9.穿て鉄壁! 最強コンボ再び
「スタンド&チャージ、ドロー。わたくしはコストコアを四つ全て使い、この子を召喚いたしますわ。出でよ《智天星エル》!」
「また『エンディア』か!」
やはり追加で壁を出してきた。そのアキラの予想は半分当たっていて、半分は外れていた。
「ええ、またしても『エンディア』ですわ。エルは【守護】の能力こそ持ちませんが、この子によってわたくしの布陣はより盤石なものとなる」
「守護者ユニットじゃない……?」
「この子の役目は守護者たちのサポートにある──常在型効果が発動されますわ!」
召喚された際に発動の有無を選ぶ登場時効果や、アクティブフェイズにターンプレイヤーの任意のタイミングで発動される起動型効果とは異なる、ユニットが場にいるだけで常に適用される能力。それが常在型効果である。それを持つというエルがどんなことをしてくるのかと身構えたアキラだが、しかしエル自体に特段の変化は見られず。その代わりにエル以外の二体に明確な反応があった。
ボディの輝きが強まり、威圧感が更に増していく《力天星イル》と《座天星ウル》を見て。アキラはエルの能力のおおよその見当がついた。
「これは、まさか」
「そうですわ。エルの効果は自軍の白の守護者ユニットをパワー+2000させるというもの。これによってイルもウルもパワー4000の中型ユニットへと変貌!」
「く……!」
《智天星エル》自身は守護者でないためパワーアップできず、素の3000のままというのは不幸中の幸いであるが。しかしただでさえ厄介な二体の守護者たちが揃ってその脅威度が増したのだからアキラにとっては一大事だ。彼の場にいるのは共にパワー1000の妖精が二体だけ。『フェアリーズ』はアド回復に長けている代わりに非力であり、戦線の構築には寄与しづらい。必要となるのは、悪い形勢をひっくり返せるだけのパワーを持った切り札級のカード。
「ウルもイルと同じくプレイヤーへのアタックは禁じられている。そしてあなたのユニットは共に起動状態で攻撃対象にできない……ここは大人しくターンエンドとしておきましょう」
せめてユニットくらいは潰しておきたかったですわね、と宣いながらもオウラの口調はさほど残念さを感じさせないものだった。それも当然、彼女の中で勝利の方程式は既に完成している──その手の内には守護者ユニットの攻撃制限を取り払うスペル《シールドマーチ》が眠っているのだ。このままアキラのユニットを寄せ付けずに鉄壁を維持・拡張し続けて後、一斉に攻め込んで六個のライフコアをひと息に削り切る。そういう計算だ。
自分の定石であり最強の戦法を、ビギナー如きが切り抜けられるはずもない。オウラはそう確信している。
「俺のターン、スタンド&チャージ! そしてドロー!」
「!」
ターンごとにだんだんと窮地へと追いやられながらも変わらない、アキラの力強いドロー。その諦めがまったく見えない眼差しにオウラは射貫かれた。
「勝ちが決まったって顔をしてるな、舞城さん。きっとその豊富な手札で俺を倒すための算段はついているんだろうが、残念だったな。こっちだってもう切り札を引いているんだ!」
「なんですって──」
「チャージによって俺のコストコアは七つになった。まずは4コスト使って《ビースト・ガール》を召喚! このユニットは【疾駆】を持っているために召喚したターンに攻撃が可能だ」
「出たっす! センパイのエースカード!」
黒い少年クロノとのファイトにおいて《ビースト・ガール》の獅子奮迅の活躍を見ていたロコルが興奮混じりに叫べば、その声に応えるようにガールが登場と同時に軽やかな宙返りを披露。獣の意匠が施された戦闘装束に身を包みながらも隠しきれないその可愛らしさと露出度の高さに観衆──特に男子生徒たち──がわっと湧き上がった。
「これは、あの日にわたくしが見たカード」
「覚えていたか舞城さん。そう、君が拾ってくれたカードの一枚だ。俺はこいつで、君の鉄壁を打ち崩す!」
「っ、やれるものなら」
「やってやるさ! 《ビースト・ガール》を対象に、コスト3! 《昂進作用》のスペルを発動する!」
「《昂進作用》……!」
白を専門とするために緑陣営のカードを扱った経験はないオウラだが、自分が使わないカードでも情報くらいは当然に頭に入っている。アキラが唱えたスペルの効果は説明されずともわかっていた。
「行くぞ、スペルの効果でパワー5000になった《ビースト・ガール》でアタック! 更にスタンドしているユニットにも攻撃できるようになっているため──俺がバトル相手に選ぶのは《智天星エル》だ!」
「他のユニットを強化しているエルから排除する。賢明な判断ですわね」
だからこそオウラとしては素直にやらせるわけにはいかない。どうすべきか、と彼女は思案する。
(《昂進作用》は単にユニットのパワーを強化するだけでなく、一ターンのみ『破壊されない』という耐性まで与える。つまりガード時にはパワー5000になるイルで相打ちを狙っても一方的に破壊されてしまうだけ……)
だがウルでガードしても敗北の結果は同じ。ならばどちらを残したいかで動かすユニットを決めねばならない。オウラはガールの突撃を見守る二体の妖精をちらりと見て、ここはパワーの高いイルではなく雑魚ユニットをシャットアウトできるウルを残すべきと結論した。
「《力天星イル》で《ビースト・ガール》をブロック! エルは落とさせませんわ」
「だけどイルには沈んでもらうぞ! ビーストスラッシュ!」
「く、わたくしの守護者をよくも」
このファイトで初めてユニットを破壊されたことに眉根を寄せるオウラだったが、アキラの猛攻はここからが本番だった。
「バトルに勝ったことで《ビースト・ガール》の効果発動、ダブルクラッチ! 相手の場のユニット一体を追加で破壊できる! 俺が選ぶのは《座天星ウル》だ!」
「なんっ……きゃあ!?」
鋭く振るわれたガールの腕、その爪から鋭利な斬撃が飛び出してウルを深々と切り裂いた。二体の守護者がいなくなったことで、オウラの場にはぽつねんとエルだけが残されている。
「【守護】が場からいなくなったことでエルは実質『バニラカード』(※効果を持たないユニットのこと)……だけど次のターンで舞城さんが【守護】を出せばまたそいつをパワーアップさせるからな。きっちり倒させてもらうよ。バトルに勝ったガールは更に自身を起動させる!」
「追加攻撃の能力!?」
「そうだ! そしてターン中持続する《昂進作用》によりスタンドしているユニットへのアタックが引き続き可能! やれ、《ビースト・ガール》! 今度こそ《智天星エル》を破壊だ!」
もう邪魔者はおらず、のびのびとした跳躍でエルに肉迫したガールは鮮やかに一閃。手刀の形で振り抜いた爪によって彼を一刀両断にした。猛る獣少女の餌食となった天使は、その散り様で彼女をいっそうに奮起させてしまう。
「バトルに勝ったことでガールは再スタンドする」
「ま、まだ攻めるというの──まさに獣そのものではありませんの!」
クロノに打ち勝った《ビースト・ガール》と《昂進作用》の強烈なコンボは、オウラからも余裕の笑みを消した。行ける、とここが攻め時とアキラはガールへ追加の指示を出す。
「ガールで舞城さんへダイレクトアタック!」
割れ砕かれる命核。これでオウラのライフは残り三、危険域へと突入した。その防御重視のスタイルから、まったくライフが減らないままにファイトが終わることも少なくない舞城オウラ。そんな彼女がここまで追い詰められていることに観戦している生徒たちが盛り上がりを見せる。当然、ロコルもまたそれに混ざって鼻息を荒くさせていた。
「センパイにはまだティティとミィミィがいるっす! 追撃が決まれば舞城センパイのライフは一。風前の灯火になるっす!」
「決まれば、な」
純粋にアキラの勝ちを願うロコルとは違って、同じく勝ちを応援しながらもオウラとの激闘を経験しているコウヤには、そう簡単にはいかないだろうという現実が見えていた。そう、舞城オウラほどのドミネイターであればきっとここで──それを引き当てる。
「クイックスペル発動、《疲労困憊》! 相手の場のユニットを全て疲労させる……!」
「またクイックカードを引いたのか!」
ガールの攻撃によってオウラの手札に加わったカードは、問答無用でユニットを黙らせる白陣営らしい効果を持ったものだった。相手ターン中にそれができるクイックスペル《疲労困憊》は、《洗礼淘汰》のように直接的にユニットを排除することこそできないものの、その場面を選ばない効果からオウラのデッキにおける最大の防御策と言っても過言ではない。
まだ攻撃を行なっていない妖精たちもレストさせられてしまい、コストコアも使い切っているためにアキラがこのターン中にできることはもう何もない。仕方なくターンエンドを宣言すれば、オウラが速やかにカードを引いた。その所作はこれまで以上に静かであり、しかして不思議と迫力に満ちていた。
「……わたくしはここでディスチャージを宣言。ライフコストを犠牲にコストコアを増やしますわ」
「!」
「やってくれましたわね若葉アキラ。初心者風情がわたくしの天使を蹂躙した罪、決して軽くはありませんわよ……そんなに拝みたくば望み通り拝ませましょう! わたくしの崇高なるエースカードを!」