89.クロノVSサイジ! 黒使いの激突
「ヒャハハ! どうしたどうしたこんなもんかぁ!? 東雲サイジ! 四年生トップの実力ってやつはよぉ!」
クロノの場には五体のユニット。対する東雲兄弟の兄、サイジの場には一体のみ。歴然たる戦線の差はライフ数にも影響を与えており、クロノのライフコアは残り五つ。サイジの方は四つであった。
「うーん、ここまでダイレクトアタックが通らないとはね。クロノくんは見かけによらず慎重派のプレイングをするんだな」
「ハッ、仮にも格上の先輩サマを食おうってんだ。考えなしに攻め込むような戦い方なんぞするはずがねえだろうが。赤や緑の使い手ならいざ知らず、俺様は黒使いなんだぜ?」
道理であった。彼の言葉にサイジは納得と共に頷いたが、クロノがこのファイトで慎重を期している理由は先輩への警戒それだけではない。直近に経験した二度の痛切な敗北。そのどちらもがアキラに喫したもので、負け方に関してもよく似ている。一瞬の隙を突かれてライフコアを連続で刈られ、そのままライフアウト。そういう決着の付き方だ。
再戦時には圧倒的なボードアドバンテージを得ていたにもかかわらず慮外なまでの猛撃によって瞬く間に持っていかれてしまった。そういった事態を一度ならず二度体験し、同じ相手に連続で負けるという屈辱を味わった彼は、故にこそそれを学びとし今ここで活かしていた。
東雲兄弟はアキラと同じく合同トーナメントの優勝者でありちょっとした有名人。その戦法や得意陣営に関して、たとえ学年の違うクロノであっても調べようと思えば簡単に知ることができた。兄である東雲サイジのデッキカラーは黒と赤の混合構築。黒の除去能力と赤の怒涛の攻め、どちらもバランスよく組み込んだ油断のならないデッキを使う──そうと判明したからにはクロノもそれなりの対策をする。どちらかと言えばライフコアなど最後にひとつ残っていればそれでいい、と我が身の犠牲を厭わず攻め込むタイプであるクロノにしては珍しく引き気味の、攻め以上に守りを意識したプレイングを取っているのはそのためだ。
それに対してサイジは。
「なるほど。その様子からするとこちらの戦法──黒で破壊を重ね、崩れた相手の戦線の隙間を縫って赤ユニットで一気にライフを奪う。という定番の勝ち方は知られてしまっているようだね……俺のことをよく調べてきたと見える」
彼の口調には称賛の色があった。戦う前に対戦相手の情報を収集する周到さ。得られた情報をもとに自身の戦い方を調節する器用さ。知っているからといって対処できるかはまた別問題で、染み付いたファイトの癖を消したり変えたりといった行為は存外に難度の高いもの。それができているクロノ少年に年上として、先輩としてサイジは純粋に褒めてやりたい気持ちであった──が、しかし。そこから彼の声音は一転、低く迫力に満ちたものとなって。
「けれどクロノくん。君は本当にその程度で対処しきれていると思うのかい」
「……!?」
「スペル発動、《共感才知》」
自然体。大した気負いもなく手札から引き抜かれ発動されたその黒のスペルカードに、クロノは目を見開いた。
「そいつは……!」
「知っているだろうね、君も黒使いならば。だが説明はきちんと行っておこう。《共感才知》は特殊な除去スペル! 自分のユニットよりも相手ユニットの数が三体以上上回っている場合にのみ唱えられる重いカードさ。その効果は──」
「互いのユニットの数を同じにする、だろ」
「その通り。無論揃えられるのは数が少ない方だ。俺の場には一体のみ。クロノくん、数合わせのために君は四体のユニットを選び自分の手で墓地へ置かねばならない」
「ちぃっ……!」
いやらしい効果であった。アキラとの決勝戦でミオが用いた《ヴィクティム・マシーン》と同様に『プレイヤー自らが墓地へ置く』という処理の都合上、たとえユニットが破壊耐性や効果耐性を有していたとしてもなんの意味もなさない。それで四体も減ってしまうのだから堪ったものではなく、クロノが激しく舌を打つのも当然だった。
「その代わり残すべき一体は君が選べる。そこはまだ俺の選定じゃない分、有情だろう?」
なんの慰めにもなりゃしねえよ、と吐き捨てながらクロノは四枚のユニットカードをフィールドから墓地ゾーンへと移す。これで戦線の差は埋められてしまった──否、表現としては均されてしまったと言った方が正しい。効果自体は強力無比でもその発動条件から使い辛いが極まっている《共感才知》が飛び出してくるなどとはまさか思いもしていなかっただけに、この場面でそれを決められたのはクロノにとって非常に手痛かった。
(しかし、そうか。東雲サイジは攻める際には赤で行く。だが赤ってのは攻めに強い分守りに弱い。優勢を保ったまま攻め勝てるならいいが一度返されると立て直しに苦労する色だ──その穴を埋めるのに《共感才知》はうってつけ! 考えてみりゃ黒単色よりも混色構築でこそ活かしやすい効果をしてやがるな……)
これもまた学びであった。同じ黒使いなだけあってサイジのカードの使い方には参考になる部分が多々ある。良い勉強になっている、とそこは認めなければならない。採用の価値無しと断じた《共感才知》をこうも見事に使いこなされてしまったからには自分に扱える度量がなかっただけだと考え直さざるを得ない──それが苛立ちにも高揚にも繋がり、クロノは牙を剥くように笑った。
「さて、残ったその一体もレストしている。ボナパルトでアタック! 戦闘破壊させてもらうよ」
「……撤回するぜ東雲サイジ。てめえは強ぇ」
「ありがとう。君のユニットを一掃するチャンスを虎視眈々と狙っていた甲斐があったよ」
攻めあぐねているのは演技でこそなかったが、しかしユニットでの攻防にクロノが懸かり切りになっている裏でサイジはそれをひっくり返す一手を着々と用意していたのだ。それに気付けなかったクロノの嗅覚が鈍い、というよりは気付かせなかったサイジが巧みだったのだと称すべきだろう。それを重々に理解できているからこそクロノは。
「ヒャハ──さっきまでの有利もどこへやら、今度は俺様が対処を強いられる番か。参ったぜこいつは」
「『参った』という表情には見えないけどね」
「いいや参ってるさ……ここから更に逆転して! てめえを骨の髄まで食い殺すってのがどんだけ気持ちいいかと考えたら──どうしても昂ってプレイに影響しちまいそうでなぁ!」
「ふふ……面白いじゃないか。君は本当に愉快な奴だよ。その意気がどこまで続くか、俺も楽しませてもらおう! 二体目の《列強ボナパルト》を召喚してターンエンドだ!」
「俺様のターン! スタンド&チャージ、ドローだ!」
──そのドローでそのカードを引き当てたのは偶然ではないだろう。かつてない程の上物である獲物を前に、自分より先を行く黒使いを敵に、クロノの引き運は半ば必然としてそれを掴んだ。
「俺様の墓地に募る魂、蠢く怨念を糧として!」
「!!」
「来やがれよ、俺様の新エース! 魔と混沌の絶対支配者──《暗黒邪神エンボレス・マハ》!」
闇の到来。黒よりも黒く一切の光を通さないそれがクロノだけでなくサイジのフィールドにも侵食し、二体のボナパルトを苦痛に苛ませる。禍々しき黒一色の空間からあたかもその身そのものが闇であるかのように巨大な腕がのそりと出て来て──やがて明らかとなる全容を前に、サイジは思わず一歩後退った。
「まさか、このユニットは──」
「ああ、知ってるだろうなぁ。てめえも黒使いならこいつの恐ろしさはよーくご存知だろうさ。喜びな! 今すぐそれを知識だけじゃなく、実体験として! 体の隅々まで味わわせてやるぜ! ヒャッハハハハハハぁ!!」




