それにヒューが死んだら隊商(キャラバン)守れないのと一緒だろ? だから守ってやるよ」


 腰に手を当てながら言うイヒカに、ヒューが「ああ?」と怪訝な声を出す。


「だって今のヒュー、なんかすぐ死にそうだし」

「は?」

「それは同感ですね。今なら簡単に殺れます」

「……お前は常にだろ」

「人を何だと思ってるんですか」


 心外だと言わんばかりのグレイから目を逸らし、ヒューは改めてイヒカとグレイを交互に見た。二人とも口調こそふざけているが、その言葉が本気だということは嫌でも感じ取れる。

 ヒューはどうにか反論の言葉を探そうとしたが、視界に銀髪の男が居座っているせいで口を噤んだ。この男は優しげな顔立ちをしているが、中身はそこまで優しくない。というより、どちらかと言うと性格が悪い上に口も達者だ。これまで言い争いをして一度も勝てたことがないことを思い出し、ヒューは自分に勝ち目がないことを悟った。


「あー……」思わず唸りながら天を仰ぐ。ややしてから、諦めたような表情で顔を前へと戻した。


「……言っとくが、今回はいつもみたいにすんなりはいかないぞ。この辺りからフィーリマーニに向かいながら移動するとなると、群生地として知ってる場所は通れねェ。しかも氷にデカイ亀裂があるところも通らなきゃならねェから危険も増す」


 そう低い声で言ったヒューに、イヒカが「なら尚更ヒュー一人じゃ行かせらんねェじゃん」と呆れたような視線を向けた。


「お前一人で行って亀裂に落ちたらどうするんだよ。お前もリタも死ぬってことだろ? そしたらヒューがさっき言ってた守らなきゃならないものどっちも終わりじゃん」

「……確かに」


 痛いところを突かれたヒューが顔を歪めれば、イヒカは満足そうに笑った。


「じゃ、決まりな! オレとグレイ、ついでにヒューの三人でイースヘルムに行く。決定!」

「なんで俺がついでなんだよ」

「だって今のヒューなよなよしてるし」

「……ああそう」


 疲れたように項垂れたヒューの肩にグレイがポンッと手を乗せて、「ついでの(かた)の面倒は我々が見てあげますから」と笑いかけた。

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