94.初披露ミキシングカード!
「《キングビースト・グラバウ》だと!」
墓地から蘇った巨体を誇る獣の王に泉が唸る。いつの間にそんなカードを墓地へ──などと考えるまでもなく、タイミングはひとつしかない。《幻妖の月狐》。手札交換能力を持つあのユニットの働きだ。故にそこに疑問はなく、泉が着目するのは月狐と獣王とを入れ替えてみせたそのユニット。彼の知る限りアキラのデッキにはいなかったはずの新顔を睨んだ。
「黒陣営のユニットながらに、黒以外を蘇生させる色縛りの効果か……!」
「そう、黒を差し色として扱っている俺の混色デッキだからこそ活きるカード。あんたの《背反説きのルインコスタ》のようなカードを、俺もまた採用していたんだよ。だってそれが色を混ぜる強みのひとつなんだからな」
奇しくも対泉を見据えて新調されたアキラのデッキは、なんの因果か倒すべき泉に近しいものとなっていた──即ち混ぜた色と色との密接化。ただ短所を補うだけでなくその色同士の組み合わせだからこそできることを増やした、一歩先の構築。黒陣営のカードを扱うようになってそれなりにファイト経験を重ねてきたからこそ可能となる応用の段階へとアキラは入っている。
以前のアキラのデッキに採用されていた黒と言えば、《ダークパニッシュ》や《闇重騎士デスキャバリー》といった単体で十分以上に活躍するカードばかりだった。そのことは泉も承知しているので、アキラのスタイルが変わっている事実は説明されるまでもなく明白であった。
「得意満面だな。貴様はその程度のことで──ハイハイからよちよち歩きに進歩したような、その程度の変化で一端となったつもりか? このオレに並んだつもりでいるのかと訊いているんだ、若葉アキラ!」
「やるぞグラバウ!」
アキラは泉の問いかけを無視した。答える価値のある質問と思えなかったからだ。並び立てている、などと自惚れるはずもない。泉の指摘はある意味真っ当で、構築に自分なりの工夫を多く仕込むようになったところでそれが大人のプレイヤーに、遥か先を行くドミネイターに追いついたことにはならない。そんなことはアキラだってわかっている。わかっているから必死になって勝とうとするのだ。彼我の実力差をひっくり返して勝利する。初めから彼が目指しているのはそれで、それ以外には目もくれない。
その主人の闘志に応えるように攻撃を命じられた巨獣が再び大きく吠えた。
《キングビースト・グラバウ》
パワー7000→9000
「グラバウは【好戦】を持ち、更に相手ユニットの数だけパワーアップする能力とその全てにアタックできる能力を併せ持つ、最強の殲滅型ユニット! 起動状態だろうと【守護】持ちがいようと関係ない! その二体を屠り去れグラバウ! グランドスラッシュ!」
「ッぐぅ……!」
ギラリ、と双眸を荒々しく輝かせた巨獣の爪の一振りがフィールドに深々と爪痕を刻む。当然その進路上にいた《鉄影のガンドン》も《背反説きのルインコスタ》も激しすぎる一撃に耐えられるはずもなく、影も形も残さず消し飛ばされている。──一撃、と言っても実際には二度のバトルが行われて二体が順次に撃破されたのだが、しかしここまでのパワー差があればどちらが先にやられたかなど誤差にすらなっていない。
厄介な、と泉は眉間にしわを寄せた。
その評価は無論グラバウの能力へ対するものでもあるが、しかしそれ以上にこれだけの力を持つ大型ユニットをこうも手早く呼び寄せたアキラの手腕に向けられた警戒でもある。《幻妖の月狐》で墓地に切り札を仕込みつつ、月狐を餌に《呼戻師のディモア》で墓地から切り札を呼び出す。仮に一連のプレイがターンを跨がずに行われたとしても必要コストは6。グラバウを召喚するのに本来かかるはずの7コストよりも安く済む。
無論、アキラがそうしたように月狐とディモアの召喚ターンをずらせば──月狐という贄が処理されてしまうリスクはあるものの──理論上、ディモアを出すための4コストさえあれば墓地を経由してどんなユニットでも呼び出せることになる。他色のカードだが月狐とディモアの相性は抜群。洗練されたコンボであると言えるだろう。……とは、認めつつも。しかしあくまでそれはデッキ構築の応用編に入ったばかり。よちよち歩きの新人ドミネイターが自力で編み出したにしては、という注釈のつく寸評ではあるが。
「残りの2コストで《福魔猫》を召喚して、俺はターンエンドだ!」
「……ふん。切り札の一枚でオレのユニットを全滅させ、ますますの得意面。勢いに乗った気でいるんだろうが──それが甘さだよ」
「!」
「これしきのことでファイトの流れを掴めたと勘違うその下らん自尊を叩き折る! オレのターン、スタンド&チャージ。そしてドロー!」
泉もアキラもディスチャージ権は使い切っている。ライフの代わりにコストを増やすという真似はもうできない……だが既に泉のコストコアは六つ溜まっている。それは彼にとってユニット数の三対ゼロという劣勢を覆すになんら支障のない数字であった。
「見せてやろう、若葉アキラ。貴様に本物の『力』というものを……!」
「本物の力!?」
「言っただろう、グラバウ如きを呼び出したところでオレに並んだことにはならんと! その証明がこれだ! 『混色カード』! 出でよ《焔光の天徒エノクリエル》!」
《焔光の天徒エノクリエル》
コスト6 パワー7000 MC 【守護】 【重撃】
白く輝く神々しい炎を至る所に纏った機械天使。天より降りてきたまさに神の使いたるその存在の威光に照らされ、アキラは驚愕と共に呻いた。見ただけで伝わってくる圧倒的なパワー、だけでなく。彼が驚かされた真の理由はそのユニットが持つ色にこそあった。
「ミ──ミキシングカード、だって!?」
「ふ……一年生でも授業で習ってくらいはいるな? 混色の存在を!」
ミキシングカード。それは陣営同士を混ぜ合わせたデッキ構築の際に用いられる『混色』とは決定的に使い方の異なる言葉。その意味するところとは『一枚のカードが二色を持つ』こと。つまりはふたつの陣営に所属するカードである、という意味だ。
ドミネイションズの新カードとしての登場時期はオブジェクトカードよりも早く、しかし数で言えばオブジェクトを遥かに下回る超希少な代物。そんな選ばれし者しか持てないミキシングカードを──。
「オレは手に入れた! 現役時代に得たありとあらゆるコネを駆使し、デッキカラーに合致した白赤のミキシングカードをな!」
「っ……!」
初めて実物を目にするミキシングだが、座学を担当することの多いディアナ教員からその情報については得ているアキラだ。ミキシングカードは色が混ざったカード。故にプレイするためにはコストコアにも同じ色が揃っていなければならない。エノクリエルで言えば白と赤。双方のコストコアを同時にレストさせることが必須である──その条件があるだけに、ミキシングカードの効果は同コスト帯の単色カードと比較して遥かに強力である。それもまた授業で習った知識だ。
ただの情報としてのそれを、アキラは今から実際に体験することとなる。
「エノクリエルの起動型効果を発動──レストしている相手ユニット一体を破壊する! 対象は当然、《キングビースト・グラバウ》だ!」
機械天使の掌から噴出した炎が形を取り、巨大な矢となってグラバウを貫き裂いた。パワーでは天使に勝る巨獣も神の力が宿った破壊の刃には太刀打ちできず、斃れるしかない。
くそ、とアキラが切り札の喪失に嘆く暇もなく。
「続けて! エノクリエル『第二』の起動型効果を発動する!」
「なんっ──!?」




